第21話 貴族と庶民と冒険者

 今度は船首に移動して、船の速度を魔法で上げてみようということになった。

 一般道で無理矢理高速の速度を出して走るのだ。そりゃ確かに危ないかもかも。

 もっともそんなに車の無い田舎道とかなら出来そうだけど。

 という訳で私達一行は船首へ。ここなら周りが良くみえる。

 方向転換もしやすそうだ。

「よし。じゃあやってくれ」

 船長さんの言葉で、私は再度先ほどの魔法を練り上げて発動する。

 また船がぐいっと持ち上がり、速度が一気に上がった。風が気持ちいい。

「はぁ……生き返りますぅ」

 ミレイの具合がちょっと良くなった。良かったねミレイ。

「ははは……こいつは凄ぇや。なあアンタ、俺らの船で一緒に稼がないか? アンタの魔法なら上りの時も流れなんて気にせず進めるんじゃないのか?」

「ええ、恐らくは」

「お願いだ! 賃金は弾むから! こんなことが出来たら全然違ってくるぞ!!」

「じゃあ船長さんも【水魔法】覚えてみます?」

「お、俺がか?」

「おい何を言い出すんだお前は!」

 ギンシュちゃんが慌てて私を止めに入る。えっどして?

「あれ? 魔法って誰でも覚えられるんじゃないんです?」

「おいおいエルフと一緒にするなよ。人にはそれぞれ才能ってもんがあるんだよ。だから誰しもが魔法を使える訳じゃないんだよ」

 そうなのかなぁ。

「そもそもそういう問題ではないぞ」

「ギンシュちゃんはどうして止めようとするの? 自分はあんなにお願いしてきたのに。私が教えるのに何か不都合があるの?」

「それはっ……」

「そりゃあよう、俺が庶民でそちらさんがお貴族様だからじゃねぇのか?」

「へ?」

 どゆこと?

 ギンシュちゃんは喉に詰まったような声で、絞り出しはじめる。

「……そうだ。そもそも魔法とは貴族が貴族たる所以の証なのだ。だからこそ貴族は民の上に立つ。魔法を使えるか否かが、貴族と庶民との境目とすら言ってもよいのだ……」

「えっと、つまり……船長さんが魔法を使えるようになると、貴族の概念が揺らぐ、と?」

「……そういうことだ。なんなら貴族から狙われる可能性すらある」

「どうして!?」

「貴族は皆それぞれ、家訓だったり秘伝のようなもので一族に魔法の使い方を教える指南のようなものがあり、それを守ることによって貴族は自分たちだけで魔法を使えるようになっているのだ。それを勝手にその辺の庶民が魔法を使えるようになったとしたら?」

「……家訓やら秘伝やらが盗まれた、って?」

「そういうことだ。だから口封じをするか、あるいは優秀ならば一族に迎え入れるか、だが」

 なるほど。そういう世界観なのね。

 ……あれ、でも。

「でもそれなら冒険者はどうなるの? 私が魔法の知識を手に入れたのって冒険者ギルドからなんだけど」

「なんだと!? しかし……なるほどな……それでその……ちょっと考え方が特殊なのか」

 ギンシュちゃんは一人で理解を深めている。

「ごめん私にはよく分からない」

「アンタ、何にも知らないんだな……よく今まで生きてこれたな」

 船長さんも呆れ顔だ。あれ私そんなに非常識なこと言ってるのかな?

 こういう時はこの一言。

「私は見ての通りのエルフなので。こちらの社会に出てきてからまだ一月くらいですし」

「なるほどな。エルフ社会から出てきたのなら仕方ないのかもな」

 おっ通じたぞ。やはり便利だなエルフ設定。

「では説明するが……えーとだな……『冒険者』は『庶民』でも『貴族』でもないのだ」

 ギンシュちゃんの言葉に私の頭の上に疑問符が浮かぶ。どゆこと?

「基本的には『貴族』も『庶民』も国に所属している存在だ。だが『冒険者』というのは冒険者ギルドに所属している。だから何かあっても国は守ってくれない。代わりに冒険者ギルドが、彼らを守るのだ」

「ほえー。そんな仕組みなんだ」

「そうだ。だから例えば庶民が国で犯罪を犯しても、冒険者になればそういうのが見逃される場合もある。冒険者がならず者ばかりなのも、周りから白い目で見られたりするのもそのせいだ」

「だったら私は……」

「そうだ、今は我が王国には所属していないが、我が王国に滞在していることは確かだ。だからこそ陛下も今しか声をかける機会がないし、他の国に行かれると面倒なので、こうして召喚したという訳だ」

