未来を臨む少女たち ―「私」になる少女―
譜久村崇宏
プロローグ 「わたし」
「わたしは、生まれ変わりたいんですっ!」
彼女は、その言葉にあきれるように頭を振った。
「今さら、何を言ってるんだ? 生まれ変わるって……そんな簡単に生き方を変えられるわけないだろっ!」
彼女が怖かった。顔を直視できない。胸が締め付けられて、言葉がつづかない。
涙がにじんできた。うつむいたまま、こぶしをにぎりしめる。
「やめとけよ。おまえみたいな空っぽの人間に、できるわけがない」
顔を上げる。自分のすべてを否定されたような言葉に、胸の締め付けが一段と苦しくなった。
涙でにじむ視界の真正面に、彼女をとらえる。こぶしだけじゃなく全身に力が入る。
(わたしは、空っぽじゃない!)
彼女に伝えたい。しかし、そのまま伝えたところで、さっきと同じように否定される。
だから、代わりに彼女をにらんだ。
「なんだよ……。怒ってどうするんだよ? 本当のことだろ!」
「違いますっ!」
大声に圧倒されて彼女がひるんだ。
「その目、やめろよ……何に怒ってるんだよ? あたしは、おまえのためを思って……」彼女は、苛立ちながら言い放つ。「さっさとあきらめなよ!」
恫喝に屈せず、にらみつけたまま、彼女に向かって一歩踏み込む。態度だけでも負けたくなかった。いつのまにか、涙は引いていた。
一歩しりぞく彼女。当惑していた表情が、ぞっとするような怒りの表情に変わった。
彼女の右手が宙をつかむ。すると、黒い刀身で飾り気がない、重厚な大剣が現れた。柄をにぎり、軽々とあやつえる。
「あたしの話を聴け」
感情を抑えた声とともに、大剣が喉元に突きつけられた。
目の前数センチの刃物と彼女の声の冷たさに思わずうなずいてしまった。
一瞬の沈黙のあと、彼女の雰囲気が先ほどまでのそれに戻る。
「なんで今のままじゃいけないんだよ? 今の生き方を続ければいいじゃないか」
(今のままではいけない理由。それは何? 今の生き方とまったくつながらないのは、なぜ? わたしが望むことは、いったいどこから生まれてきたの?)
「そんな思いつきに未来を託せるのかよ? 失敗して後悔するのは、おまえだ。それが想像できない訳じゃないだろう?」
(今の生き方に未来を託せますか? 失敗とはどんな状況で、何が失敗になるのでしょう?)
「そんなことをして失敗したら、みんなから笑われるぞ? 恥ずかしくないのか?」
(わたしのやろうとしていることは、そんなに変なのですか? 精一杯、生きようとしているだけです。それで笑われるなんて……そんなこと許せない!)
「あたしは、生まれ変わるなんてこと絶対にしない。求められたことをこなして、評価される。あたしはそうやって今まで生きてきた。だから、あたしは、みんなから許されているんだっ」
(わたしには、それが楽しくなかった……。でも、ようやく納得できる生き方に出会った! それは今、無視できないくらい、光り輝いている)
「聴いているのっ!」
彼女の必死な声に驚く。彼女の表情が変わっていた。泣いているように見える。喉元に突きつけられた剣がふるえていた。
「聴いています」
静かに、落ち着いて告げた。
彼女のこれまでの言葉に憤っていた。しかし、泣いているような表情を見たあと、別の気持ちが浮かび上がってきた。まだ名前は付いていない。
剣が喉元から外された。彼女が感情を抑えきれない様子で叫ぶ。
「どうすれば、止まってくれるんだよっ! おまえの考えていることが、全然わからない!」
彼女が、涙をこぼした。それを見たとき、どうしようもないほどのいとおしさを感じた。
「さびしいんですね」
「は、はぁっ?」
彼女のそばに近づく。そして彼女の顔を見つめた。
「やめろっ! 顔を見るな!」
彼女は顔を隠すようにうつむく。
固くにぎりしめられた彼女の冷たい左手をそっと持ち上げ、両手でやさしく包み込む。彼女の心に届くことを祈って、素直な気持ちを伝えた。
「大丈夫。あなたを置いていきません」
彼女が顔を上げる。信じられないものを見た、という表情だった。彼女の左手が、だんだん柔らかくなり、泣き崩れるように表情がゆがむ。
しかし、それは一瞬の変化だった。彼女は、再びにらみつけてきた。
「うそだっ! そんなこと思ってないだろ! 信じられない!」
彼女の左手が、わたしの両手を振り払う。彼女は泣きながら怒っていた。
自分の気持ちが、彼女の心に届かなかった。涙があふれてくる。
「やめろぉっ! そんな顔するなっ! 見たくない!」
かたくなな態度の彼女。その左手で、突き飛ばされた。
もう、心だけでなく、手も届かない。
彼女が剣を振り上げる。にぎる両手は震えていた。
そして……剣が振り下ろされる。
怯え、戸惑う彼女の表情が、はっきり見えた。斬られた胸が、心が、痛かった。
仰向けにくずおれる。
彼女は、背を向け、逃げるように駆け出した。立ち去る足音が響く。
激しい痛みをこらえながら、伝えきれなかった気持ちを口にした。
「大丈夫。わたしは、あなたを置いていかない……。あなたにとっての、そのときまで、ちゃんと待っているよ……そのときに、なったらいっしょに行こう」
少しでも彼女に届け、と祈る。
次第にからだの痛みを感じなくなってきた。意識が遠のいていく――
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