第18話 ドの御方

 とりあえずギンシュちゃんには普通に席に戻ってもらった。

 でも顔が戻ってない。ぐるぐるしてる。

 きっと『ドの御方に対して頭を下げなきゃいけない自分』と『ドの御方からのお願いで普通にしてなきゃいけない自分』で内乱状態なのだろう。

 なんだかかわいそう。

 私は知らない振りしてミレイに話しかける。

「で、もしかしてミレイは私もああなると思ってたの?」

「それは……えっと……」

 まあそうだよね。きっと。

「ミレイはきっと、生まれついた時からああいう反応を周囲にされてたんだろうけど、あたしは幸か不幸か『神の落し子』だから、そういうの分からないんだよね。だから私も、今まで通りがいいな」

「うぅ……お姉さまぁ」

 ひしっ! とくっついてくるミレイ。おーよしよしかわええのぅ。

 ……しかし冷静に考えてみるとだな。

 私、もしかしてその『ドの御方』に対して、確か『鉄の証』とやらを刻まなかったっけ?

『心地良い奴隷契約』なんてものを。

 これが……バレたら……いやそもそも見ただけで分かっちゃうんだけど……

 流石の私も顔色が悪くなる。

「あの……お姉さま? どうしたですぅ?」

「いや……その首の証のことで」

 ミレイは気付いたようで、そっとその証を撫でる。

「大丈夫ですよぅ。いざとなったら私の強権を発動すれば問題ないですぅ」

「そうなの?」

「エリィお姉さまはそれこそ馴染みが無いから分からないかもですが、『ドの御方』が黒といえば、世界の全ての色という色は、黒と呼ばれることになるのですぅ。そういう力を『ドの御方』は持っているのですぅ。民どころかその辺の貴族なんて一睨みで消し飛ばせるんですぅ」

「こわっ」

「……だからこそ、さっきのギンシュちゃんみたいな反応になるですぅ。あれはもう、仕方のないことなんですぅ」

「ひぃっ」

 自分の名前が聞こえて、びくつくギンシュちゃん。流石にちょっと見ていられなくなってきた。

 でも……どうにも出来ないな。とりあえず時間が解決してくれるのを待つくらいかな……。

 そうだ。

「ねえギンシュちゃん」

「はひっ」

「あのさ、私は別にそんななんとかって御方じゃないから普通に話してくれない?」

「そ、それでも一応は国王陛下のお客人という扱いだから王族待遇なのだぞ。私のような一伯爵家の娘で騎士団所属ではそれこそ身分が」

「あーもーかったるいなぁ。じゃあ私の命令なら聞くわけ?」

「基本的には聞かないと私の首が飛ぶからな」

「じゃあ全裸になって馬車の扉開けておしっこして」

「んぁああっ!?」

 凄い声出してきたギンシュちゃん。その声どっから出たの?

「命令聞くんでしょ!? 聞かないの?」

「きっ……きか……きっ……うぅうぅぅぅっっ」

 なんか物凄い顔しながら甲冑脱ごうとしてる。えっこれ聞いちゃうレベルなのか。

 もっと反抗するかと思ったら……この世界の権力って想像以上にめちゃくちゃ強いらしいな。

「……ごめん本当にやろうとすると思ってなかった。だからもう気にしないで。普通に接して」

「ああもう! お前! ホントもうお前! お前許さないからな!!」

「うんやっぱりギンシュちゃんはそれくらい生意気で調子こいててポンコツなのがいいわぁ」

「おいそれ褒めてないだろ! ぽんこつって意味が分からないがその言葉も絶対褒めてないだろう!」

「うん」

「きっさまぁああ!!」

 私は平常運転に戻ったギンシュちゃんに満足しつつ、ギンシュちゃんの怒りをガン無視して質問を投げかける。

「それでさ、スカラバサーカス家だっけ? それってどう凄いの?」

「『スカバラサーサス家』だ! ホッ……ホントもうやめてくれ……心臓が弾け飛びそうだ……家の名前を間違えるだなんて……もう喋らないでくれ……なんでも説明するから……お願いだ……」

