第34話 勇者 VS 魔王

「俺はなぁ……この世界では勇者なんだぜぇ!?」

 …………あっそ。

「ふーん……だから?」

「え?」

「アンタが勇者だからなんだっての? 今は私の連れにちょっかいかけてる腐れヤンキーに文句つけてるんだけど」

「おいおいエルフ女。お前勇者がどれくらい偉いのか知らねぇのか!?」

「エリィやめろ! これ以上はまずい! 私は構わないから!」

「ギンシュが構わなくてもミレイは震えてるわ! 絶対に許さない! 勇者がどのくらい偉いなんて知る訳ないでしょう! エルフなんだから!」

 私の答えに固まる一同。

「プッ、クハハハハハッ!! マジかよだからテメェは俺にメンチ切ってくんのか。じゃあ教えてやるよ! 勇者が、俺様がどれくらい偉いかってよぉ!」

 そういうと勇者を名乗るヤンキーは、近くの奴隷女の首輪から伸びる鎖を引っ張り、彼女を地面に倒し、そして頭を踏んづけた。

「ぎゃっ!」

「ちょっ!? アンタ何を」

「いいかぁ! この世界には『身分制度』ってのがあってよぉ、下から奴隷、大衆、貴族、そして王だ。でその上に、転生者であるこの俺、勇者『立花たちばな一樹かずき』様が君臨するんだよ! いいか、勇者は王より上なんだ! 力も金も権力も、全てを手に入れ、誰もが逆らえない! それが勇者って階級なんだよ! 分かったか! 分かったら地べたを這いずり、てめぇのデコを土につけて土下座しろぉ! そして『ごめんなさい』だ! いいか、それが出来たらテメェの頭を踏んでやるよ!」

 私は二の句が継げずにいた。

 なんだこれは!? 私の目の前では何が起こっているのか!?

 勇者と名乗るヤンキーは、奴隷のかわいいおねーちゃんの頭を踏んづけている。痛そうだ。

 残りの二人もびくびくしながら、自分の番がいつ来るのか戦々恐々としている。

 私はミレイとギンシュの二人を守るようにして自分の後ろに追いやり、勇者とか名乗る糞ヤンキーをこっそり【鑑定】することにした。

 うーん本当に【勇者】のスキル持ってら。なんだこいつ本当に【勇者】なのか。でも勇者の割に……ってかレベル私と大差なくない? あれちょっとまってステータスは……微妙。確かに攻撃力とか防御力とかそれなりにあるけど、魔法関係は私のが圧倒的に高い。ってか素早さも勝ってる。スキルはパっと見ちょっとヤバそうなのが一つ二つあるけど、使わせる間もなく魔法でゴリ押ししたら何とかなるかも。

 さて、あとは立場の方だ。勇者のが私より立場が上なら面倒くさいことになる。

 あれ? でもミレイならなんとかなるんじゃないの?

「おいエリィ! もういいから!」

 ギンシュが何とかして私に頭を下げさせようとしてくる。悪いけど、そんなの従わないからね。

「ねぇギンシュ、勇者って『ドの御方』より上なの?」

「ば、場合による。彼女の場合は、立場として人族よりも距離があるので、ちょっとめんどくさいことになるんだ」

「ふぅん。じゃあ勇者より立場が上の存在ってなに?」

「そんなの神々しかいないだろう! 何しろ『勇者』は『神の落し子』しかなれんのだ!」

「そうなの?」

「そうだ! あとは『賢者』と『魔王』だ! この三つだけは神の落し子だけがなれるものだと言われている。おいまさか」

「そうよ。ちょっと!」

 私はヤンキー勇者に声をかけた。

「おう、やっと覚悟が決まったか。ったく長ぇんだよ。さあ、さっさと土下座しな。そしたら俺の靴でてめぇのパツキン頭に泥を塗ってやるからよ」

 私は息をすうっと吸い込んで、大きな声で馬鹿勇者に聞こえるように宣言する。



「私は今ここで『魔王』になることを宣言するわ!」



「……はぁ!?」

「私は今日から『魔王』! だからチンケな勇者ごときに下げる頭なんて無いのよ! そんなことより勇者! アンタは彼女から足をどけなさい!」

「……フザけんな! 俺の奴隷を俺がどうしようが俺の勝手だろうが! くっそ、舐めやがって。てめぇも俺の奴隷にしてやるよ!」

 そういって彼は剣を抜こうとするが、既に私が【水魔法】で剣の鞘の内部を凍らせているので、剣は抜けないはずだ。

「ん? あれ? け、剣が! 剣が抜けねぇ!」

 私はその間に指を銃の形にしていつもの【風魔法】をお見舞いしてやることにする。ただそのまま頭とか胴体とか撃つとあっさり死にそうなので、威力をちょびっとだけ減衰させて勇者の足を撃ち抜いた。パァン! という一瞬の音と共に、勇者の太ももに穴が空いた。

