第十話 師事と指示とシジ

「撃つ時に焦ってはいけません」


 ホタルの声が通信越しに聞こえ、足下にバズーカが撃ち込まれた。


 熱帯林の中で爆風に吹き飛ばされてモニターの映像が一周し、ボーンは川に頭から突っ込んだ。



「当てることに意義を見出すつもりならば、ただ撃つだけではなく当てる必要があります。引き金を引く前に狙いをつけるのです」


 堅苦しい冷静な分析が、映像に酔ったシュウの耳に入ってきた。


「取り出す、構える、狙う、引き金を引く。飛び道具とはそこまでの段取りを踏んでこそ輝くものなのです。それだけのリスクを必要とするものなのです」


 ホタル自身はシュウから離れた位置にいて、右手にバズーカを持っていた。



「では、もう一度」

 熱帯林の中での射撃訓練。模擬戦とはいえ衝撃が無いわけではなく、視覚的な痛みがシュウの目を回していた。



「きゅ、休憩……」

「いいえ。私が撃ち込むより先に、あなたが私を撃てるまで終わりません」

「そんなぁ!」

 顔を上げて抗議しようとしたが再び爆風に吹き飛ばされ、モニターが半分水没した。


「と、とりあえず、重い方がいいかな……」

 項垂れながら、シュウは自分の機体をどうしようか決めていた。





「補足が遅いな。手つきこそ慣れているが、結果を出さなければいけない」


 メイの方も楽はできていなかった。


「敵が撃ってきたのなら逆算せよ。居場所もわからぬ標的より、どの方向へ逃げればいいのか的確に指示することが君の仕事だ」


 先ほどから、ブルースの上から目線によるアドバイスを受けている。


「そうね、その、通り、ね」


 尊大な態度に文句を言いたいところだったが、ブルースの言っていることは的を得ていた。


「怒りに震えているところを悪いが、次の戦闘が始まろうとしている。目の前のモニターへ集中したまえ」

「ええ、ええ。そうさせてもらうわ」

 怒りを見抜いていても、態度を変えずに通信を続けるブルース。



 額に血管を浮かべ、握りこぶしを作りながらメイはモニターへ向かった。そしてシュウもまた、シートの上で操縦桿を握り直した。



 2人にとっての地獄が始まった。



「撃たれることに怯えてはいけません。撃たれてどうなるのかを考え、打開策が浮かばないことにのみ怯えるのです」「探るべきは敵が何をしているのかではない。敵が何をすればいいと思っているのかが重要なのだ。彼女が距離を保っている理由を考えるといい」「弾は当たらなければいい、というわけではありませんよ」「ホタルは次にここを撃とうとしている。弾着地点から、少年がどこへ誘導されているかを見つけ出せるはずだが」「オペレーターが絶対だとは限りません。信用は大事ですが、疑問があるのならばはっきりと口に出すべきです。ましてや、あなた自身に確信があるのなら尚更のこと。あなたは人形ではないのですから」




 模擬戦は小休止を挟みながら進んで行った。




「次は私が少年へ接近戦を教える。ここでホタルと交代するが、私の言ったことを忘れてはいけないよ」


 ホタルと交代し、ブルースがシュウの前に立った。



「そうそう、彼女は私ほど優秀ではないが、生真面目故に私以上に指導が入る」

「そうなのね……」

「覚悟したまえ、先へ進む覚悟があるのだろう」

 まるで見透かしたような言い様だった。


「……なんて嫌なやつ」

 毒づいたメイだったが、聞こえているはずのブルースは気にも留めなかった。




 交代してもまた、地獄だった。




「これは粒子を束ねた光の剣。ビーム兵器というものだ。飛び道具にも同様の特性を持った武器がある」「モニターは一つですか? できれば複数のモニターが欲しいところですね。そうすれば一つ一つの情報が細かく分析できますが」「この模擬戦で私は接近し、君を切り裂く。今回のマップは障害物のない砂漠だが、足場の悪さに気を配りたまえ」「バランサーのチェックはこちらでも可能です。バランスを崩す予兆があれば逐一報告しましょう。バランスを崩すことは敗北へ直結します」「飛び込むことに躊躇いがあるというのであれば、一瞬だけでもたとえその瞬間だけの一時的な勇気であっても、感覚さえをものにできれば躊躇う事もなくなる」「接近戦では敵の様子を至近距離で確認し、分析ができます。隠し武器やギミック、はては損傷個所まで。遠距離では不明な部分が分かるかもしれないのです」「今のように、自分の切られたくない部分こそが敵の弱点になる。作り出せる隙で敵の攻撃を誘い出す事ができれば、敵の隙を生み出す事に繋がる。もっとも、私には隙などないがね」「誘導が遅いですよ。接近して視界が狭まる以上、こちら反応をもっと早く」



 一言で表すとすればスパルタだった。


「……安定と防御と……機動……」


 模擬戦の合間に、シュウはぼやけた頭で自分の欲しい要素を整理していた。


「初心に帰るつもりで学んだ方がいいわね……」


 机の上に頭をつけ、メイは観念して呟いた。



◇◇◇◇◇◇




「どうだった? あいつらの様子は」

 シュウとメイはぐっすりと眠っている。暗い部屋の机の上で座ったボーンは、隣に座っているホタルとブルースへ尋ねた。


「筋は悪くない。経験が少ないというだけで、飛び込もうとする気概は見せ始めている」

「これまでの学び方が悪かったのでしょう。真面目なので飲み込みが早く、教え甲斐がありますね」


 二体からの評価を聞いたボーンはふむと頷き、顎に手を当てた。


「お前らは、そろそろ次の場所へ行く頃だよな」


「そうなる。我々はここだけに留まっているわけではないからな」


「メイは元々シュウに合わせていた部分がありましたし、シュウも自分の特性を掴んできているようです。あとは実戦で慣れるだけなので、そろそろ頃合いでしょう」

 

 自分の考えを言ったホタルは、ところでと話を切り替えた。


「ボーン。あなたまだあのことを二人に話していないのですか?」


 ボーンは一瞬だけ動きを止め、沈黙を返した。



「君のことだ。おいそれと真実を告げはしないだろう。だが、もしもの時はくるものだ」

「ああ。それは、わかっているよ」


 ボーンはまるで人間のように、深い深い息を吐いた。

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