第41話 怪物

 ギンシュはさめざめとしている。

 そりゃーなー。アレは流石になー。

 私達が座っていたのとは別の、部屋の隅にあるソファでぐすんぐすんしてるギンシュを、ミレイが優しくよしよししながら慰めてた。

 そんな時に『砂蛇』さん登場。

「お待たせいたしました。……おや、どうされましたかな?」

「あの……ギンシュが」

「あぁ。大変でしたでしょう」

 これで通じるのか。凄いな。

 またギンシュとミレイの方を見ると、なんかミレイが自分のおぱんつを脱いでギンシュに渡してよしよししてた! ちょっと待って! どうしてそうなるの!? いや確かにさっきギンシュはアレ間違いなくおぱんつ取られてたけど!

 それでギンシュも受け取ってそれ履くの!? どして!? どしてそーなるの!?

 ごめんミレイの慰め方が分からない。あとミレイそんなえっちなの履いてたの!?

 だって今ちょこっとだけ見えたけどねぇ! 赤だよ! しかも殆ど紐だったよ!

 えっミレイの服装って体のラインは出るけど割と大人しめでしょ! もしかしてサキュバスって大人しい服の中にすごいえちちな下着がデフォなの!? どうしよう私無駄にときめいてきちゃう!!

「……よろしいですかな?」

「あっはい。ごめんなさい」

「お二人に身分証はお渡しいたしましたので、こちらとしては全て終了になりますが。あの様子では少し落ち着かれてからの方がよろしいですな」

「助かります」

「いえいえ。このところギルド長のギンシュちゃん成分が足りなくて、仕事に支障が出ておりましたので、こちらとしては大変ありがたいのです」

 なんじゃそりゃ。もう一度言うぞ。なんじゃそりゃ。

「今も上では物凄い勢いで書類の決裁が進んでおるのが分かるはずです」

「そういえば……凄い音がしますね」

「あれは彼女が書き終わった書類が邪魔なので【風魔法】でどんどん下に送っているのですよ」

 な、なんという【風魔法】の無駄遣い……

「そんなに書類が溜まっていたのですかな?」

「五階に持っていけず、四階の廊下に積まれるほどですね」

 まだ言えるぞ。なんじゃそりゃ。

「今回のギンシュ嬢の任務も、騎士団に対してギルド長は泣いて反対して『ギルド長なんて辞めて彼女についていく!』と最後まで強硬に主張しておりましたが、最後は娘さんの『仕事辞めたりついてきたら縁を切る』とまで言われて、泣く泣く別れたのだとか」

 ごめんなさいもうツッコミが追い付かない。

「それから全く仕事は進んでいなかったので……いやはや、本当に助かりました」

「……なんでギルド長やってんのか不思議」

 私の発言に、空気が固まる。

 あれまたなんかおかしなこと言った?

「それだけあの人の、冒険者としての資質が凄まじいからだよ」

「そうなの?」

「娘と離れたくないから、どんな任務も半日以内でこなすんだ。馬車で一ヶ月かかるような場所に、風魔法で吹き飛ばされて向かって現地で五分で解決してまた吹き飛ばされて戻ってくるんだ。無茶苦茶だろ?」

 んー私は何から聞けばいいのかな?

「えっと、魔法で人って飛べないんじゃ? あれ? そもそもあの人魔法使いなの?」

「世界最高峰の【風魔法】使いと言われている。ペイトリー=ライ=バニング。『怪物モンスター』なんて、誰がつけたか知らねぇけど見事な二つ名だと思うぜ」

「『怪物モンスター』って……いやでもさっきの行動と言動は確かに『怪物モンスター』でした」

「だろ? でだ、移動手段は自分を中心とした竜巻を起こして、その竜巻に吹き飛ばされて移動するんだと」

「嘘でしょ!?」

「空が飛べないけどどうすれば遠くに素早く移動出来るかを考えた結果だと。魔力も魔法もイカレてるが、あの人が一番イカレてるのは頭だと誰もが思ってる」

「確かに」

「結婚までの経緯も凄いもんなぁ。おいギンシュ、喋ってもいいか?」

「好きにしろ! もう知らん!」

「じゃ喋るぞ。親父殿は『隻腕の魔法使い』バニング伯爵ってのは知ってるか?」

「はい。片腕が無くて、魔力の炎を纏って腕の代わりにしてるんだとか」

 以前ギンシュが格好いいと自慢げに父の事を話すのを聞いた覚えがある。

「その腕を決闘の末に切り飛ばしたのが、何を隠そうこの母上様だ」

「ええっ!?」

 ちょっと待って自分の魔法で腕切り飛ばした人と結婚したの?

 ってか伯爵様は自分の腕切り飛ばした人と結婚したの?

