第7話 モンスターと対峙 後編
遠くに見える巨大な猪は、私に狙いをつけると足をガシッガシッと蹴りながら、力を溜めている。
あれは間違いなく、私に向かって突進攻撃をしかけてくるつもりだろう。
私と猪の間には、木がまばらに生えているがそんなものはまるで無いもののようにして突っ込んでくるに違いない。
「さて……どうするべきか」
逃げる、というのはアリだが得策ではない。少なくとも後ろに向かって逃げるのは下策だ。間違いなく追っかけてくるはずだ。
それにどう見ても向こうの方が足が速い。私の足では追い付かれてしまう。
では魔法を使って逃げるか? それもアリだが……
「ここは……戦う選択肢をチョイスしますか」
私は腰を少し低くし、左手を前に構え、軽く瞑想を、もとい妄想を行う。
自らの魔力を練りこみ、どうすれば猪の突進を食い止めるかのイメージを作り出し、そこに魔力をあてがうようにする。
巨大な猪はついに私の方に向かい、まるでミサイルのように物凄い勢いで突っ込んできた。
距離があるからよかったものの、近ければあっという間に私は吹っ飛んでいただろう。
だが、距離がある。この距離ならば……
「えいっ!」
私は猪が走る地面を、正確には走ってくる地面の手前を大きく【土魔法】で
私は穴にゆっくりと近付きながら考えていた。
「よし、これなら何とかなりそうだ。さて最後はどうしようか」
剣を取り出してそのまま……とも考えたが、大きさ的に斬りつけても倒せる気がしない。
かと言って魔法も……うーん。
「あ、待てよ。もしかしてこれなら……」
私は再度左手を前に出し、また妄想をしながらイメージを作り出す。今度は今までよりも少し強めに妄想をして、魔力を多めに練りこんでゆく。
「落ちよ雷!【サンダー】!」
天からバリバリと大きな稲妻が私の目の前の猪へと降り注く。目の前では目も
……ちょっと強かったかな? と思う間もなく、目の前の猪はびくんびくん、という反応を起こした後、ぐったりとした。
剣でつんつんしたが、特に反応はない。今こそあの台詞がいえるぞ!
「これは……ただのしかばねのようだ」
凄い! おじさん的にはこんな台詞一生言う機会がないと思っていたのに! なんか楽しいな!
さて阿呆なことをしていても仕方がないので、この巨大な猪をアイテムボックスにしまう。
目の前の猪がシュン! と消えて、巨大な穴がそこに大きく見えた。
このままだと危険なので、再度【土魔法】を使い、元の地面に戻しておく。
そういえば今ので【土魔法】はレベル3に、また【光魔法】もレベル3に上がった。
どうやら雷属性は【雷魔法】ではなく【光魔法】に分類されるらしい。
この雷属性の魔法、敵を傷つけずに無力化出来るので結構便利かもしれない。
それに今の猪も、毛皮に傷をつけずに倒せたので、これは解体場に持っていけば結構いい感じに稼げるのではないか?
なんだか今日はいい感じだなー、あの台詞もいえたし。
とホクホクの笑顔で今日は帰ることにした。
まだ日は高い午後もよい時間だが、十分過ぎる成果を得たので、私としては大満足である。
さて冒険者ギルド。
いつもの通りガーリーさんに挨拶をする。
「こんにちわ」
「お、エリィちゃんやん。どないしたん? 今日はもう店じまいか?」
「ええ。ちょっと大きなモンスターを倒したので、解体して貰おうと思って」
「そか。解体場はこの通路まっすぐ行った先や。ちなみにどんなモンスターか聞いてもええ?」
「えっと……巨大な猪なんですが」
「巨大な……猪?」
ガーリーさんは少し斜め上を見て考えた後、ぎょっとなって私を問い詰める。
「ちょちょちょちょーまって!? 巨大な猪ってもしかしてクレイジーボアか!?」
「いやー流石に名前までは」
「そらそーや!初見の相手の名前が分かったらそら鑑定使いや!」
ごめんなさい鑑定使いなのに鑑定してませんでした。
私の無言の謝りなど気付く訳もなく、ガーリーさんは怒涛の勢いで続ける。
「ってかあんなモンスター滅多に出ぇへんで! そんなことより討伐依頼を……ってあんたさっきなんちゅーた? 『倒した』っちゅーてへんかったか?」
「え? えぇ……まぁ……」
「なんでやねん! なんでこないだ登録したばっかのぴかぴかの新人ちゃんがクレイジーボア倒せんねん!」
「それはまあ……エルフですから」
「そか。ほなしゃーないな」
激しかったテンションが急にフラットになるガーリーさん。
えっ!? いいの!? いいのそれで!?
