第29話 旧人族と新人族

 私の爆弾発言に、マンジローさんどころかアシンさんも固まってる。

 あれ、言ってなかったっけ?

「神の落し子? いや……しかし……そんな……」

「黒髪黒目童顔じゃねぇ神の落し子なんて存在するのか?」

「存在しますよ。ほら、目の前に」

 そう言いながら私は目の前に着地する。

「あのなぁ……大旦那様はどう思います?」

 そんなアシンさんの発言をよそに、私をじっ……と見つめるマンジローさん。

「あの……なにか?」

 私が声をかけても、無心で見つめ続けてくる。流石にちょっと怖い。

 静かな時間が、漂う。

 ……どれくらいの時間が過ぎただろうか。僅かかもしれないし、永遠かもしれないほどに感じられた、その時間を超えて、マンジローさんが動き出す。

「ふぅ。恐らくですが、エルフである貴女の言う言葉、信じましょう」

「へっ!? 本当ですか大旦那様!?」

「彼女の言う事は確かに信じられないことばかり。ですが……私の『目利き』が、確かに彼女の事を高く評価しています。私にとってはこれだけで十分ですよ」

「はぁ……大旦那様が言うならまあ……あっ、もしかして嬢ちゃん達が王都に来たのって」

 アシンさんは気付いたようだ。そうそうその通り。

「ご明察。召喚状です」

「はぁ……なるほどな……いや流石大旦那様だ。その辺キッチリ見分けちまうってんだからよ」

「私が言うのもなんですが、マンジローさんの『目利き』、凄いですね」

 私の言葉にマンジローさんも嬉しそうだ。

「なに、私はこの界隈をこの『目利き』一つで大商会にまで仕立て上げましたからね。自分の『見る目』には絶対の自信があるのですよ。おっほっほっ。しかし……」

 首をひねりながら、頭の上に疑問符を浮かべるマンジローさん。

「私に魔法スキルが? いやはや……これはなんとも」

「私、町中の人を片っ端から【鑑定】しましたけど、五人に一人は魔法スキルを覚えてましたよ」

「なあっ!?」

 私の言葉に驚いたのはギンシュちゃん。そりゃそうだろうね。貴族の概念が根本からひっくり返るもんね。

「そんな! そんな馬鹿な話があってたまるかっ!!」

「でも私の【鑑定】は優秀だよ? スキルと今までの常識のどっちを信じるかと言われれば、私は自分のスキルを信じるけど。常識なんて時代や場所によって変わるものだし」

「ひとつ、よろしいですかな」

 マンジローさんが声をあげる。

「恐らくですが……戦乱期の影響が残っているのかもしれません」

 戦乱期? どゆこと?

「百年の昔、多くの種族が、国が、大陸中で争いあいました。そしてその時、多くの種族が混じりあい、時には敵となり、あるいは味方となり、戦を行いました。そしてその中で異種族同士で結ばれた関係も多かったと聞きます。見た目こそ父方血統の血が濃く出るので分かりにくいですが、私達も三代・四代・五代と遡れば、恐らく簡単に異種族の血が入っていることでしょう。新人族……私達人間はこの世界で最も魔力を操り、魔法を使うことを苦手としている種族の一つですが、他の種族の血が混じれば、きっと魔法なども使いこなせるようになるのかもしれません。町中を歩いている魔法スキルを覚えている人は、そういった先祖の血を受け継いだ者なのかもしれませんね、と」

