第14話 ドヘタのミレイ 後編

 私達二人はギルドの扉をくぐり、外に出た。

「今日は……どうする?」

「私はもう、エリィ様から離れないですぅ」

「それはいいけど……私、冒険者だから戦闘とかするよ?」

「が、頑張りますぅ」

 ミレイちゃん、自信はなさそうだ。

「まあ今日いきなりってのは危ないし、宿のおかみさんに改めて謝りにいこうか」

 朝も謝りたかったのだが、忙しそうにしていたので軽く謝るだけにして後にしたのだった。

 そんな訳で二人で宿へと戻る。相変わらずミレイちゃんは私の腕から離れようとしない。

「ミレイちゃん、歩きにくくない?」

「『ミレイ』って呼び捨てでいいですぅ」

「そう? じゃ私のことも『エリィ』で」

「駄目ですぅ! エリィ様はエリィ様ですぅ!」

 固辞されてしまった。

「そう……それでミレイ、歩きにくくない?」

「問題ないですぅ! んふふ~エリィ様ぁ」

「それならいいけど」

 ……なんか、かわいらしい妹分が出来たような感じだ。

 もっとも体格的には彼女の方が大きいが。

 だから私は非常に歩きにくいが……まあ今日くらいはいいだろう。



「おかみさん、昨日はすみませんでした」

「構やしないさ。そもそも、ミレイと二人であんな声が出るなんて思ってもみなかったんでね」

「あはは……」

 なんともいえない雰囲気である。こーゆー時ってどうすればよいのだろう。

「エリィ様ったら凄いんですぅ!」

「ちょっとミレイやめなさい」

「ははは、これでミレイも相棒が決まったって訳だ。まあ大事にしてやってよ」

「もちろんですぅ!」

「アンタじゃないよ。エリィ、頼んだよ」

「え? あ、はい」

「むーっ」

 膨れっ面のミレイ。ああまた残念美人が止まらない。

 しかしまあ、きっとミレイはミレイなりに、この町で大事にされてきたのだろう。良くも悪くも。

「それで、早速で悪いんだが……アンタ達が二人になるんなら、悪いんだけどウチの宿は引き払って貰うことになるねぇ」

「あぁ……そうですね」

「サキュバスってのはアレが食事なんだろう? アレを毎日されちゃあ流石に他の客に申し訳ないからね」

 昨日の件を思い出し、また恥ずかしさが込み上げてくる。

「どーすんだい? アテはあるのかい?」

「えっと……」

「それなら私の部屋に来るといいですぅ! 娼館内の一部屋なので、そゆことしてても問題ないですぅ!」

「まあ、荷物はまだ置いといていいさね。決まったら取りにくるんだよ」

「はい。ありがとうございます」

「ご飯時にはちゃんと食べに来るんだよ!」

「はい!」

「おいどうした! エリィちゃんわざわざ出ていかなくたっていいんだぜ?」

「馬鹿! あんな声毎日出せれたら商売あがったりだよ」

「あいたっ。 ……そんなに凄かったのかい?」

「馬鹿!」

 余計な事を言ったばかりにおかみさんに二度もはたかれるハラールさん。この二人も仲睦まじいな。

 ハラールさんはどうやらあの現場にはいなかったらしい。ちょっとほっとしている自分がいる。

「しかしまあエリィちゃん出てくのかぁ。寂しくなるなぁ」

 ハラールさんもそう言ってくれて嬉しい。

「ちゃんと毎日ご飯は食べにきますから」

「それなら、腕によりをかけて毎日作るからね! あとお肉の持ち込みも大歓迎だから」

「あはは……がんばります」

 本当にいい二人だった。この世界の最初の宿が、ここで良かった。


 私はミレイに連れられて、娼館街に入る。

 町の中央から少し奥まったところに入っていく。大きな通りから一本、二本と路地の奥まったところを歩いていくと、あるところから急に漂う空気が変わった。甘ったるい、雌のフェロモンと、香水の色気がごちゃまぜになったような匂いだ。

