第17話 王都への道

 それから私達二人は部屋に戻って行く準備をして、そしてハラールさん夫婦に挨拶をして、馬車へと乗り込む。

 ミレイは私の横に、ギンシュちゃんは私の向かいへと座った。

 そして、馬車は王都へと動き出す。


 流石にずっと黙っているのも気まずいので、ここで少しでもギンシュちゃんと仲良く……とまではいかなくても、少なくとも普通に会話出来るくらいの関係にはなっておきたいな……と思ったので、ちょっと話しかけてみることにする。

「王都までは大体どれくらいかかるんですか?」

「そうだな……ここから西に一週間も進めば川に出る。その川からは船に乗り、ひたすら川を下ると王都に出るぞ。こちらからだと……全部で二週間くらいか。帰りは川の流れに逆らって進むので、もっと時間はかかるが」

「結構かかるかと思ったんですけど、そこまででもないですね」

「そうだな。ここからだと行きはそうでもないな。川の流れに乗っていけばいいからな。ずっと陸路だとこの倍はかかっただろう」

「船に乗ったらずっと船の中ですか?」

「途中で物資の積み下ろしもあるだろうが……恐らく一度は船を降りて宿に泊まることにもなろう」

「分かりました」

 ギッシュちゃん、割と普通に返答してくれる。良かったー。

 ちなみに彼女はといえば、私とミレイとをちらちら見ては、気まずそうな顔をする。

「あの……なにか?」

 そう問うと、ギッシュちゃんはばつの悪そうな顔で、私にこう返した。

「その……なんだ、お前たちは……二人とも、女……なのだよな?」

「見たまんまですけど」

「では……なぜ……その……彼女は君の事を愛おしそうにずっとくっついているのだ?」

「それは……えーと」

 これまた答えにくい質問を。

「私が彼女にべったり惚れているからですぅ」

「そ、そうか……お前たちは……そういう関係なのか……」

「えーと……正直に言えば違うんですけど……でもなんか上手く訂正出来る気がしないからそれでいいや」

 おじさんは決して説明が得意という訳ではないし、別に多少誤解されたとて、そこまで私の人生がおかしくなるわけでもなし。余計なことはしない性質である。

「あと気になったのだが……そなたは、私の事を舐めたりしないのだな」

「へ?」

 ギッシュちゃん、これまた気まずそうに喋る。

「いや……その……だって女だぞ?」

「私も女ですけど?」

 おまけに中身はおじさんですけど?

「女の騎士が、こんな田舎まで来るような女騎士なんてどう見ても使い走りにされてるような身分の者でしかない。しかも『魔術師のバニング家』の娘が騎士だぞ!? その時点でおかしいと思わんのか?」

「すみません、私この国の貴族の事とかまるで分からなくて」

 私がそういうと、ギッシュちゃんはぐぬぅ、とした顔になる。

 横からちょんちょんとミレイが私の肩をつつく。どうやらミレイが説明してくれるようだ。

「バニング家は代々炎の魔術師を輩出する名家ですぅ。騎士団ってのは基本的に剣術とかで戦うので、魔法を使える人はいないのが普通ですぅ。魔法が使える人は魔法騎士団に入団するのが一般的なので。それらを総合すると……」

「ああ。お察しの通り、私は魔法が使えないのだ」

 彼女はぎりりとした顔でそう告げる。それこそ『腸を投げつけるような思い』をした顔で。私覚えた。

「幾度となく練習をしたが、一向に使える気がしない。私の兄達は、それこそ息をするように魔法を操れるというのに。だが……あの家訓は流石に私には……」

「あの家訓って?」

「!? ……いや、口が滑った。忘れてくれ」

 あ、こっちでも『口が滑る』は言うんだ。

「もしかして……魔法を使えるようになる為の家訓?」

「何!? 貴様知っているのか!?」

「いいえ、全然。でもその家訓を苦々しそうに思っていて、ギンシュちゃんは魔法が使えずに騎士の道を目指した。その二つから類推すると……ってだけの話」

「驚いた。そなたは……エリィ殿は明晰(めいせき)なのだな」

「いえいえ。で……話したくないならいいけど」

「そ、そうだな……すまん」

 そう言うと、彼女は沈黙になってしまった。私達にはそれ以上は、ちょっと。

 折角なので少し話の空気を変えてみる。ミレイに話を振ってみる。

「そういえば、バニング伯爵家って偉いの?」

「偉いって……とりあえず、貴族階級でいえばムイタメル子爵様よりは偉いですよ。上から言うと公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵の順番で階級が高いですぅ。そして伯爵家でもこの国では上位三位には確実に入ると思うですぅ」