「なるほど……あれ、人間って旧人族って言うんじゃないの?」

 私の言葉ににわかに空気がぴりつく。

「きっ、きっさまぁあああああ!!」

 思わず立ち上がり、剣を抜きかけるギンシュちゃん。私はこれまたびっくりだ。

「やめなさい、騎士殿」

 そんなギンシュちゃんを止めてくれたのはマンジローさん。

「しかし!」

「エルフ殿は神の落し子と申された。ならば言葉の意味など知らないのだろう」

「ぐぅうう……」

 ギンシュちゃんはゆっくりと剣から手を放し、元の席へと座った。しかし私を物凄い目で睨んでいる。

「ごめんなさい」

「理解していない謝罪などいらん」

「あぅ……」

 どうしよう。怒らせちゃったよぅ。

「エルフ殿、よろしいか」

「あ、はい。あと私の名前……エリィでいいです。」

 そういやギンジローさんにまだ名乗ってなかった。

「ではエリィ殿。失礼だがその言葉をどこで聞いたのかな?」

「えっと……えっと……」

 どこだっけ? えーっと確か種族の話になったのは……そうだ、言葉の話だ! だからえっと……

「ドワーフの人と訛りの話になって、そこで大陸最大派の旧人族、という使い方をされてました」

「なるほど……ドワーフか。ちなみにその場所は?」

「えっと……ピピーナです」

「ピピーナ!? そんな所から来たのかね?」

「はい」

「ふぅ……ならば仕方あるまい。ピピーナに住むドワーフの言葉がたった50年で新人族に改まるとも思えんよ」

「えっと……すみません、詳しくお聞きしても?」

「そうだな……その前にお茶が冷めてしまっているな。次のを持ってこさせよう」

 そう言ってマンジローさんは手元にあるベルをちりりんと鳴らした。

 途端に先ほどのメイドさんがやってきて、お茶を新たに準備してきたのを置いて、前のは持って行ってしまった。

 なんという早業。

 マンジローさんは新たなお茶で喉を湿らせて、語り出した。

「旧人族。この言葉は、戦乱期に主に亜人……人族以外の者が私達を侮辱する為に使っていた言葉だ。彼らは自らを人族よりも姿、能力に勝っているということで、亜人ではなくそれぞれの種族を名乗り始めた。そういう意味では『亜人』というのも彼らにとっては侮辱の言葉だったのだろう。当時は人族以外は全て『亜人』と呼ばれていたが、今では全て違う名で呼ばれている。そして戦乱期を終え、人族がこの大陸の最大派閥となったことで、人族は増長した。そして我々こそが新たなこの大陸の支配者だ、新たな人類だ、ということで、かつての侮辱語を払拭すべく、『新人族』と呼び始めたのだよ」

「なるほど……知らなかったよ。ギンシュちゃん。そして皆さん、すみませんでした」

「知らないのなら仕方ないけどよぉ……」

「もういい。私は気にしていない」

 私の謝罪を、アシンさんとギンシュちゃんは受け止めてくれたようだ。

「良かった」

「フン」

 マンジローさんはまた私に説明を始めてくれた。

「さて、そこにもう少し付け加えさせて貰おう。ドワーフ達は、戦乱期にも勇ましく戦ったが、なにせ彼らの文化は特殊だ、だから最終的に敗北し、彼らの国はほろび、彼らは大陸全土へと離散している。彼らの我々に対する恨みは深かろう」

「文化が特殊だと敗北するんです?」

 私の言葉に、皆またも微妙な顔をする。

 今度は一体なんなんだよ。

「ドワーフが好きなものは何かね?」

「酒?」

「そうだ。酒と戦だ。そして奴らは敵が攻めてくると……まず酒盛りをする」

「なんで!?」

「そういう文化だからだ。素面しらふで戦いなどしても彼らからすれば面白くない。一昼夜酒盛りをして体があったまったところで、よし行くかと戦場に出て、酒の力で痛みも忘れて大暴れするのだ」

「一昼夜!? そんなに酒盛りしてたら敵来ちゃうじゃん!?」

「そうだ」

「だから負けたの?」

「そうだ」

「……馬鹿じゃないの?」

「そうとは言えん。これも一つの文化だ。そして実際、一昼夜で攻めきれなかった場合はほぼ確実にドワーフが酒の力で大逆転勝ちを収めるのだ。だからこちらとしても、その酒盛りの一昼夜でいかに落とすかを考え実行出来ないと、こちらは敗北、全滅、そして国土を蹂躙されるのだ。実際にドワーフ達が酒盛りするのを笑いながら攻めて、一昼夜で勝ちきれずに反撃を食らい、最終的に亡んだ国も多い」

 うわぁ……そら怖いわ。

「だから当時のとある人族の国は、練りに練った作戦を使った。まず彼らがどんちゃん騒ぎを行う正月の三が日を狙い、おまけに大晦日の前から融和の証としてありったけの酒を、それもかなりきつめの酒を送り、その正月三が日を終えた三日目の早朝に大攻勢をかけたのだ。向こうは数日飲み明かして流石のドワーフも酔いつぶれ、おまけにこれから酒盛りをしようとも音頭を取るものもおらず、大敗北を喫して……数百年の栄華を誇った鍛冶と酒の国、ドワーフの国は、亡んだのだ……」

 うわぁ……人族、えげつな。

「そういう訳で、ドワーフは今も『人族には負けていない。俺達が酒に勝てなかっただけだ』と思っている奴らも多い。彼らがその侮辱語を発するのも分からなくもない」

「なんか……何も知らないから言えますけど、人族も中々えげつないことしますね」

「それだけ人族には力が無かったのだ。だから多くの種族に卑怯な真似をして、戦で最終的に勝ちを収めた。また人族でも国が幾つか分かれていたので、統一的に戦えなかった所も弱点だっただろう。だがそれらを乗り越えて、人族は大陸の覇者となった。だが寿命は彼らの……人族以外の種族の方が長い。だから我々の中では風化していく事柄も、彼らは未だ覚えていたり、あるいは当事者が生き残っていたりもする。その辺は気を付けなければならぬ」