 これが、娼館街の雰囲気か。なんだか独特だ。

 そしてミレイはその中でもかなり大きな建物の一つへと入っていく。

「ただいま帰ったですぅ! 誰かいないですかぁ!」

 ミレイの声が静かな建物に響く。

 木造の三階建て。中々にしっかりとした造りだが、要所要所で華美な装飾も施されており、品の良さが感じられる。

「ミレイ! アンタまた行き倒れてたんでしょ! あーもーごめんなさいねーまったく! ほら! ちゃんとお礼言って!」

 艶やかな声と共に現れたのは、むっちむちのおねーさんだった。

 ミレイのすらりとした体とは違い、むっちむちの豊満ボディであるが柔らかさと美しさを兼ね備えている。そしてそんな豊かな体にくっついていたのは頭部には小さな、背中には大きな蝙蝠の羽、そしてお尻からはひょろーんと悪魔の尻尾が伸びていた。

「違うですぅ! いや行き倒れてたのは事実ですけどぉ……」

 そういうとおねーさんは鼻をくんくんさせる。

「あれ? ミレイ、アンタもしかして……『証』付きになったの!? え!? 嘘!?」

「へ? 良く分からないですけど……」

 おねーさんが私とミレイを共にくんくんする。そして、愕然とした顔になった。

「アンタ……まさか、この子なの!? でもあの……失礼ですけど、女の子よね?」

「え!? えっ……ええ」

「はぁ……そりゃ芽が出ないはずだわ。まさか女の子だなんてねぇ」

 何の話をしているのだろう。まさか性癖とかご飯の好みの話か。

 いかん。今すぐここから立ち去りたい。

 なんだか初めて出来た彼女との夜を親に説明させられているようなぞわぞわ感が私を襲う。

「いや……あの……」

「何よ、言ってみなさいよ」

 もじもじし出したミレイにおねーさんが食って掛かる。そりゃあ頂く側が頂かれるなんて……ねぇ。

 ミレイがおねーさんの耳元でごにょごにょする。あー昨日の話してる。

 うわぁどうしよう。逃げ出したい。顔から火が出そうだ。

「ええ!? そうなの!?」

 そしてまたごにょごにょ。ミレイは私をちらちら見ながら耳が真っ赤になってゆく。おねーさんは私をじろじろと不躾な目で見てくる。もうやめて! 私のライフはゼロだから!

「うっそ!? やだーもう! ホントなの!? あーでもホントでしょうね。だってアンタの首……『鉄の証』が出てるわよ」

「えっ!? ホントですかぁ!?」

「嘘なんか言わないわよ。そっかぁ……良かったわね、ミレイ」

「はい! とっても嬉しいですぅ!」

「あの……」

「あぁ!? ごめんなさいねぇつい夢中になっちゃって! 何から話せばいいかしら」

「えっと……とりあえず、どこか落ち着きません?」

 本音を言えば帰りたいが帰る場所はない。

 次点で言えばさっさとミレイの部屋に逃げ込みたいがそうは問屋が卸さない。

 仕方なく妥協して三人での話し合いの場を設けることにした。



 私達三人は玄関ホールから少し奥まったテーブルを囲むようにして座り、おねーさんがお茶を淹れてくれた。

「えっと……とりあえず自己紹介からかしらね。アタシはここの娼館を仕切ってるマーラ。マーラさんでもあねさんでも好きに呼んでくれていいわ」

「私はエリィと言います。よろしくお願いします」

「こちらこそ! それで昨日からミレイがお世話になっちゃって……本当に感謝してるわ」

「いえいえ……」

「それで今日は何しに来たの? 挨拶?」

 にやにやしながら尋ねてくるマーラさん。

「まあそれも無くはないですけど……」

 宿の件を正直に話す。

「あはは! そーゆーことなら大歓迎よ! 好きなだけ泊まって好きなだけ喘いでくれて構わないわ!」

「いや流石にそれは」

「それに、ミレイのそんな声も聞いてみたいしね」

 くすくすと笑うマーラ姐さん。私達はお互いを見合わせて、どうにもあかくなる。

「えっと……では、今晩からお世話になります」

「どーぞどーぞ。あ、でも食事は自分達でお願いね。私達の食事は別だから」

「ええ。その辺は大丈夫です」

「あと、仕事中の人とかお客さんに迷惑かけないこと。とりあえずこれだけ守ってくれたら大丈夫よ」

「分かりました。ちなみになんですけど、さっき言ってた『証』って……」

「ああ。彼女の首、見てごらんなさい」

 私はミレイの首元へと視線を向ける。

 そこには、昨晩には無かったはずの、黒い刺青のような模様が首輪のように入っていた。

 ちなみにその模様は、二つの波線が交互に重なりあうようなものだった。チェーンのネックレスを、いやこの場合は首なのでチョーカーと呼ぶのが正しいだろうか。そういった類いのものを首に巻いているようにも見える。