 あ、結構上らしい。

「そもそもこの国は公爵家が三家、侯爵家が四家なので、上から十番目までには入るはずですぅ」

 ということは貴族トップテンにはいるんじゃないか。凄いなバニング伯爵家。

「あと伯爵家と子爵家を合わせても全部で三十家もないですし、男爵以下はそれこそ無数にあるので、そう考えるとギリギリ上位貴族とすらいえなくもないですぅ」

「へぇ……じゃあかなり偉いんだ」

「そ、そうだぞ! 我がバニング伯爵家はかなり偉いのだ!」

 ちょっと元気になったギンシュちゃん。良かった。

「ちなみにバニング伯爵領って国のどの辺にあるんです?」

「王都の西だ。だから今回の往復では通らないな」

「へーっ。そうなんですね」

「他の国との境も近いので、割と交易とかも盛んだし、結構拓けていると思うぞ。少なくともムイタメル子爵領よりかはな。はっはっは」

 ……あんまし励ますんじゃなかった。


 その後も多少ながら話をしつつ、今日泊まる村へ。

 村でギンシュちゃんがとある札を見せると、なんか村長がめっちゃ平伏してた。なにあれ?

「あれは恐らくですけど、王家の紋章入りの許可証ですね。王家一族か王家直々のお客様のご案内する時に使われるもので、あれを持ってる人は王家と同様の扱いをされなければ不敬だといって割と何してもいいやつですぅ」