 ほえー。大陸に歴史ありですな。

 今度ギルドで歴史書でも読みたいな。色々勉強になるわ。

「更に、ピピーナと言ったか。ピピーナは王国南東部の端の町だ。大陸全体を見ても最南端の町の一つなのだ」

「そうなの?」

「そうだ。だからこういった文化や言葉が刷新されるのも時間がかかるだろう。また当時の生き残りのドワーフならば、言葉が改まらないのも仕方ないことといえる」

 なるほどねぇ……しっかしガーリーちゃんはどうだったんだろう。

 母国が亡んでたけど、どんな気持ちなんだろう。

 私なんにも知らずに接してたけど……うーん。

 そんな難しい顔をしていると、ギンシュちゃんがまじまじと私の顔を見ていた。

「そなたは本当に……本当に何も知らないのだな」

「そんなの散々見てきたじゃない」

「いや、そうだが……しかし……」

「だってさ、ギンシュちゃんだって私の前の世界の言葉とかルールとか侮辱語とか分からないでしょ?」

「勿論だ。知る訳がなかろう」

「私もそうなんだよ。大目に見てとかは言わないけど、全く何もかも知らない状態からこうやって新しく知識を覚えてるんだから」

「『神の落し子』とは……昔は私も勇者なんてものに憧れたが……存分に大変なのだな」

「そうだよ。やっとわかってきた?」

「少なくとも『ドの御方』への頭の下げ方を知らずに、間違いなく死んだ『神の落し子』が一人はこの世界にいるだろうな」

「そんな馬鹿なやつがこの世にいるのか!?」

 ギンシュちゃんの言葉に、アシンさんが信じられない、といった反応をするが。

「目の前の馬鹿エルフは最初に『ドの御方』と出会った時にきょとんとしてたぞ。私は文字通り心臓が止まるかと思った」

「おっおっおっおっ、おれは……俺はぜってー無理だ。ちょっと考えた今でも既に心臓が止まりそうだ。おいおいなんて恐ろしい話をするんだよ。頼むよやめてくれよ……」

 一気にビビり出すアシンさん。そうかやっぱこういう反応なのか……。

「分かったか、これが普通の『ドの御方』に対する反応なのだ。いい加減学べ」

「はい、気を付けます」

 私の言葉に対し、さみしそうな顔で腕をぎゅっとしてくるミレイ。だいじょうぶだよーミレイのことは普通にするよーという意味でなでなで。

 ミレイも大変だなぁ。

 でもあの反応……アシンさんにミレイのこと、どう伝えようか。いっそのこと言わない方が幸せな気もするけど。


「さて……つい長々と話をしてしまいました。いけませんな、趣味の話になると口がつい滑ってしまって」

「歴史、お好きなんです?」

「歴史もそうですが、人の営みが、ですかな。何を考え、何を思い、そしてどう行動するか。それらを見ているのが実に楽しくも面白いものであります。それらが組み合わさったものが歴史ですからな。歴史も勿論好きですぞ。おっほっほっ。……それはそれとして、魔法の話でしたな」

「はい」

「最終的に、私やアシンでも魔法は使えるようになる、と」

「ええ。ただし冒険者の知識ですが」

「なっ!? ……それは……また……」

 マンジローさんは口に手を当てて、下を向いて考えている。しかし、ハッと顔を上げた。どうやら決まったようだ。

 そして時計を見る。彼は懐から懐中時計を取り出した。いや多分時計だと思う。盤面見えなかったけど。

「今日はもう遅いので、明日一番で私とアシンは冒険者で身分証を発行しましょう。そして冒険者の立場を手に入れて、私の隠れ家で魔法の練習をしましょう。それでもし、私とアシンが魔法を使えるようになれば、今回のアシンの一件は許可します」

「本当ですか!? よっしゃ!」

「ただし! 我が商会をやめるという選択肢はありません」

「えっ!?」

「アシン、貴方は私が見つけた素晴らしい宝の一人です。私の元からいなくなっては困ります」

「そ、そんなぁ……」

 アシンさんしょんぼりしてる。そらねぇ。でもマンジローさんはにやりと。

「その代わり、彼女たちと一緒に旅をして、私に珍しい物、高く売れそうな物、商会の利益になりそうな事柄があれば逐一報告しなさい。そうして沢山の利益を私が得たならば、海に出る時の船も少しは出してあげてもいいですよ」

「なっ!? ……なっ!?」

 アシン船長、マンジローさんの太っ腹すぎる発言に言葉も出ないようだ。

「そして……海の向こうの果て、新大陸を見つけた日には……早速航路の開拓に土地の開墾、そして街づくりにファット大商会の新支店でも作ろうではありませんかぁ! 夢が広がりますね、アシン」

「おおだんなぁ……おらぁ一生アンタについていきますよぉ……うっ……うっ……」

 思わず泣き崩れるアシン船長に、自らの大きなおなかをさするマンジローさん。なんでそこさするの。

「私はね、あなたのような夢を持つ人にお金をばら撒く為に稼いでいるといってもいい。誰かの夢に自分が関われた。それだけで私は幸せなのですよ。そしてその大きな夢は、いずれ金貨を運んできてくれるのです。そう……私の下へとね。だから旅など多いに結構! だがその前に……私も空を飛んでみたかったのですよ……ファットだけに、ふわっとね。おっほっほっほっ」

 最後をダジャレでしめてくるマンジローさん。流石ですわ。

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