第六話 とある噂
ジグルとの戦いから三日ほど経った。
あれ以降、エリアと共に冒険者としての実績を積むために色々と簡単な依頼をこなす日々。
やはりあれほど簡単な内容の任務に魔族と出くわしたことが異常という事がよく分かる平和な日々であった。
今日も今日とて依頼をこなし、二人はファーラ王国プラゴスカ領中心都市プーラガリアの酒場で祝杯をあげるのである。
「ディー、今日もお疲れ様! 『ソルジャーリザード』との戦いは油断できなかったね!」
「人間から奪った剣と盾で武装するリザードマンは獰猛だからね。エリアに怪我がなくて本当に良かった」
その後の後始末だが、魔族と出くわしたという話は秘密にしておこう、という結論になった。
信頼が厚い冒険者が喋るならまだしも、アイアンランクのディリスとブロンズランクのエリアがそんな話をして信じてもらえる訳がない。何より、説明が非常に面倒である。
「ほら、乾杯しよ! いえ~い!」
「……いぇい?」
依頼を終えた昼下がり、ジョッキを軽くぶつける二人。ディリスのジョッキはミルク、そしてエリアはオレンジジュースだ。
「ディーはお酒飲まないの? 私に遠慮してるんだったら全然飲んでほしいんだけど」
「いや、そういう訳じゃないよ。今こうして飲んでいる時、もしかしたらいきなり襲撃があるかもしれないからね。酒を飲んでいるときは絶好の抹殺タイミングだ、というのは殺人者の一般常識だよ」
「そんな一般常識、知らないよぉ……」
「……そうなの?」
「そうだよ! 少なくとも私は今ディーから聞くまで絶対に知ることのなかった一般常識だよ!」
常に切った張ったの世界で生きてきたディリスにとっては、当たり前のことでも、エリアからしてみれば非常識というのはかなりある。
自分は自由になったんだなと感じられる一方、少々今までの常識を怪しまなければならないと感じる瞬間でもある。
「……むう」
「まあまあ。ディーは今までが今までだったからね。ゆっくり外の世界を感じてみようよ!」
「……エリアの言う通りだ。これからもよろしくね」
「うん!」
ミルクを一息で煽るディリス。濃厚な旨味が口内に充満する。この瞬間が、彼女にとって至福の時間の一つと言っても過言ではない。
「ミルク、好きなんだね」
「うん。小さい頃、いつもコルステッドやフィ……私の上司との戦闘訓練で骨折ってたからね。さっさと直したくてこれ飲んでたら好きになっちゃった」
「それは“ちょっと良い思い出だな”みたいな顔で喋る内容じゃないと思う」
このままだと血なまぐさい話しか出てこなそうと判断したエリアは楽しそうな話をするため、脳を回転させる。
その矢先のことである。
「おい、聞いたか?」
「ああ、聞いた。ここら辺を納めている領主アーノルド・プラゴスカ様の弟のルドヴィ様の話だろ?」
「ばっか。声でけぇ!」
隣の席で喋るのは明らかに酔っ払った冒険者二人。どちらも顔が真っ赤である。
ディリスとエリアはしばし目を合わせ、聞いても良いのかどうか無言で議論したが、とりあえず聞くだけタダということに落ち着いた。
「話を戻すけどな。どうも人間の魔力量を増大させる研究が完成間近らしいぞ」
「まじかよ。魔力量なんて元々持ってる才能を引き出すか、努力くらいでしか伸ばせないっていうのが常識なのに、それがついに覆されるのかー」
「上手いことその研究に一枚噛ませてもらえれば、俺ももしかしたら大戦士への一歩を踏み出すことになったりしてな……」
「ばっかゼロに何掛けてもゼロだっての!」
ひとしきり大爆笑した後、二人はまた飲み出したので、ディリスとエリアは聞き耳を立てるのを止めた。
「そういう話もあるんだね~」
「エリアはそういうのは興味あるの?」
「ううん全然! 与えられた手札で勝負するものなのですよ人間は!」
「そうだね。無い物ねだりしてても仕方がない」
お互いジョッキが空になったので、酒場を出ることにした。このまま話を続けていたら酒が目的の冒険者たちに絡まれる可能性もあるためだ。
ディリスとエリアは宿場通りにある小さな宿屋へと向かうことにした。
実はディリスが借りている部屋だが、現在エリアも一緒に泊まっている。
コンビを組んだということと、単純に二人で割れば宿代が浮くというのもある。
そういったこともあり、コンビ結成の当日から二人の生活が始まっていた。
「私もお酒飲んでみたいな~。けど一人で行くっていうのもなぁ~」
ちら、ちら、と露骨にディリスを見るエリア。
その眼差しは期待の色に染まっていて。そんな眼を、逸らせる訳がないディリスなのであった。
「じゃあ……今度一緒に飲む?」
「いいの!?」
「うおっ」
あまりの即答に思わず気の抜けた返事をしてしまったディリス。そんな彼女に気づかないまま、エリアは続ける。
「いやぁ……今まではお父さんが飲んでいる所をただ眺めているだけだったから、どんなのかな~……って思うだけだったんだよね! 嬉しいよ! ディー!」
「そっか、それなら私も……」
そこで言葉を止めて、後ろを向く。神経を研ぎ澄ませなくても分かる。
これは、そう。これは――。
「これは……誰か追われている」
「え? じゃあ助けなきゃ!」
「ほんと、エリアはいい性格だよね」
だがディリスは即答するだろうな、という確信に近いものがあったため、薄く笑ってしまった。
方針も決まったため、すぐに件の方角へ走ると、ソレは見えてきた。
「待てガキ! 止まれ!」
「はぁ……! はぁ……!!」
それはまるで人形のような銀髪の少女であった。ディリスを以てして、一瞬目を奪われてしまった。
しかし、純白のワンピースと“裸足”を見て、すぐに状況を察する。
四人ほどの武装した男たちに追われる、華奢な少女。
この絵面だけでどちらに悪が降りているか、考えるまでもないことである。
「ディー!」
「オーライ。皆殺しだね?」
「違うから!!」
可能な限り、“穏便”に済ませるためディリスはとりあえず天秤の剣を抜くことにした。
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