桜を愛でれば風が吹く。

古川暁

~1~ fa l l

いつか貴女に恋をしたかった。

もう一度。

貴女と恋に落ちたかった。


「恋」は見えない鎖だ。

「好き」そんな言葉で僕らは首を締め合う。

「ずっと一緒に居よう。」そんな薄っぺらい言葉の、僕らの手を繋ぐ手錠の鍵を僕らはいつしか無くしていた。鍵を無くしただけじゃない。気付けば、鍵穴も変わっていた。


だけど僕らは繋がれている。

貴女が弱虫で僕が臆病だから。


『本当はずっと前から好きでした。』なんて僕も言えたら、貴女はなんて返しますか?

本当は、僕はなんて答えたらいい?


恋の時計は壊れて止まった。夜は明けない。

それでも君は未来への日記ラブレターを書き続ける。


*****


先天性心疾患、指定難病エプスタイン病。

突然の心不全で彼女の母が亡くなった。後から発覚した遺伝性のこの心臓病。それがエプスタイン病。

突然の母の死、そして遺伝性のその病の為彼女自身も死と隣り合わせだということ、そのショックから彼女は記憶喪失となってしまった。


幼馴染の僕は彼女の父親から記憶が戻る間「友達」として側にいてあげて欲しいと頼まれた。


僕と彼女は本当は恋人だ。彼女の記憶にはそんな記憶はない。

僕との思い出は彼女の頭の中から消えた。それでも、僕が彼女を好きだということも、千桜かずさが僕を好きだったということも、そこにあった感情は事実だ。彼女の思い出から消えたとしても。それに、僕の記憶は消えない。例え僕が忘れたくても……。


彼女は日記を昔からこっそり書いていた。彼女の父親に呼ばれたあの日、僕はそっと彼女の部屋から去年と今年の分を抜き取った。彼女に渡す気はない。

伝えてはいけない。

終わらせなければいけない。

僕は千桜の幸せの邪魔にしかならない。

僕の記憶も彼女の消えた記憶の中に置き去りにする。そう決めた。


そうやって僕は最愛の彼女から、一番幸せだと彼女が言った時を奪った。


そうするしかなかった。それなのに君は記憶を失っても尚、僕を好きだと言った。


****


検査の結果、千桜もやはりエプスタイン奇形だと分かり、今日、三尖弁形成術をすることになった。


散らかった家の片付けをしていたら、僕の机の下から無造作に突っ込まれた彼女の日記が落ちてきた。

きっと僕との関係が書いてあるかもしれない、そんな理由で持ち出したが、罪悪感から一切開いていなかった。


そっと手に取った、僕は馬鹿だった。

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