「なんだあんたらそんな御一行様なのかよ。おいおいそういうことは早く言ってくれねーと……」

「大丈夫だ。私達は気にしていない」

「って言ってもよぅ……」

 船長のアシンさんはたじたじだ。でも私も気にしてないからいいんだよ。

「ということは、ギンシュちゃんが最初に冒険者ギルドに入ってきたあの態度も」

「そういうことだ。はっきり言って私は、国に所属していない冒険者をあまりいい目では見ていない。少なくとも私の所属する騎士団で守る対象の民ではないのだ」

 なるほどねぇ。それだったらあの態度もちょっとは納得出来るかも。

 それで冒険者の人達の、ああいうなめくさった態度もちょっとは違う意味合いが見て取れた。

「でもそれなら、冒険者ギルドって」

「そうだ。それこそ一つの国のような、物凄い権力を持っている。そなたは今その、冒険者ギルドに所属する民なのだ。そのことを自覚して今後は行動するといい」

「ギンシュちゃんありがとね。私全然知らなかったよ」

「はぁ……私が魔法を教わる前に、お前にこの世界の常識を教えた方がいいかもしれないな」

「かもね。そういえばミレイは」

「私も知らなかったですぅ」

「なんでだよ!? こんなの常識中の常識だぞ!?」

 船長さんもびっくりだ。

「えっと……あの……そのぅ……」

 答えに窮するミレイ。そっかお城暮らしだから貴族の事は詳しくても庶民との関わりとかは詳しくないのかも。

「彼女は箱入り娘なのでな。庶民との関わりが薄いのだ」

「そ、そうかい……まあお貴族様にも色々と事情があるのかもな。深くは聞かねぇよ。俺だって巻き込まれたくはねぇからな」

 理解のある船長さんで良かったよ。

「で、話を戻すけれども、冒険者の知識は」

「そうだ。国とは共有されていない。冒険者は冒険者達独自の組織と知識で動いている。だからこそ貴族や庶民、つまり国に属している者は安易にそこに触れるべきではない」

「ということは私が持っている知識は」

「冒険者としての知識だ」

「……つまり」

「船長には悪いが、魔法を教えない方がいいだろう」

「そうだな。話を聞けば聞くほど、俺は関わらねぇ方がよさそうだ」

「だったら……【水魔法】を使える冒険者を雇って、こういう事が出来ないか相談するのはアリですかね?」

「まあ……それならアリかもしれねぇが……そんな魔法見たことも聞いたこともないぞ? そもそも水魔法使いを雇うなんて幾らかかるか」

「なんで?」

 船長さんは大きなため息をつく。

「あのなぁ……四大属性なら水が一番高くつくに決まってるだろうが」

「えっと……冒険には水が必須だから?」

「そーゆーことだよ。遠征にも護衛にも、水が無けりゃあ人は生きていけねぇ。商会の護衛に水魔法使いが一人いれば、水を運ばなくて済むから商会としても大助かりだ。馬の水だってお願いすればいいからな」

 なるほど……。

「ちなみに他は?」

「ん? 火は攻撃力の高さからもいって多分次に高いだろう。風と土はそこまででもないが……護衛、という意味では土の方が高いだろうな」

「じゃあ一番不遇なのは風なのかな」

「絶対という訳ではないが……少なくとも火や水よりかは、な」

「そっかぁ……便利なのに」

「そうなのか?」

「生憎だが私にも想像がつかん。風や土魔法の何が便利なのだ?」

 船長とギンシュちゃんの疑問に答える私。

「だって、風魔法は空が飛べるから山一つ越えるのとかも簡単だし、土魔法は畑を耕したり森を開墾したりが簡単に出来るだろうから農業とかに大助かりだし」

 二人はぽかんとしている。

「お、おいなんだその魔法の使い方は」

「魔法は攻撃とか防御とか、戦闘に使うものじゃないのか?」

 あ、やっぱりそうなんだ。

「それは多分呪文とか、魔法使いの人達が作り出す想像力に限界があるだけの話ですよ。もっと頭を柔らかくすれば、色々なことが出来るようになりますよ」

「……おい、この話を誰かにしたことはあるか?」

 怖い顔でギンシュちゃんが私に問うてくる。

「いいえ。誰にも」

「ならば二度とこの話をするな。エリィ殿はその知識で間違いなく国から狙われる」

「ヒェッ!?」

 えっそんなに? そんなに凄いことなのこれ?

