GRAND FANTASY

しんしん

第1話


「熱い……。無理だ。こんなの無理ゲーだ」

 じりじりと照りつける八月の熱気と、コンクリートからの照り返しで生まれたサウナのような異常な熱が合わさり、ジワジワと肌を焼く。滲み出す汗をぬぐいながら、林道悠真は、八月下旬の残暑の中、今にも死にそうな形相で歩いている。

(あーーー、冬が恋しい。冬よ今すぐ来てくれ。今すぐこの汗でべたべたになった肌を冷やしてくれ)

 夏の熱気を感じると、とても冬が恋しくなる。

 熱いのは苦手だ。寒さは厚着をすれば防げるが、暑さは薄着をしても防げない。ましになるだけだ。

 なぜこんな日に自分の家という天国から外という地獄に行かなくてはならなくなったのか。

 それは二時間前に遡る。





「ピピピッピピピッピピッピピッ……」

 目覚まし時計の騒音が部屋に鳴り響く。

(うるせぇ……)

 長時間聞いていると、頭が痛くなりそうになる騒音を止めてベットから這い出す。

 そしてすぐ、スリープ状態のPCを起動し日課であるメール確認をする。

〝新着メールなし〟

 画面に大きく表示されている。

「今日も通知なしか」

 それもそのはずだ。悠真のアドレスを知っているのは、両親と妹くらいだ。それに、今はメールよりLINEで連絡を取るのが普通となっている。それでも四年間日課として続けてきたのは、やはりあれが原因なのだろう。

 

 カーテンで完全に太陽の光がシャットダウンされていてもうすぐ正午だというのに部屋は暗い。昨日の夜からつけっぱなしのエアコンの音が静けさを強調していて、孤独感を掻き立てる。

 今日は八月三一日——夏休み最終日である

 つまり明日は始業式であり、天国であった日々の最終日である。この夏を思い返してみるとゲームしかやってなかった気がする。去年は、宿題に追われ夏休み終盤はゲームに手を出すことができなかった。しかし、今年は違う。宿題を五日で終わらせ、ゲーム三昧の日々を送ることができた。今日も全く焦ることなく、ゲームを楽しむことができる。

 早速、アップデートの最新情報を確認するためオンラインゲームを起動する。このオンラインゲームは、昨日の夜からアップデートを行うためのメンテナンスが行われていた。しっかり夜にメンテナンスを行う神運営にはいつも頭が上がらない。

 ロードを終えタイトル画面に入った。

 その刹那……。

 ——不吉なウィンドウが表示された。


〝運営側の手違いによりメンテナンスが長引くことが決定致しました。今日の十二時に予定していた新イベントは明日の十二時からに変更いたします〟


「は……? 嘘だろ……」

 なぜ今回に限ってそうなった。

 普段なら、お詫びによりアイテムがもらえるから我慢できる。しかし、今回は話が別である。何故なら、明日は始業式があるのだ。しかも、始業式の日から授業があり、学校が終わるのは三時過ぎ、完全に出遅れてしまう。

「クソ運営が……」



 そんなにやりたいのなら学校を休めばいいのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、その選択肢はない。学校に休まず行くことを条件に親に一人暮らしを許してもらい、比較的、放任的に接してもらっている。

(学校をゲームするために休んだと聞いたらどんな仕打ちが帰ってくるか……)

 三〇分ほど絶望に浸り、現実逃避のためもう一度夢の世界に帰ろうかとも思ったが、考えても意味がないことに気づき、スマートフォンのゲームのログインをしようとした。

 ——その時。

「バチッ」

 聞き覚えはないが、いかにも不吉な音がPCから聞こえた。そして畳みかけるように、PCの画面が暗転した。

(嘘だろ……)

 一瞬、時間でスリープしただけでは? という淡い希望が過ったが電源ボタンをいくら押しても反応せず、コンセントが抜けたわけでもない。

「壊れた……」

 絶望と同時に今日の予定が決まってしまった。

 PCを修理に出す、それが今日の予定となった。


 一週間、家から出ていなかったため、顔の髭は伸び、髪はぼさぼさだ。

 とりあえずキッチンにある蛇口で顔を洗う。

「冷たっ!」

 蛇口から出た冷水が眠気を覚まし、今までぼんやりとしていた意識が覚醒する。

「よし! やるか」

 一週間ぶりの外出のため両手で頬を叩き気合をいれる。それから、沸かしておいたお湯をカップ麺に注ぐ。

 カップ麺が出来上がるまでの時間で髭をそり、ドライヤーでぼさぼさな髪を整える。

「髪伸びたな……」

 鏡を見ると、眉にかかるくらいだったはずの前髪が目を隠すくらいまで伸びているのが分かる。寝癖を直すことがなかったため気付かなかった。

(修理出したら床屋に行くか)


 今後の予定が決まったところで二分半のタイマーがなる。カップ麺は二分半が一番おいしいのだ。———勿論、異論は認めない。

 少し硬めの麺を空っぽだった腹に流し込む。

(うまい)

 空腹時のカップ麺ほど美味いものはない。ご飯を混ぜるとより一層うまみが増すのだが、今日はご飯を炊いていなかったためすることが出来ない。

 炊飯器のタイマーを押さなかった昨日の自分を恨みながらも、それでも手を止めることなく麺をすする。


 汁までしっかり完食し時計を見ると、時計の針が一時を回っていた。そろそろ出かけないと床屋が間に合わなくなると思い、家を出ることにした。

(——服はこのままでいいか)

 昨日からきている部屋着のジャージだが、今の前髪長すぎ人間と化している悠真には、この無難な恰好が一番しっくりくる。妹が見ていたら怒られるなぁと思いながらもそのまま出かけることにした。

 



「いってきます」

 一人暮らしなので返事が返ってくることはない、だがそれでも癖で言ってしまう。

 PCを入れたケースを持ちドアを開ける。

 その刹那、目を潰すような明るい光と肌を焼くような熱気により、視界と感覚が一気に奪われた。

(太陽の光って、こんなにまぶしかったっけ……)

 眩しすぎる太陽の光と夏の異常な暑さに心を折られかけるも一歩ずつ前に進んでいく。

 体中の水分がすべてなくなるのではないかと思うほど汗が流れる。もともと汗は出ずらい体質だと思っていたけれど、この暑さは別格らしい。



 ——そして一五分。この灼熱地獄の中を歩き現在に至る。

 あと五分ほど歩けば最寄りの電気屋にたどり着くが、それまでの道のりが長い。エアコンの下で怠けた生活をしていた見返りがこんな形で帰ってくるとは思っていなかった。


 もう汗も出なくなってきて意識もはっきりとしない。


「やばい、意識が……」


 ——視界が周りから暗くなった。

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