「あれが『証』よ。サキュバスが自身の全てを委ねるに相応しい相手が見つかると、本人や相手の意思無く様々な模様が浮き上がってくるの」

「えっと、つまりミレイが私をその『証』の相手に選んだ、と」

「そゆこと。ちなみに模様によってその相手に対する思い、親愛度の強さが分かるってわけ」

「へー」

 なんとまあ、不思議なシステムだこと。

「サキュバスっていうのはね、本来は沢山の相手とするのが普通なのよ。あなただって毎日同じもの食べてたら飽きちゃうでしょ? それをこの証は『日々の食事なんか目じゃないくらいのすんごいものを味わってしまった!もう他のものなんて食べたくないわ!』みたいなものなのよねー」

「えっと……」

「つまりエリィちゃん、だったかしら。貴女はそれだけの快感を、それはもう極上の美食をミレイに食べさせたってことよ」

「あ、あはは……恐縮です」

 なんかもう、そう考えるとこの『証』って相当恥ずかしいものなんじゃないか!? それこそ、日本でいうところのアングラな妻たちのモンモン的な……あるいはどこぞのエロ漫画に出てくる、そーゆーのとか、そーゆーのとか!!

「おまけに模様も『鉄』だからねぇ……」

「ちなみにこの模様にはどんな意味合いがあるんですか?」

「聞いちゃう? ねぇそれ聞いちゃう!?」

 あっこれ聞いたら余計に恥ずかしくなるやつだ。

「いえ別に「ミレイは聞きたいです!」」

 ちょっとーミレイさんこういう時は空気呼んで欲しかったわぁ。

「『鉄の証』は、見ての通り鎖で雁字搦がんじがらめにされたい時。つまり相手の人に何もかも支配されたい時に出るのよ。『心地良い奴隷契約』なんて言われ方をされるくらい。私も随分色々と『証』を見てきたけれど……多分初めて見るわ」

 うわぁ……

 私は言葉にならない。そしてミレイよ、思い出したかのようにほっぺに両手をあててしなをつくるのはやめなさい! やめて!!

「正直ねぇ、私もちょっと興味あるのよねぇ。あのミレイをこんなつやっつやにして、おまけに『鉄の証』を纏わせるなんて、一体どうしたらこうなるのか、このマーラ姐さんにもしてくれないかしらって」

「ダメです! エリィ様はミレイのものなんです!」

 テーブルに勢いよく手を置き、思わず立ち上がるミレイ。

「何言ってるの。誰のものでもないわよ。ねぇエリィちゃん、ちょっとだけ、ちょっとたけだからぁ」

 すがり付くような目で私を見てくるマーラ姐さん。いやそんな目をされましても……。

「普通、逆じゃないてす?」

「美味しいお菓子は皆で分けあってこそだと思わなぁい?」

「ダメですぅ! 絶対あげないですぅ!」

「いいもん! 今度こっそり味わっちゃうもん!」

 腕を組んで膨れっ面をみせるマーラ姐さん。そして同じようにむくれるミレイ。そして二人はバチリと視線を合わせると、フンッと反対側に首を向けた。

 なんだこの二人。子供か。

 というか私は私のものではないのか? いつから彼女たちが取り合う存在になったんだ?

「えっと……マーラさん、色々と教えていただいてありがとうございました。取り敢えず部屋に」

「あら、エリィちゃんも冷たいのねぇ……お姉さんさみしいわ……くすん」

「えっと、そんなつもりじゃ」

 ぐっ、おじさん的にはそういうのは弱い。女の人の涙にはどうにも勝てる気がしない。そういえばあっちの世界でよく美人局つつもたせとかに引っ掛からなかったと自分を褒めてやりたい。

 そんな事を考えつつも私がたじたじになっていると、ミレイが私をぐいっと引き寄せる。

 あぁこっちはこっちで女の子の可憐な匂いがする……最近やっと多少なりとも自分の匂いに慣れてきたと思っていたのだが、勘違いだったかもしれない。ほわほわする。

「お姉さまの手口は全部お見通しですぅ。さあ行きましょうエリィ様。お姉さまに騙されたら帰ってこれなくなるですよ」

 えっ……どこから?