「エリィ殿のその発言は、間違いなく世界を変える。誰にも、二度と言うな」

「はいぃ……」

「船長も、勿論他言無用だ」

「……なんか俺ぁ、とんでもない話を聞いちまった気がするな」

 船長さん、ごめんね。

「ふぅ……私は決めたぞ。エリィ殿。そなたに着いていくことにした」

「えっホント!? 嬉しいなぁ」

「ああ決めた。間違いなくそなたと一緒の方が私は成長出来る気がしたのだ。魔法騎士団よりも居心地はいいだろう」

「ありがとう。助かるよ」

 私とギンシュちゃんは握手を交わした。

「これからも、宜しく頼む」

「こちらこそ」

 にっこり笑顔で返す私。ギンシュちゃんもきりりとしたいい顔になってる。迷いは晴れたようだ。

「着いていくって……今も着いてってるんじゃねぇのかよ?」

「いや、実はな……」

 という訳でかくかくしかじか。

「なるほど……なぁ、俺も着いてっても構わねぇか?」

「へ? そらまたどーして」

「俺は所詮雇われ船長だけどよ、さっきみたいな話を聞いちまったし……多分あんたらの傍にいた方が安全な気がしてよ」

「確かに。それはそうだな」

 ギンシュちゃんもそう思うのか。私もそう思う。

 なんか本当に申し訳ない気がする。

「それに……俺は別に家族もいねぇし、何よりあんたらに着いてったら、魔法も教えて貰えるんだろう?」

「えっと……どれくらい努力がいるかはちょっと分からないけれど、出来る限りお手伝いはしますよ?」

「なら俺にだって夢があらぁ! 俺だって一介の船乗りだ。もっとでっかい船に乗って、海を越えてみたいんだ! その夢に、あんたに教わった魔法を覚えて、あんた達の旅に同行したら、俺のその夢に間違いなく近付くはずだ! だからどうか! 俺も一緒に旅をさせてくれ!」

 なんか想定外の話になってきたぞ。

「でも雇われ船長って」

「ああそうだ。この船も荷物もとある商会さんのもんで、俺はその下で働いてる。それで毎回の船旅で賃金貰ってるようなもんさ。本店も王都にあるから、キッチリ話つけて戻ってくるからよ、どうか頼む!」

 うーん。どうしようか。

 ちらりと二人を見ると。

「私は別に構わないが。というよりこの集まりの頭はエリィ殿だろう? エリィ殿が決めた事には従うさ」

 ギンシュちゃんはあっさりしてる。ミレイはといえば。

「私は……男の人はちょっと……エリィ様が取られちゃうかもしれないですし」

 え、私? 私は取られないよ?

「そんなことないと思うけど」

「お姉さまは綺麗すぎますぅ! お姉さまを別の男の人に取られたら、私死んじゃいますぅ」

「大丈夫だから。船長もそんなことしないよね?」

「うっ、たっ確かにアンタは別嬪さんだが、他の皆の迷惑になるようなことはしねぇよ。恋愛で仲間の空気を乱すってのは、船乗りでも一番やっちゃあいけねぇことの一つだからな。というか皆別嬪すぎて、俺とは釣り合わねぇだろ」

 あれ、そんなこと思ってたんだ。

「船長もキッチリしたらモテると思いますよ?」

「そんなことねぇよ。俺は振られてばっかりの男さ……こないだだって……うぅ」

 ちょっと待って船長のイメージが変わってきたぞ。なんだこの人。

「あーあー船長の傷に触れちまったか」

 そこに現れたのは船員さん。

「何かあったんですか?」

「船長はなぁ……どうも相手が誰かに惚れてるのを見て好きになる性質でなぁ……だから実ったことがねぇんだよ」

 うわぁ……残念過ぎるでしょ。

「ちなみに私達三人だと誰が一番可愛いと思います?」

 無言で指をさしたのは……ミレイだった。

「へっ、私ですかぁ?」

「あぁ……その瞳は月よりも太陽よりも美しい。出会った瞬間から告白したいと思っていたが……」

「私はお姉さまのものですぅ! 誰の告白にも頷くつもりは無いですぅ!」

「分かっている。見れば分かる。だから黙っていたのだ……」

「ほらな」

 残念すぎる……なんやこの人。

「まあそんな訳だから、このおっさんは大丈夫だと思うぜ」

「うるせー! それよりお前は何しにきやがった! 持ち場を離れやがって!」

「船長、この速度だとそろそろ町に着きますぜ。普段なら数日かかる工程ですが、半日できちまいました。荷下ろしの時間も結構かかりますから、もう今日はこの町に滞在することにしませんかね?」

「おっと、もうそんなに進んだか。よしお前ら準備にかかれ! 荷下ろしが早めに終わったら夕食は俺が出すぞぉ!」

「やったぜ船長! そうこなくっちゃな!」

 船員さんは喜び勇んで走っていった。

「はぁ……そういう訳だから、自分で言うのもなんだが私は大丈夫だと思うぞ」

「つまりミレイがほだされなければ問題ないと」

「そんなことありえないですぅ!」

「ならいいんじゃない? ミレイが私を守ってくれるんでしょ?」

「はい! 私が守れば問題ないですぅ。ならいいですよぉ」

「じゃあそういうことで。とりあえず王都に着いて、色々終えてからですかね」

「本当か! やったぜ!」

 船長さんことアシンさんは嬉しそうだった。いやはや良かった良かった。

 でもとりあえずアシンさんの見た目はもーちょっとなんとかしてみよっと。

 あとミレイの本当の話は……当分はやめとこう。伯爵家貴族でさえあの反応なのだ。庶民のアシンさんなら何が起こっても不思議じゃないからな。

 なんか……大変だなぁ。色々と。

 私は人知れずため息をついた。

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