「ぎゃぁっ!?」

 勇者は思わず、奴隷ちゃんの頭から足をどけて、撃たれた足を持ってうずくまる。

「なんでだよ!? おいここは異世界だろ! なんで銃持ってんだよ!」

「これは魔法よ。もう一発」

 今度は奴の腕を撃ち抜く。

「あぁあああっっ!! いでぇ……いでぇよぉ……」

 そして蹲っている所を【水魔法】で首から下を氷漬けにした。

「くそっ……てめぇ……許さねぇからな……」

「何言ってんの。アンタはここで死ぬのよ。ほら、勇者が魔王を倒すか、勇者が負けたら魔王に倒されるか。アンタは今どっちだと思う?」

 勇者はやっと自分の状況を自覚したのか、真っ青になって震え出した。

 それには全身氷漬けで寒さで震えてるのもあるかもしれない。

「い、いやだ……死にたくねぇ……俺は勇者だぞ……勇者を殺せば」

「魔王が勇者を殺すのに躊躇ためらいなんかするわけ無いじゃない。バッカじゃないの?」

「わ、悪かった! 俺が悪かった! 許してくれ! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!!」

 勇者は氷漬けで蹲った状態のまま、泣きながら謝り始めた。

 私はムカついたので頭を踏んづけてやった。

「んぎゅっ」

「奴隷ちゃんたちを解放しなさい。そして鎖のカギもよこしなさい。彼女たちは私が永遠に預かるわ」

「わ、わがりまじだ。がぎはないでず」

「どうしてよ? 普通あるでしょ?」

「ずっとおでのどれーだどおもっでいづぶじまじだ。がぎあなもづぶじまじだ」

「このぉっ!」

 あんましにも外道で非道だと思ったので、顔面に数発蹴りを入れてやった。ありえない!

「ぐ、げ」

「もういいわ。皆行きましょ。私が何とかするから」

「お、おねぇさまぁ……」

「大丈夫、ミレイ?」

「怖かったですぅ! 怖かったですぅ! うわぁああああん!!」

「あぁもう……よしよし」

「エリィ……」

「あ、ギンシュ。どーだった私? えへへー」

 パシィン、と頬を張られた。

「ちょっと! なにすんの!」

「お前……自分が何をしたか分かってるのか……?」

「え? 調子こいてた勇者をぶちのめしたけど」

「そっちじゃない! あの名乗りだ!」

「へ? 魔王のこと?」

「そうだ! どうして『賢者』でも、ましてや『勇者』でもなくて、よりにもよって『魔王』なんだ!?」

「だって勇者と戦うのって魔王じゃない? って思って」

「ぐぬぬぬぅうううう!! ……もういい! 後で泣いて懇願するまで説明してやるから覚悟しておけ! お前これからきっと後悔するからな! ……今は彼女たちのが先だ」

 そう言ってギンシュは奴隷ちゃん達の方へと向かった。私はミレイを慰めるので精一杯だった。

 そーだよねー箱入りお嬢様に強制的なナンパはきついものがあるよねー。よしよし。

「あ、あの……」

 そんな私におずおずと話しかけてきたのは奴隷ちゃんの一人。頭を踏んづけられてた娘だ。

 ちなみに服装はえちえちなランジェリーのみ。正直目に余るのだが……よき。

「助けていただいて、ありがとうございました」

「いいのいいの。気にしないで」

「でも、私達はまだ勇者様の奴隷なのです……奴隷契約があるので」

「なにそれ?」

「奴隷商人と、書面と、契約者の血によって行われるものです。その書類が無いと私達は勇者様の奴隷のままなのです」

「それはどこにあるの?」

「商人の館と、勇者様の手元……つまり、王宮にあるかと」

「分かった。じゃあ王宮に行くわよ」

「おいぃいいいエリィいいいいい!!」

 ギンシュが叫んでいるが、そんなのもう知らない。

 私は許せないのだ。異世界に来て自分の好き勝手して暴れるなんて。

 ……いやこう書くと確かに私もこの部類に入るのかもしれないれども、でも流石に他人を傷つけたり踏んづけたりはしてないから……許されていいはず。

 え? ギンシュ? ……いやでもギンシュもちょこっといじめたりはしてるけど、でも流石にそこまで非道な扱いはしてないはず!

 ……してないはず!!

 ……今度謝っとこ。

「それより、三人ともそんなカッコ嫌でしょ。ちょっと待ってて」

 私はさっき買った服の、三人分お揃いといったらあれか、最初に買ったミニドレスを取り出す。

 そしてここで【模倣】スキルを発動!

 えっ何そのスキルって? いやー右手と左手両方から同じ魔法出すの難しいなーコピーで出来ないかなーってやってたら覚えたんだよね。【模倣】スキル。

 効果は、目の前の物と同じ物を作り出すんだって。しかもこれ凄いのが、魔力が無くなっても消えないの。永遠なの。

 つまりこの買った服一枚あれば何枚でも同じものが作れるのだーひゃっほー!

