三題噺短編集(お題はくじで)

南野月奈

今回の三題…忍者、本、チョコレート

「ちょっと……すごい音したんだけど!!」

 どさりとにぶくて大きな音がして凛子はルームシェア相手のリカの部屋をノックした。

「ごめん、ごめん、積読タワー崩れちゃって」

 あまり悪びれた様子を見せないで部屋のドアを開けた部屋着のTシャツワンピ姿のリカがひょっこり顔を出す。

 「また~そのうち下の階から苦情くるよ!!ここ三階なんだから」

 リカはジャンルに関わらず読書家で、また紙の本にこだわりのあるタイプなので自室はいつも本が積まれている、お互いオタク気質で意気投合してルームシェアをしている二人なもののここ数年一部のコレクション以外は電子書籍に乗り換えた凛子にはいつか床が抜けるんじゃないかと不安なリカの本の所有数にはついつい干渉したくなってしまう。

「だから、ごめんて、そんなに怒んないでよ……それに凛ちゃんだってアレじゃん?最近すごいよ!ミシンの音!」

「あ~それ突っ込まれるとつらい、ほんとはもっと静かなミシン買わなきゃなんだけど」

「ミシン代くらい事務所に請求しなよ~、あと布代とか手間賃も、毎回凛ちゃんめちゃめちゃ大変そうじゃん!ただで受けるて」

「いいの!これは私が好きでやってるんだから!ファンプレみたいなもんなんだから!リカだって推し作家にプレゼント送ったりしてるじゃん、この話はここで終わり!」

 凛子は三人組の男性地下アイドルの一人リッキーこと律斗を推していて、あるとき運営のスタッフに裁縫が得意で高校時代の学園祭では友達のバンド衣装を一人で作ったことを話したら接触のときリッキー本人からミュージックビデオの衣装を作って欲しいと頼まれて連絡先をこっそり渡され所謂繋がったのだ。

「う~ん、まぁ、いいや、ねえねえ今回はどんな衣装作ってるの?」

 リカが笑顔で話をずらしてくれて凛子は正直ほっとした。これ以上突っ込んだ話をされるのは凛子にとって目をそらし続けていた何かを直視しないといけないからだ。

「今度の衣装コンセプトは忍者なんだって」

「忍者!なんで!この前西部のガンマンだったじゃん!全然ジャンル違うじゃん」

「私だってそう思ってるよ!でも事務所の社長がそうして欲しいって指示なんだからしょうがないよ、私はなるべくリッキーとメンバーに似合うように仕立てるだけ」

「あ~、それじゃしかたないか~小さい事務所って社長がプロデューサーでワンマンなんでしょ?この前アイドル業界のコラム本で読んだ!」

「リカほんといろいろ読むんだね……あっ…そうだリッキーの話で思い出したんだけど昨日会ったときにリッキーが早めのバレンタインってチョコレートくれたんだけど一緒に食べない?」

 一週間前の衣装の打ち合わせで凛子はだいぶ先取りしたバレンタインとして一生懸命選んだチョコレートを持って行って渡した、バレンタインまでに直接会えるかはわからないしアイドルとしてのプレゼントボックスには食べ物は入れられない決まりだからだ。

そして昨日リッキーからの急な呼び出しデートのあと

「男から渡してもいいでしょ?」

 いたずらっぽいような甘えたような表情で帰り際に貰った高級チョコレート、そしてなによりリッキーが選んでくれた事実が凛子に特別感を味わわせた。

「!!いいの!!え??そんな大事なの一人で食べたほうがよくない?」

「幸せのおすそ分け、一人で食べると罰当たりそうだから、あといろいろ話聞いてよオタ友には話せないから」

「なる、じゃあ紅茶入れるね~」

 二人の共有部屋であるダイニングの机にチョコレートを用意してリカが紅茶を用意してくれている間、凛子はSNSのチェックを始めた。もっぱら凛子がこまめに監視しているのは同じくリッキーと繋がっている女のアカウントだ。この女はリッキーとの繋がり日記をこっそり彼氏とのラブラブ日記に偽装してSNSに載せる凛子にとっては目障りな存在だった。

「なにこれ……やだ………やだ、嘘」


『バレンタインは仕事だから会えない彼氏にチョコ渡したら彼氏からもチョコ貰いました~一枚目が貰ったチョコで二枚目が渡したチョコです!デパートのチョコ売り場参戦してくれたらしくて感動!』


 彼氏ことリッキーに女が貰ったチョコはどうみても凛子が渡したチョコと一緒で女がリッキーに渡したチョコは目の前のテーブルにあるチョコと一緒だった。


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