 ギンシュちゃんの顔色は真っ青どころか青紫色になっている。それチアノーゼ反応じゃないの? だいじょぶ? ってたいじょぶじゃないのか。ごめんねギンシュちゃん。

 私はくるりと顔の向きをミレイに変えて、別の質問をする。

「ちなみに名前を間違えると」

「その音を聞いた周り全ての人間が即座にチリになっても文句が言えないくらいですぅ」

 ホントどんだけ偉いんだよ『ドの御方』ってやつは。

「ちなみにスカバラサーサス家は……サキュバスの王家で、いわゆる『四最貴族しさいきぞく』だ」

 なんかまた訳分からん単語が出てきたぞ。

「どうせ分からんだろう、説明してやる」

 おっギンシュちゃんやさしー。

「『四最貴族』とは、『最も強く、最も賢く、最も古く、最も気高い』貴族のことを言う。ここでは『貴族』と呼ばれているが、便宜上『平民の上に立つ者』という意味なので、基本的には王家の事だ。『ドの御方』にも実は二種類いて、この『四最貴族』か、あるいは後の世において神々に認められて『ドの御方』に上り詰めたかだ。無論だが『四最貴族』の方が上だ」

 なるほど。つまり昔からの貴族か成金貴族かってことかな。

「要するに昔っから権力持ってるのが『四最貴族』で後から権力手に入れて『ド』になったのが、それ以外の人達ってことね」

「そうだ。だから『ドの御方』は勿論私のような反応をするのが自然なのだが、その更に上に『四最貴族』は君臨しているのだ……なんなら『ドの御方』同士でも相手が『四最貴族』ならば私のように土下座することもあり得るくらい、天と地の差があるのだ……」

 そんなに凄いのか……『四最貴族』。なんかミレイちゃんと出会った時って道端に倒れてたんだけどな……流石にそれ言ったらギンシュちゃんおかしくなりそうだから黙っとこ。

「そもそも『四最貴族』なんぞ殆ど自らの居城から出てこないのだ。我々……民と出会う事すらありえないのだ。天空などの遥か遠くの城でただ存在しているだけで世界を統治する。それこそが『四最貴族』なのだ」

「なるほどねぇ」

「だが知識だけは誰しもが持っている。それこそ王や貴族から、その辺の乞食や浮浪者、子供まで。知らないでやらかすと一族郎党あっという間に滅ぼされてしまうからな。まず子供に何がなんでも教え込んで彼らの恐ろしさを骨の髄まで叩き込まないといけないのだ」

「恐ろしさ……ねぇ」

 私はちらりとミレイを見る。ミレイは苦笑いだ。

 そしてそんなミレイに気付いたギンシュちゃん。またも百面相がはじまった。あーあ。

「ちなみにバニング伯爵家ではどんな恐ろしさを教え込まれたの?」

「……言いたくない」

「えー教えてよー」

「あれは……流石に……」

「じゃあ代わりにバニング家の例の魔法に関する家訓を」

「やめてくれ! 本当に私はもう……」

「じゃあミレイちゃんの権力使ってみる?」

「ああもう! こんな嫌がらせ任務受けずに騎士団なんかさっさとやめればよかったぁああああ!! うわぁああああああんん!!」

 ついに大泣きしはじめるギンシュちゃん。流石にいじめすぎたかな?

「ギンシュちゃんごめんね」

「そっ、ひっ、そう、思うならっ、ひっ……最初からっ、しっ、しないでくれ……」

「で、結局何があったのかなぁ」

「分かったよ……話す、話すから……その代わりもう頼むから、その……そちらの御方の……」

「ミレイの?」

 ヒィッ、と息を呑むギンシュちゃん。

「……の! 名前を使って脅すのはやめてくれ……本当に……寿命が吹き飛ぶ……から……」

「わ、分かったよ……本当にごめんね」

 これ……一体どういう感覚なのだろう。

 前の世界で言うなら、もしかしたら私は核爆弾のスイッチをポチッとなしそうなところで遊んでいるような、恐らくそういう位置付けにあるのかもしれないな。

 うんそう考えるとそら怖いわ。うん怖い。めっちゃ怖い。ちょっと気を付けよう。

「それで……恐ろしさって」

「小さい頃から夜に、怖い話の要領で『ドの御方』に歯向かったらどうなるかを教えられ、トイレに行けなくてお漏らしの日々なのだ……おまけに翌朝にお漏らしをしていると『ドの御方に見つかったら』と脅されて余計にトイレに行けなくなって……の悪循環だ」

 うわぁかわいそう。

「だからこれも言いたくはないのだが……その……お方が……そうだと分かった時には……反射的に……その……」

「つまり漏らしちゃったと」

「言うなぁ……」

 あれ、でも特ににおいとか液体とか漏れてないよ?