「あーもー失礼ねー。それに私は女の子はあんまり得意じゃないのよぉ。そーゆーのも含めて、エリィちゃんに教えて欲しいなぁって」

「えっと……あの」

「じゃあ私達は部屋に向かうので邪魔しないでくださいっ」

 ミレイは私を引っ張り荷物を抱えてずんずんと部屋を出ていった。

「あれで良かったの?」

「お姉さまは見境が無いのです。自分の狙った標的を見つけたら何をどうしても、どんな手段をとっても食らい、それを離さない。獲物は二度と動かない。動けない。逃げられない。相手によっては弱みさえ握って自分の元へ跪かせ、囲い込む。だからこそお姉さまはこの界隈一の娼館で、女ながらにお店を仕切ってるんですぅ。勿論働く女の子への待遇がいいのもあるですが……あっこれ秘密なんですけど」

 ミレイの声のトーンが一つ下がる。

「お姉さま、裏では『丸呑みバジリスク』って呼ばれて恐れられてるんですぅ。このあだ名、聞こえたら割と本気で怒るので絶対秘密ですぅ」

「なんでそんな怖い事教えてくれちゃうの!?」

「だって……このままだと三日と経たずに食べられちゃいそうなので……ミレイはエリィ様が食べられてお姉さまに取られるのだけは絶対にいやなんですぅ……」

 ミレイはぐずぐずとべそをかきはじめた。

「分かった分かった。私も気を付けるから」

「本当ですか!?ミレイ嬉しいですぅ!」

 ぎゅっと抱き付いてくるミレイ。豊満な乳房がぐにゅりと歪み、圧力が私の身体に襲いかかる。私がおじさんの肉体のままだったら、さぞ一部分が硬化していたことだろう。

「あ、あはは……ちなみにさ、そのあだ名が私に知られてる事に勘づいて、特別に許してあげるから一晩だけ私のモノになりなさい、って言われたら、私どうすればいい?」

 ミレイの顔が、まるで毒をあおったかのように青くなる。

「あ、あり得ますぅ……十二分にあり得ますぅ……おまけにそれ断ったらこの街で生きていけないくらいの圧力ですぅ」

「そんなに!?」

「エリィ様!一晩くらいでお姉さまに落とされないでください!ミレイは信じてるですぅ!」

「えっ私に丸投げ!?」

「そーなったお姉さまには……逆らえないですぅ……いやいざという時にはあの非常手段を使って……でもやっぱり勝てる気しないですぅ……うぅ」

「ま、まあ気を付けるけど……あ、そ、そろそろ部屋に着くかな?」

「あっはい!こちらですぅ」

 これ以上この話をしてもどうにもならなそうなので、無理やり彼女との会話を打ち切る。

 二人で最初の部屋を出たあとは、建物の内部を通り、ぐにゃぐにゃと折れ曲がった通路を歩き、踊り廊下を渡り、中庭の向かいにある一室の前まで来た。

 扉を開けると、まあよくあるワンルームくらいの部屋だった。

 奥にベッドが、反対側に鏡台が。中央に机と椅子が二脚。あとは箪笥が一つ。必要最低限の物しかない、シンプルな部屋だった。

「水回りは全て共同なので後で案内するです。あと寝床は流石に一つしかないので、私と一緒になるですが」

「いいよいいよ。私もそんな我が儘言える立場じゃないし。むしろ大丈夫?」

「はい!エリィ様とならどこでもいっしょに寝られるですぅ!」

「そ、それは何より……」

 なんだかおじさん恵まれ過ぎてて、いいのかなぁと思う。

「じゃ、ここに座ってください」

 案内された椅子に座る。

 向かい側にはミレイが座った。

 そして、深々とミレイは頭を下げ始めた。

「エリィ様、改めて私を助けて頂き、本当に感謝しています。これから私の一生をかけて、貴女に恩を返しますのて、よろしくお願い致します」

「えっ、ちょっとちょっとそんな……頭を上げてってば」

「お願い致します」

「そんな大したことじゃ」

「私にとっては!!」

「!?」

「私にとっては……大した……ことなのです……どうか……どうか……」

 彼女が下げた頭の下、机の上には雫が輝いていた。

 私はふぅと一呼吸おいて、心を入れ替える。

「こちらこそ、よろしくお願い致します。ミレイ」

「はい!エリィ様!!」

 こうして、私の最初の仲間……というか相棒というか恋人? というか。

 まあとにかく、ミレイが仲間に加わった。

 残念美人のサキュバスちゃんである。

 おまけにムフフなことし放題である。なんともまあ。

 今後の私の生活に、華やかな彩りが加えられるのは間違いないだろう。

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