マッスル、ラヴィ!

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 筋肉な一日


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 エフォート大陸 ミズガルズ地方 ビフレスト城



 エフォート大陸は南北に広い大陸だ。その上ユグドラシルから出る大量の魔素で魔法魔術の類が上手く機能しない欠点まであり、転移門を常設できる場所が限られている。そのため防衛の面で不利なため、北にマリーナ、南にビクトールが駐在している。


 ビクトールは南エフォートの公務の最高責任者として仕事に励んでいる。その仕事の範囲は事務や兵の指導だけでは留まらないのだ。



 ビクトールは事務仕事を終え、城下町である『ビフレスト』へ赴いていた。


 巨大な大木に幾つもの建物がくっつけられた様にして建てられている。さらに地面には根っこの上に建物が隆起した地形に沿って並んでいた。


 

 ビフレストは独自の建築で都市開発が進んでおり多くの建物が存在する。高さが100mを超える木に頑丈な輪を巻き、そこに引っ掛ける様にして建物を建てている。多少傷を付けられても問題無い木々の並外れた生命力と木に貼り付いて作業が出来る甲虫族だからこそ実現できた様式だ。



 建物の素材は樹液と木くず、ある甲虫族の体液で造られている。意外にもこの素材が合わさることで鉱石よりも軽く硬く頑丈に建物を建てることができるのだ。


 

 そんな素材が混ざる前の物を巨木の太さよりも大きい桶に入れて運んでいたのはビクトールだった。


 

 自身よりも数百倍巨大な桶を片手で持ち上げながら悠々と運んでいく。


「ビクトール様! こっちです!」


 工事現場である巨木に辿り着くと、上から声を掛けられた。アラクネ族の現場監督がスルスルと降りて来てビクトールに一礼する。


「わざわざ運んでいただきありがとうございます」


「何、これも私が好きでしていることだ。そこまで畏まらなくていいぞ」


「それでもありがたいことには変わりありません。本当にありがとうございます」


「ならば、ありがたく受け取ろう」


 全力の笑みを見せて素材を指定された場所へ置いた。


「これで終わりかな?」


「一度で全て運んでくださったのでこれで終わりです。後は我々大工の仕事です」


「うむ! 完成を楽しみにしてるぞ!」


「任せて下さい」


「では失礼する!」


 あの巨体からは想像もできない速さで駆け出し、あっという間に見えなくなった。


「やっぱりビクトール様は凄いなあ。甲虫族の英雄様と呼ばれるだけある」


「けど監督、その呼び名あんまり好きじゃないってビクトール様言ってましたよね?」


 カナブン甲虫族の大工が話しかける。


「その話か。上に七つの冠様や魔王様もいるからって言ってたな」


「そんなに強いんですか?」


「何だお前、魔族武闘会見た事無いのか?」


「無いです」


「かー! もったいねえ! 10年に一度の魔王様主催の大会だぞ。あれを見ないなんて大損だぞ!」


「いや、修業期間でそんな暇なかったですよ」


 互いの間に沈黙が挟まる。


「マジで?」


「マジです」


「ごめん……」


「次は見させて下さいよ」


「うん……」



 ・・・・・



 ビクトールは音速を超える速さで森を抜け、荒野を走りゴールデンマッスル専用訓練場に到着した。


 ゴールデンマッスルの甲虫族達がそれぞれに合った筋トレをしていたり試合をしていたりと訓練に励んでいた。


 ビクトールは勢い良く跳躍して訓練場の中心にある高台に着地しポージングする。


「諸君! 今日も筋肉を滾らせているか?! 日々のトレーニングこそが最高の筋肉への近道! さあレッツマッスル!!」


「「「「「「イエス! マッスル!!」」」」」」


 ポージングできる者はポージングしながら答えた。そうでない者は大声だけで答える。


 ビクトールは専用のトレーニング器具を『収納空間』から取り出す。自身の体よりも大きなダンベルにバーベル、明らかに硬そうなハンドグリップだ。


 まずはダンベルを両手それぞれに持ち上腕二頭筋を鍛え始める。動かすたびに筋肉から収縮音が聞こえる。ビクトールの呼吸も一挙一動に合わせて深くゆっくり吸ったり吐いたりする。


 それを傍から見ているゴールデンマッスルの隊員は感心していた。


「流石ビクトール様だ。あれだけ重いダンベルを軽々と持ち上げる」


「おそらく一つ5トルネはするはずだ。次元が違う」


 5トルネは人間で言う50tに匹敵する重さである。ゴールデンマッスルの隊長ウィナーでも0.5トルネが限界だ。ちなみに十二魔将で一番力の弱いアギパンでも魔術の使用無しで1トルネは持ち上げられる。


 筋トレ中のビクトールにウィナーが近付く。


「今日はいつにも増して力が入ってますね」


「ゴールデンマッスルの手本として当然だ。士気を上げるのも上官としての役目だ」


「……他に理由があったりしませんか?」


 ビクトールの動きがピタリと止まる。ダンベルを持ったままウィナーに視線を向ける。


「ある。が、説明はできない」


「つまり直感と?」


「そんな所だ」


 ダンベルを再び動かし始める。今度は上腕三頭筋を鍛える筋トレを始める。


「心配する必要は無いが、いつも以上に筋肉が騒いでな」


「なるほど、納得しました」


「ところでマサルは?」


「マサルは今日非番ですが」


「最近女にかまけて身が入ってないようだからな、少々気合を入れ直してやりたかったのだ」


「かまけているというよりは、搾り取られていると思うんですが……」


 マサルは転移してきた女子に惚れられてしまい、毎日の様に搾り取られている。鍛えた筋肉を持ってしても対応しきれないらしく、時々欠勤するようになった。


「ならばなおのことだ! 鍛えて鍛えて負けない肉体を作らなくてはいかん! 今回の問題も筋肉で解決できる! 次出勤した時に私の所に来るよう伝えておいてくれ!」


「了解しました。連絡しておきます」


 ウィナーは自分の筋トレへと戻る。それと同時にゴールデンマッスルの隊員達数名がウィナーに寄って行く。


「なんて言ってました?」


「マサルはビクトール様のしごきトレーニング行きが確定した」


「ですよね。でも今のマサルから搾り取るって相当ですよ」


「……俺達の数倍精力があるはずなんだがな」


「それなのにビクトール様のしごき、ご愁傷様ですね」


「次来た時は皆であいつを見送ろう」


「「「はい……」」」


 ビクトールのしごきトレーニングは経験した者曰く『死んだ方がマシ』と言われる程過酷な内容で、過去に魔王に内容を見直すよう言われたことがある。



 マサルの悲惨な未来を想像しながらゴールデンマッスルの隊員達はひっそりと敬礼するのだった。





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お読みいただきありがとうございました。


唐突ですが、次回から新章へ移ります。

『強者達の日々』は今後も章の間に入れていく予定です。


次回新章『転移転生者達』

『新たな神は突然に』をお送りいたします。


お楽しみに。


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