第二十四話 永い意思
施設の倒壊が始まった。
これで良かった。
約束を違えることになったが、あの二人はここから脱出できる。ならば、最後の最後も騙してもいいだろうと思えた。
「ひとつ聞かせろ」
首を掴まれ、地から足が離れた。
「なぜ戻って来た」
「ケジメだよ。一緒に戦ってきた仲間たちへのな」
呼吸などないが苦しい。それでも質問に答える。
「それに、俺はもう長生きしたからな」
「なにそれ」
「獣にはわからないか?」
言い終わる前に壁へ投げつけられた。
「俺は……お前の父親のプラモデルだからな」
受け身も取れず、パーツの軋みがはっきりと聞こえてきた。
「俺には感覚がわからないが、お前はあの子供の子供なんだろ。一体どれだけ時間が経ったんだろうな」
大きさも価値観も違うプラモデルの自分には、人間の時間の感覚は最後までどうしてもわからなかった。
「まあ、時間が大事なのは共通だ」
ゆっくりと起き上がった。
「俺の勝ちはな、あいつらをここから逃がして保護することだ。お前の負けは、あいつらに逃げられることだ」
膝関節の様子がおかしい。もう戦うことはできない。
「お前は全身ボロボロで、片腕もない状態で、ここで獣のまま死ぬ」
次は反対側の壁へと叩きつけられた。視界がぼやけてきた。
「俺が人間だったら死刑だろうな。処刑人はお前で、方法は生贄か」
天井まで蹴り飛ばされる。地面に落ちたが痛みはない。触覚は随分前から薄くなっている。
「……そう言ってるんだけど、な」
ボーンは一つ、忘れていた。
自分の教えを、忠実に守っていることを。
「なぜ来た」
獣との間へ割って入るように転送されてきた。
「仲間だからじゃ、だめかな」
最後に良い馬鹿が教え子になったもんだと、ボーンは見上げた。
背中がずいぶんと大きく見えた。
◇◇◇◇◇◇
「###……」
目の前の獣が一点を見つめている。頭部は削がれ、左腕はなく、胴体はコックピットが剥き出しの満身創痍。
「###」
それでもシュウとメイの目には、変わらず強敵に見えていた。
「ごめん、ボーン。決着を着けたかったんだ」
「私は止めたんだけどね」
壁にもたれかかったボーンはそれを聞いて笑った。
「いいんだよ、謝るな。俺はお前たちを散々騙したんだからな」
いつもどおりの笑い声だった。
ここにはみんなが倒れている。施設の倒壊が進めば、助かる見込みはないとシュウたちは察していた。どんな状況であろうと助からないのだということも。
「シュウ、来るわよ」
振り向いていた意識を前へと向け。
「うん」
シュウは眼前へと顔を向けた。
「見ててね、みんな」
思えば、いつもいつも戦闘が始まるのは突然だった。
自分の出生を知ったのも、切っ掛けはメイが突然倒れたことからだった。
目の前の敵もその正体も、予兆なく突然明かされた。
エクソダスを組み上げ、スパルタ式の模擬戦も事前に準備していたわけじゃなかった。
そもそもボーンが来たのが突然で、教えられることになったのも突然だった。
最初から、メイと出会ったのも突然だったのだ。
その自分が今、自分の意思で戦いにきた。
右手にはハンドガンを、左手にはシールドをエクソダスに構えさせ、シュウは教えられてきたことを思い返した。
これが最後になるかもしれないのだから、後悔をしてはいけない。
「敵の損傷と動きのパターンを解析」
いや、これで最後にするのだ。自分と同じ存在と戦うのはこれが最後だ。
「#####! #########!」
操縦桿を握り、モニターへ意識を集中させる。
「戦闘開始!」
崩れ行く施設の中、戦闘が始まった。
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