 こわ。なにそれ。ああそうか水戸のご隠居の印籠みたいなものか。

 そらあんなん出されたら平伏もするわ。

「ミレイ詳しいね」

「そ、それは……知らないと命に関わるですから。エリィお姉さまもまだ色々分からないと思うですので、いざという時は私に従って欲しいですぅ」

「分かったよ。無茶はしないと約束するよ」

「お願いですよぅ。お姉さまっていざって時にめちゃくちゃしそうでちょっと怖いですぅ」

「あはは……ちなみにこの間の召喚断るって言い出した時は」

「『あ、私死んだ』って思ったです」

 ミレイの目がスーッと光を失っていった。あっこれ目がマジだ。謝っておこう。

「す、すみませんでした……」

「ホント、ああいうのは無しにして欲しいですぅ」

「気を付けます……」

 あんまし自信は無いけど。何しろこちらの常識がまだまだ無いのだから。


 なんだか村では歓待してくれるようだ。

 普通に一晩泊めてくれればいいのに。なんだか申し訳ない。

「逆ですぅ。お姉さまや私を怒らせたらそれこそ村ごと滅ぼされても文句を言えないですから、村をあげて歓待するのは普通ですぅ」

「そ、そうなんだ……」

「そんなに気になるなら、後で村長にこう言えばいいですぅ」

 そう言ってごにょごにょと教えてくれる。

 私は大体覚えて、食事を終えると村長さんに言った。

「この度の歓待、大変嬉しく思います。私の名において、この村には良くして貰ったと陛下にお伝えしましょう」

 こう言うと、村長さんは明らかにホッとした顔になって、深々とお辞儀をしてくれた。

 村長さんが他の人に話して、村の緊張した、ピリピリとした空気が少しほぐれた気がした。

「なんか……大変だね。どっちの側も」

「そうなんですぅ。大変なんですぅ……」

 ミレイはふぅとため息。

 ミレイの過去も、今度教えて貰えると嬉しいな。



 そんなこんなで馬車で一週間。お尻が流石に痛くなってくる。

 よくこんなのお貴族さまは普通にしていられるな。

 私がそう言うとミレイは驚いた顔をした。

「お姉さまなら魔法でどうとでも出来るはずですが」

 あ、そっか。全然考えなかった。

 というわけで風魔法で馬車から少し浮いた状態になる。

 空を飛ぶ技術の応用だ。

「なんなら、帰りは飛んで帰ろっか」

「私はそんなこと出来ないですよぅ!?」

「じゃあそれまでに覚えたらいいよ。無理でも私が一緒に飛んであげるから」

「さ、流石にそれは……」

 二人でそんな話をしていると。

「ふ、二人とも魔法を使えるのか? エリィ殿はエルフだからともかくとして、そっちのお付きの女さえも……」

「あの、彼女は私の大事な人なので、あんまりそういう言い方しないで貰えます?」

「そ、そうか……それは済まなかったな」

「いいですよぅ。私はそこまで気にしてないですしぃ。それにお姉さまのお付きというのも……それで……」

 まあミレイが嬉しそうならいっか。

 あ、でも。

「そういえばミレイもなんかサキュバスのいいトコのお嬢様なんでしょ? ミレイのところはどれくらい偉いの?」

「お、お姉さまその話は秘密で」

 私がその話をすると、ミレイはあわあわし出し、ギンシュはいぶかしげな表情になる。

「サキュバス? しかし翼が……それにミレイ……まさか!?」

 ギンシュちゃんはハッとして、突然馬車の椅子から飛び降りて土下座を始める。あっこの世界でも土下座ってあるのか。

 私がそんなことをのほほーんと思っていたが、当の本人はと言えば、脂汗たっぷりだ。

「まさか、まさかあのあの、大変失礼ながら申し上げますが、あなた様は、その……『ミレイニア=ド=スカバラサーサス』様であらせられますでしょうか!? もし! もしそうなら平に! 平にご容赦をぉおおお!!」

 なんかすっごい謝り始めた。えっなにこれどゆこと?

 ミレイをみるとあちゃーって顔してる。

「えっと……どゆこと?」

「馬鹿者! 早く頭を下げんか! 『ド』だぞ!? 『ドの御方』だぞ!?」

「なにそれ?」

「あぁあああ!! 貴様! そんなことも知らんのか! どうか! どうかご容赦を! この者にはきつく言って聞かせますので!! どうか!! どうか!!」

 いや態度変わりすぎでしょ。

 ミレイは……なんか死んだような目をしてる。

「だから秘密にしておきたかったですぅ……」

「ミレイ……教えてくれる?」

 ミレイは、ため息と共に一言。

「まあ、彼女も言ってたですけどぉ、私は『ドの御方』なのですぅ」

「だからそれってなに?」

 私の疑問には、ギンシュちゃんが教えてくれた。ちなみに土下座のままなのは変わらない。顔も下げたまま質問に答えている。顔上げればいいのに。

「名前の間に『ド』が入る者のことで、これは王族しか名乗ることを許されん名だ! 私達とは身分が違うのだ!」

「身分って……ギンシュちゃんも貴族じゃない」

「名乗っただろ! 私は『ライ』だ! 『ライ』は貴族階級で自称とかで名乗ることも可能だが、『ド』は自ら名乗ることは許されん! 神々から与えられる名なのだ! つまり『神々に認められた一族』なのだ! その他の民とは何もかも違う! 生まれついての支配者なのだ!! だから分かったか!! いい加減その頭を下げてくれ! 私はもうお前が頭をあげてるだけでおかしくなりそうだ!」

 ミレイの方を向いて聞いてみる。

「ちなみに、私がこのままだったら本来なら『ドの御方』はどうするの?」

「一族郎党皆殺しの上、最大で七代先まで虫以下の転生が固定されますね」

 なんじゃそりゃ!? そんなに偉いのか!?

「ちなみに、ミレイは私にどうして欲しい?」

「今まで通り、普通に接して欲しいですぅ」

「あっそ。じゃあ普通にしてよっと」

 私は今まで通り普通にすることにした。

「そうしてくれると、私も嬉しいですぅ。あと、ギンシュさんにお願いですが」

「はいぃなんなりとぉ」

「以後、私の出自を私とお姉さま以外に話すことの口止めと、私の出自による態度の変更をやめて欲しいですぅ」

「はいぃ気を付けますぅ」

「『お願い』でいいの?」

「『命令』にすると魂まで縛ってしまって、違反をした瞬間肉体が消滅してしまうですぅ。お願いだと苦しむだけで済みますから」

 なんかこの世界の王族、どうやら想像以上に凄いようだ。

 ……私、どっかでやらかしそう。怖いよぉ。

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