 訳分かんない。

「元々火魔法使いが嫌いだったらしくてな、片っ端から決闘してボコボコにしてたんだが、その時戦ったまだ若かった伯爵様が、腕を吹き飛ばされて悔し涙で敗北を認めた後、あなたの強さに感動した、どうか自分を鍛えて欲しいと彼女に土下座してお願いしたんだと。その姿にキュンキュンきて惚れたんだと」

 ……最初から最後まで聞いてもやっぱり意味が分からない。

「これは噂だからホントかどうかは知らんが、伯爵様はこれで頭が上がらんし、夜の営みも彼女がずっと上で一晩中搾り取るんだとか。翌日の伯爵様は何も出来ずにベッドで一日中干からびてるのに、奥様はけろりとした顔でまた竜巻で大陸のどこかに行っては怪物退治にいそしむんだとか」

「……『怪物モンスター』」

「だよな!? やっぱそう思うよな!?」

「そして子供が出来たが、息子達もそれは可愛がっていたそうだがさっさと火魔法使いになって逃げ出して、父親の魔法騎士団の下でなんとか匿われているが、一人娘は魔法の能力が開花しなかったので父親のところに逃げれず、こうして母親のそれはそれは濃い愛情を一身に受けて今も大切に育てられているという……」

「ギンシュちゃん……本当に大変なんだね……早く船で別の大陸にでも行こうか」

「でも母上が……母上からは逃れられぬのだ……」

「なんか、新しいペットとか飼えばいいのかも」

「ペットとは?」

「例えばだけど、魔物とかそーゆーのを捕まえてきてお世話するの。餌あげたり、糞の掃除したり」

「なるほど……それはいいかもしれないな」

「そしたらそのペットの方に愛情が向かうから、一時的にギンシュちゃんからは離れられるかも」

「よしその方法で試してみよう!」

「ギンシュちゃあああああああああん!!!」

 またきた。台風の目が。

 そして先ほどと同じようにバァーーーーーーン! と扉が開き、ギルド長こと母上様は目にも止まらぬ速さでギンシュへとべったりくっついた。

「ねぇギンシュちゃん私お仕事終えたわ! ねぇ褒めて! 匂い嗅がせて! ああもうダメ我慢出来ない嗅いじゃう! くんかくんか!」

 凄いなぁ一人で喋ってるよ……。

「くんかくんか……あら、あなた……凄いじゃない! 【火魔法】が使えるようになったのね! 偉いはわ! 流石私の娘! 最高に可憐で可愛い私の娘! あぁたまらないわぁ!!」

 ちょっとまってどうして匂いを嗅いだら分かるの?

「あらちょっと待ちなさい。くんかくんか……あらあらあら、ギンシュちゃん【火魔法】どころか【水魔法】も【土魔法】も、そして私の【風魔法】まで使えるようになっちゃって! 四大魔法が全部使える魔法使いなんてそうそういるもんじゃないわ! 誇っていいのよ! 誇っていいのよギンシュ! 私の可愛い娘! やっぱり可愛い我が子が旅に出るのを応援して良かったわね! はぁくんかくんか」

 ちょっとまって! アンタさっきまで誰よりも反対してたって聞いたけど!?

「くんか……あら、なんか違う人の匂いが混じってるわ。あらこれ誰の下着! 誰の下着なの! ギンシュちゃんが身に着けていいのはギンシュちゃんの下着だけなのにぃ! きぃー悔しい! どうして私の下着を履いてくれないの! どうして!? そうよ今私が履いている下着を上げればいいんだわ! そうよギンシュちゃん! 待ってて今私の下着をあげるから!」

 ……もうツッコミが追い付かない。何をどうツッコめばいいんだ。

「あら嫌だわ! 私が今履いてるのはさっきギンシュちゃんから貰ったおぱんつだわ! これはダメ! これはダメよ! 私のおたからおぱんつなんだから! これは誰にもあげられないわ! これを上げるなら死んだ方がマシよ! あぁでもどうしましょう! ギンシュちゃんが履くおぱんつがないわ!!」

 いやパンツ返してやれよ。

「母上……私の下着はいいですから、母上はペットを飼ってみるのはどうでしょう?」

「あらいいの? 構わないの? 女の子がお腹を冷やしてはダメよ。私みたいに子供が産めなくなっちゃうから」

「母上……私は貴女から産まれた娘です。それでペットというのは私のように日々面倒を見る相手のことです。私のように任務があったり旅に出たりしないので、二十四時間可愛がれますぞ」