「それは……騎士団専用の特別性の下着があるからな……騎士団は昼夜飲まず食わずの進軍や、いざ戦闘が始まって途中でもよおしていたら話にならんのでな、垂れ流す訓練をしているのだ」

 なんか壮絶な話が始まりましたけれども。

「だが流石にそれは貴族としてどうなのだ、ということになり、魔法をかけた下着が開発され、軍には一通り支給されているのだ」

「つまり、それで私達にはバレてなかったと」

「そうだ。先ほど『全裸で~』のくだりの時は、私はてっきりバレたかと思っていたのだが」

「いいえ、全然知りませんでした」

「そうか……私の早とちりだったのか……」

「それで……家訓ってのは」

「そっちも説明しないと駄目か?」

「もし説明したら、ギンシュちゃんに私が魔法を教えてあげてもいいですよ」

 そういうとギンシュちゃんの目が変わった。というか私の前までがばりと動いた。

「本当か!? 私は筋金入りだぞ!? お前が嫌だと言っても私が魔法を使えるようになるまで絶対に放さないからな!」

「た、多分大丈夫かと……ミレイもそうだったしね」

「へ?」

「実は私……ついこの間までギンシュさんと同じく魔法が使えなかったんですぅ」

「そんな……そんな……ことが……だって『ドの御方』で『四最貴族』だぞ……そんなことが……」

 呆然とするギンシュちゃん。

「そうなんですぅ。それでまあ色々あったんですけど、でもお姉さまに教わったら、あっという間に色々使えるようになったですぅ。きっともっと教われば、自分の魔法で空すら飛べるようになるってさっきもお姉さまが言ってくれたですぅ!」

「そうか……私にも……どうか! 私にも是非!」

「うん。だから家訓をね」

「分かった。言おう。だがこれは門外不出なのだ。絶対に誰にも言わないでくれると約束してくれるか?」

「勿論。ミレイもいいよね」

「はい。言わないですぅ」

「では話すぞ。我がバニング家では……魔法を使ってもよいとされる年は12歳なのだが、その……異性の下着を身に着けるのだ」

「はい?」

 なんじゃそりゃ。

「つまりだ、異性の下着を身に着けると、魔法が使えるようになるというのだ。だから我がバニング家は今も父上も兄上達も、今も女性用の下着を身に着けて生活をしている」

 おっとぉ。これはすこぶる変態紳士なお話でしたねぇ。

「それで……まさか……」

「違うぞ! 私は男性用の下着など着けてどうなるものかと思って反対したのだが、家訓なのでやらざるを得なかった。しかし私は着けても魔法が使えるようにならず……こうして落ちこぼれたという訳さ」

 なるほどなるほど。でも魔力とはえっちな事を考えることであって……。

「バニング家、何気に優秀なのかも」

「どうして私の話を聞いてそうなるのだ!」

 ギンシュちゃん立ち上がって大声で叫ぶ。そりゃそうだよね……。

「実はね、魔法ってえっちな事を考えると使えるようになるの」

「は?」

 真顔でポカーンなギンシュちゃん。そうだよね。うん私もそうだったよ……同士よ!

「だから、バニング家の一族は皆、異性の……つまり、女性用下着をつけてえっちな事を考えちゃうから、魔法が使えるようになるんだと思う」

「そんな……ならば我が一族の家訓は……正しかったというのか……」

 うん。誰が発明したかは分からないけれど。ってかご先祖様がやべーのか。もしかしたら。

 だって魔法が使える使えないに関わらず、女性用下着を身に着けたわけでしょ……おうふ。

「でっ、では私が魔法を使えなかったのは」

「男性用の下着を着けても、えっちな事と結びつかなかったからじゃない? ちなみに何考えた?」

「こんなものを身に着けてもどうにもならない、とか……気持ち悪い……とか、だな」

「でしょ? えっちな思考にならないと魔法は使えないんだよ」

「そうか……では私にも」

「可能性はあると思うよ」

 突然、ギンシュちゃんはがばりと頭を下げた。

「エリィ殿、感謝する!」

「な、なにを突然」

「私は一族の家訓を信じていなかったし、こうして魔法を使えずにくさっていた。だが原因が分かったし、我がバニング家の家訓も決して間違っていなかったのだ! 間違っていたのは私の方だったのだ! それが分かっただけでも、私は一族の誇りを取り戻せたのだ! 誠に! 誠に感謝する!!」

「やめてよぉ……恥ずかしい」

 こういうのがおじさん一番苦手でございますわ。

 ってかこの世界の魔法教育どーなってんの?

 そもそも私が読んだあの本……この二人は読んでないのかなぁ?

 冒険者ギルドにある知識が、貴族王族の社会にないってちょっと考えられないんだけど。

 気になるなぁ。

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