なんだか便利な言葉だね、エルフって。
今後とも異世界ムーブが来たときにはこのエルフという種族を便利に使わせて貰うことを心に誓う。
「とりあえず裏いこ裏。獲物見せてーな。せやウチはギルマス呼ばんと。先行っててなーウチも後から必ず行くさかいなーほななー」
最後はドップラー効果よろしく廊下を走り階段を昇っていくガーリーさん。まあ関西人の勢いは素晴らしいこと。
そういやなんで関西弁なんだろう。彼女も転生者なのだろうか。
考えても答えは出ないので、今度機会があったら聞いてみることにしよう。
私はそう思いつつ、廊下の突き当たりにある解体場を目指した。
解体場は裏庭に繋がっている場所だった。
雰囲気で言うなら、和風の家の裏側の、縁側と土間が混ざったような空間、だろうか。
あるいはそれこそ牧場の馬場のような、そういう趣があった。
今は特にモンスターなどは置かれていなかった。変わりにいたのは熊のような大男が一人、黒いエプロンをして立っていた。
いやちょっと待って熊? 人間? よくよく見てみると、パッと見では分からないほど熊そっくりのおじさんだった。
「どした嬢ちゃん。ここは解体場だぜ? モンスター持ってねぇなら帰んな」
「あ、今から出しますので」
私は手を鞄に突っ込む。≪アイテムボックス≫をそのまま使用するのは流石に目立つと思ったので、この体に巻き付けるようにして背負っているポシェットのような小さな鞄を、魔法の鞄と偽っておこうと思ったのだ。
この世界の雰囲気なら、エルフの家に伝わる大事な品とか言っておけば多分大丈夫だろう。
「ちなみに結構大きいですけど、どこに出します?」
「ん? その鞄からなら大したことないだろ。まあその辺なら広さもあるからいいんじゃないか」
熊のようなおじさん、通称熊おじさんは何もない広間の真ん中を指さす。
まあ中央にデンと出せばいいだろう。
「じゃ出しますよー。えいっと」
そう口で呟き、手を動かす動作をしながら≪アイテムボックス≫の能力を使う。
最初こそステータス画面を開いていちいちやっていたが、色々試した結果、あの画面を開くか、思い浮かべるようにしてイメージすると、どうにか取り出すことが出来るようになった。
しまう際はそのしまう対象に触れなければならないが、取り出す際は頭でイメージするだけでどこからでも取り出せて非常に便利である。
いちいちステータス画面を開いてーとかやったりしなくてよいので、こういった誤魔化す場面でも応用が利くのだ。
取り出してみると、思いの外大きかったことに気付く。
解体場のど真ん中をしっかりと塞ぎ、周りの移動場所まで圧迫するほどの大きさだった。
熊おじさんも度肝を抜かれている。
私はその合間にこっそりと【鑑定】を発動させた。
≪クレイジーボアの死骸 レア度3≫
[クレイジーボアの成れの果て。刀傷無し。美品。]
[肉は美味しい]
なんだこの鑑定結果。結構凄いモンスターのはずなのに、先日のホーンラビットと大して変わらんぞ。
てかレア度3って5分の3か10分の3か分からんな。
おまけにこんなに大型の獣なのに肉は美味しいって……いやまあありがたい事ですけど。
「こいつぁ……たまげたな」
熊おじさんが我に返ったようだ。
「こりゃあ……ギルマス案件か」
「あ、ギルドマスターなら先ほどガーリーさんが呼びに行きましたよ」
「そうか。なら見せた後やっちまうか。ちなみに皮はいるのか?」
「んー、お肉を少しと魔石を頂ければ後は特に」
「おいおいいいのかよ。こいつは皮に全然傷が無いから値打ちもんだぜ」
「ええ。ですから高く売って頂ければ」
「必要ねぇってか。はぁーすっごいねぇ」
「いやぁ……」
「おぅ。邪魔するで」
後ろから野太い声がした。振り返ると……がっしり髭マッチョがいた。
ただし身長は私より小さい。150センチよりも小さい。多分ガーリーさんと同じか、それより小さいだろう。
赤い服と帽子を被せれば、可愛いサンタさんに見えなくもない。
が、雰囲気がまるで違う。戦士のオーラを身に
「こいつか」
「せやで」
後ろにはガーリーさんもいた。ということはこの髭マッチョがギルドマスター……ギルマス、なのだろうか。
髭マッチョは私を一睨みする。流石に身長は低くても怖い。小市民だったおじさんはどきりとする。
「お前がこいつを?」
「えっ? ええ……はい」
「ちょお来い」
そう言って髭マッチョは
私は何かを告げるまでもなく、ガーリーさんに押されて彼についていくことになった。
というかあの雰囲気からだと流石に断れない。怖い。
なんかされたらどうしよう……でも別に悪いことしてないよね?
なんか森の守り神とかで殺しちゃいけないとかないよね?
そーすると話が変わってくるんですけどぉ……
私はどきどきしながらも、髭マッチョの小さな後ろ姿を見ながら、ギルドの階段を昇り、一番奥の部屋まで向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます