過去と今 -青年の追想-
@kaerutti
第1話 出会い
私は目の前の龍に震えながら、後悔していた。
やはり、お世話になっている女将さんの言うように、
身の丈に合わないクエストなど受けるべきではなかったのだ、と。
でも、私は死ぬわけにはいかない。
家宝の名剣を遺してくれた父のためにも、
父が亡くなった後命を賭して私の生活を守ってくれた母のためにも、
何の結果も残せていない今、死ぬわけにはいかないのだ。
そう決意を固め、もう一度龍と相対する。
しかし、心意気や覚悟だけでどうにかなる相手ではなく、
龍が繰り出した炎の吐息を受けて体力が大幅に削られてしまう。
全身にやけどを負い、動けないところに迫りくる龍の顎を目にして、
せめて一太刀だけでも、そう思って、剣を前に突き出した。
全身を襲うであろう痛みを覚悟して、目をつむり剣を突き出した状態のまま
1分ほどの時間が経過しただろうか、覚悟していた痛みは一向にやってこず、
ああ、全身を丸のみにされ、天国で意識を取り戻したのか、と
目を開いた瞬間、目の前に立つ男と目が合った。
「よう、大丈夫か?Eランクの冒険者がBランクのクエストを受けたって聞いて、
様子を見に来てみたんだが、危ないところだったな。」
そう言って、龍の顎を剣で抑えたまま、余裕そうにその男はのたまった。
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「はあ!?Eランクに上がったばかりの素人が小竜討伐だあ!?」
宿屋の女将が作ってくれた朝食を食べながら、軽い世間話のように
聞いた話に、思わず声を上げる。
「そうなんだよ。私はあの子が冒険者になったころから面倒見てたんだけど、
私の旅館の経営状況が厳しいことに気づいたあの子が張り切っちゃったんだ。
勝手に置手紙だけおいて、『今までの恩を少しでもお返しします』
だなんて、気にしなくてもいいのにねえ。」
そう言っておかみは心配そうに頬に手をやる。
「今時珍しい性根のきれいな子じゃねえか。
あんたみたいなガサツなばばあにはもったいねえんじゃねえの?」
あくまで他人事である俺はそう言っておかみを茶化すことで
面倒事を回避しようと思ったのだが、すでに遅かったようだ。
「そうだ。あんたもどうせ宿でごろごろしてるだけなんだったら
あの子を様子を見てきとくれよ。
あたしゃあ心配であんたの夕飯に気持ちが入らなくってねえ」
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というわけで、俺は今その娘を助けに来ているわけだが、
小竜とは言え、龍は龍なのだ。
あまり軽口をたたきながら余裕で討伐できる相手ではない。
「武器魔法-アイスエンチャント-」
先ほど遠めに見えた炎の吐息を見るに、
こいつは火属性が得意、とくれば苦手属性は水、もしくは
水と風属性混合の氷属性くらいのものだろう。
俺は氷属性をまとわせた剣を、小竜の首元にある逆鱗を目掛けて振りぬいた。
どうやら俺の予想は正しかったようで、ほとんど何の抵抗もなく逆鱗を切り裂くことができた。
龍はその強弱、大小によらず逆鱗を切り裂かれると一定時間完全に硬直する。
…これはあの娘の受けたクエストなのだから、とどめは譲ったほうがいいだろう。
そう思い、娘の武器にもアイスエンチャントをかけてやる。
そういえば、いつまでぼけー、っとしてんだ、こいつは?
「おい、あとは首を斬るだけでこいつを殺せるぞ。
ここまでお膳立てしてやったんだからしくじんなよ」
そういうと、意識が現実に戻ってきたのか、
「は、はい!今すぐ!」
そう言って、小竜の首へ剣を突き立て…ようとしたが、鱗に阻まれてしまったようだ。
どどど、どうしましょう!?そんな心の声が聞こえてきそうな表情でこちらを見る娘に
苦笑を返しながら、小竜の首を刈った。
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