 ……え? さっきのヴェール一枚で良かったじゃんって?

 あれはミレイが欲しがったから好きに買わせてあげたの!

 ……ってかこれさぁ、結構色々悪い事思いつくんだけどさぁ……バレなきゃいいよね。バレなきゃ。

 ふひひ。

 まあそんな訳で三人にそれぞれドレスを配る。黒と赤と青。

 三人とも着てくれたけど……これはこれで恥ずかしいらしい。くねくねしてた。

 もっと普通の服無いの? って聞かれたけど、三人がかわいいからちょっと今は、って濁しておいた。

 ミレイとギンシュがジト目になってたけどきにしなーい。

 ……そういえば、書類貰うのに勇者から譲り受けたって証拠がいるな。

 となると本人を連れていくのが一番効率がいいのか。疑われるとめんどくさいしな。

 勇者はと言えば、未だに氷漬けの中でぴくぴくしている。

 まあ氷漬けで血がこれ以上流れていないので、失血死とか失血性ショック死はなさそうだ。

 もっともこのまま放置だと今度は体温が奪われてやっぱり危険域になるだろうけど。知るもんか。

「よし、証拠にこいつも必要ね」

「ど、どうやって運ぶですぅ?」

「なんとかなるから。さ、皆もついてきて」

 私は【風魔法】で氷漬けの勇者を空中に浮遊させ、そして奴隷ちゃんの三人を引き連れて王宮へと向かった。


 王宮で当然のように門番に止められるが

「勇者が囲っていた奴隷を渡して貰う為に、奴隷契約の書類を預かりに来た」

と告げた。そんな馬鹿な、という顔をしているので

「おい勇者!」

と私がキレ気味に言うと

「はいそうです。門を開けて下さい!」

と叫んだので門番も門を開けてくれた。

 正確にはそれでも戸惑っていたけれど、私が目の前に一瞬で人が入れるくらいの氷柱を作り出し、「あんたらもこうなりたい?」と暗に脅すと開けてくれた。

 当然氷柱はそこに残したままにしておいた。

 どこにあるのか勇者に聞くと、なんか勇者が普段使ってる部屋があるから多分そこだって。

 私は誰の目もはばかることなくずんずんと歩いてゆく。

 奴隷ちゃん達に道順を聞きながら。周りの兵士とかそんなの知らない。

 もし通せんぼするような奴は私の魔法でどうこうしてやる。

 でも奴隷ちゃんが話をすると皆割とすんなり通してくれた。優しい。

 それとも普段から勇者の横暴な態度に辟易していたのだろうか。どうなんだろう。

 よしよしやっと辿り着いたぞっと。

 ギギギと扉を開ける。

「書類は?」

「多分こちらかと」

 奴隷ちゃんに探して貰って、私は部屋を物色する。

 割と散らかっているが、色々面白そうなものもありそうだ。

「おい勇者、欲しいものあったら貰ってくね」

「え?」

「い、い、で、しょ?」

「は、はい。どうぞ。」

「ありがと。感謝するわ」

「あ、あはは……」

 という訳で流石に剣とか防具とかは別にいいやって思ったけど、指輪とか便利そうな魔道具があったので【鑑定】しながら珍しそうなのは片っ端から貰っていくことにした。

「おいエリィ」

「なにギンシュ。今忙しいんだけど」

「それらの魔道具だが……王家の物の可能性とかないのか?」

「あるかも」

「おいまずいだろ!?」

「でも勇者が王より偉くて、その勇者が許可出したんだから問題はないでしょ」

「い、いやしかし……」

「めんどくさいなぁ。だったら今王様に許可貰いに行こっか。そーよそれでいいじゃない! 謁見もこのまま行けばいいのよ!」

「なあっ!? またむちゃくちゃを言い出したぞこの馬鹿エルフは!」

「ねぇ、書類は見つかった?」

「あ、はい見つかりました。これらがあれば大丈夫です」

「じゃあみんなで王様の所まで行くわよ」

「わーいですぅ」

「おいミレイ! お願いだ誰か止めてくれぇ!」

「いいからいいから。挨拶したらさっさと帰ろ。皆も悪いようにはしないから。それで王様ってどこにいるの?」

「えっと……」

「教えなくていい! もう厄介事は沢山だぁ!」

「何をしている!? 騒がしいぞ勇者よ」

 私達がぎゃあぎゃあしていると、そこに一人の男が入ってきた。

 ……私だって流石に知ってることがある。頭に王冠被ってる人が王様だって。

 その男は、頭の上に金色の重そうな、宝石が幾つか埋め込まれた王冠を被っていた。

 ……あれ絶対肩こりそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る