「そうねぇペット。ギンシュちゃんが殆どペットみたいなものだけど、どうしましょう、どうしましょうかしら」

 娘はペットじゃねーからな。

「母上。すぐ出掛けましょう。今なら私と一緒に出掛けてペットが手に入りますぞ」

「あらホント!? じゃあ早速ペットを捕まえてくるわーどこに行きましょう。やっぱり強いのがいいわよねぇこう……ドラゴンみたいな」

「母上。流石にドラゴンはどうかと思いますが」

「じゃあ私達はちょっと出掛けてくるからぁ、戸締りよろしくねぇええええええ」

「ははうぇええええええあぁあああああああああ!!!!」

 二人は窓を開けてそのまま竜巻を起こしてあっという間に空の彼方に消えていった。


「……『怪物モンスター』」


 この部屋にいる誰が呟いたか分からない。だが間違いなく、私達は一つの思いを共有していた。

 先ほどまでこの部屋で暴れていたのは、確かに『怪物モンスター』だったと。



「……帰るか」

「……帰りましょうか」

「……帰りますかな」

「はいですぅ」

「では、又のお越しを」


 私達四人は、部屋を出て一階へと向かった。

 すると下では、どうやら騒ぎになっているようだ。

「やめろ! 離せ!」

「ふざけんな! てめぇのせいでこちとら散々だ!」

「全くだ、おお法螺ぼら吹きやがって」

「嘘じゃねぇ! 俺は転移者だ! 賢者だ!」

 どうやら、一人の男を数人の男が引きずっているらしい。

 おまけにその男は、既に何度か殴られたような痕が見受けられた。

「だったら魔法の一つも出してみろよ! 魔法の使えねぇ賢者なんて、そんなお荷物要らねぇんだよ!」

「ぐぐぅ……でっ、でも俺は確かに賢者で」

「うるせぇなぁ!」

「いだっ!」

「だからそんなに自分がその偉い賢者様なら、なんでもいいから魔法を使ってみろって。そしたら俺達も信じてやるよ。でもな、身分証に嘘書いた罪は重いぜ。奴隷行きだ」

 あらま。目の前で一人の男が奴隷になりかけてる。

「あの、身分証に嘘書いたら奴隷って本当なんですか?」

「ええ。でも名前なんて別に偽名でも二つ名でもいいですし。特技だって書き方は自由なので滅多なことは起きませんよ。ですが今回のように、【賢者】を名乗って魔法が使えない冒険者というのは……流石に……」

「少なくとも、同じ仲間を共有する側としては、最悪だよな。騙されたって思っても仕方ないし、ギルドに突き付けりゃあ相当重い処分になるだろうよ。奴隷落ちってのも仕方ねぇわな」

 そんな私達の話が聞こえたか聞こえないか、彼は震えるように怯えている。

「どっ、奴隷なんて絶対に嫌だ! この世界は俺が主人公でチートでハーレムな物語が始まるんだ」

 うわっ……なんか助けようかとちょっと思ったけどそーゆー思い込みはよくないでしょ。

 ってか今の発言だけでもほぼ転移者っぽいけど。

 私はとりあえず様子を見守ることにする。

「じゃあこれが最後だ! お前に挽回の機会を与えてやるよ。俺達みんなで五を数えてやる。その間に魔法が使えなきゃてめぇは嘘吐きだ! 奴隷落ちだな。お前ら行くぜぇ!」

「ま、待った! 待った! 本当に奴隷は嫌なんだ! 魔法なら出すから」

「いーっち! だから今出せよ! にーいっ!」

「そんなっ! そんなあぁっ! うーんっ!!」

 彼は力んでいるが、そんなんじゃあ魔法は使えない。

 あーやっぱり知らないのかなぁ。大事な知識を。

「さーんっ! ほら早く出せよ賢者様よぉ! よーんっ!」

「出すから! 出すから奴隷だけは!」

「残念だったな。 お前ら最後だ! 景気よく数えろよ! ごーおっ!」

「ああぁ……」

 彼は崩れ落ちた。

「はい、これでお前は身分証偽造の罪で奴隷行きだ。残念だったな、偽の落し子ちゃんよ」

「いやだぁ……奴隷はいやだぁ……うっ……ううっ……俺の……俺のチート主人公な物語のはずが……」

 どうしよう。どうしようかなぁ。

「おっと、これはファット大商会の大旦那様! たった今一人、奴隷が出来ましたので、是非そちらにお願いしたく」

「ふむ……まずはギルドが皆様の話をまとめて、実際に罪が確定したら、改めて私が引き取らせて貰いますかな」

「ぜひぜひ! ……身分証の偽造なんて一番やっちゃいけねぇことなのに……あいつ何考えてんだか」

「あの……彼と一緒に依頼を受けてたんですか?」

「ああそうだよ。あいつが自分を俺は神の落し子で賢者だっつって、確かに黒髪黒目で童顔だからこいつはついてるぜって俺らも信じる訳さ、向かう時も調子のいいことばっかし言ってた割によ、いざ現地で魔物と遭遇したら、あいつ何にもできやしねぇの。ふざけんなっつってここまで連れてきた訳よ。賢者っつったら魔法使いの最高峰だろ? なのにあいつ、火も水もなーんも出せねぇんだ。話にならねぇよ。俺達ぁ大損だ。せめてあいつが売れてくれねぇと」

「なるほど。大変でしたねぇ」

「おぉ分かってくれるか、エルフの別嬪さんよぉ」

「使えない味方は敵と大差ないですからね」

「ホントその通りだぜ! いやぁ分かって貰えるってだけでも嬉しいもんだなぁ。あぁ大旦那様も、またいい依頼、宜しくお願いしますよ」

「ええ、こちらも皆様には助けて頂いておりますので。それでは」

 私達四人は外に出た。

 転移者だと名乗る彼は、引きずられながら建物の奥へと連れていかれた。

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