魔后のお仕事

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魔后の業務、日常、一面


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 魔族領 ラストギャリア



 起床した魔后アズラエルは寝室を出て執務室へと向かう。その道中、長年付き従える者達の亡霊がアズラエルの着替え、洗顔、化粧を行っていく。歩きながらでもできるよう亡霊達は慣れた手つきで作業する。アズラエルが執務室の扉の前に到着した時には寸分の狂いも無く作業を完了した。


 アズラエルは執務室の扉を魔力で勢いよく開き、入室する。


 執務室は巨大な空間で構成されており、向こうの壁が暗くなって見えない程奥行きがある。天井も高く20mはある。目の前ではスケルトン軍団が書類作成機を使って高速で書類を作り上げていた。彼らもアズラエルに仕える者達だ。


 アズラエルは目つきを鋭くする。


「諸君、今日も我のために休まず働くが良い。光栄に思え」


 スケルトン軍団は声が出せないので顎をカタカタと鳴らしながら言葉に答えた。アズラエルは一番高い場所にある自分の仕事机に座り、仕事を始める。


 スケルトン軍団の一部が大量の書類をアズラエルの前に持ってくる。ほんの数分でアズラエルの背丈よりも高い書類の山が出来上がった。


 アズラエルは書類に指を差した。



「【仕事を処理する】」



 一言呟いた。


 たったそれだけで書類に必要なサイン、審査、意見、誤字脱字チェック全てを一瞬で片付けた。


 アズラエルの強力な力だけができる芸当であり、他の者ができる物ではない。


 

 アズラエルは席を立つ。


「ダブルチェックをしておけ。我は現地視察へ行ってくる」


 スケルトン軍団は頭を下げて書類を持っていく。その後、アズラエルは執務室を出て長く入り組んだ廊下を歩いていく。


「おお、姫様。お出かけですかな?」


 不意に話しかけて来たのは四天王のザンギャクだ。


「まあな、すぐに帰る」


「お気を付けていってらっしゃいませ」


 軽く頭を下げたザンギャクを残し、その場を後にした。


 

 ・・・・・



 城に設置してある転移門を潜り抜け、やってきたのはザバファール大陸に属する孤島だった。


 孤島では遺跡の発掘作業が行われており、何千もの魔族達が作業に当たっている。アズラエルは発掘の様子を見に来たのだ。



 アズラエルは歴史について魔王よりも詳しく、考古学者としての一面を持つ。歴史、遺跡調査の最高責任者として各地を見回っている。



 コボルト族の現場監督の元を訪れ、発掘現場の巨大な穴を見下ろしていた。


「先日お送りした報告書の通り、この第91発掘地区で過去の魔王の遺産と思われる物が見つかりました」



「いつ頃のか分かったのか?」


「出土した地層から見ておよそ6000年前です。5代前の魔王時代に当たります」


「そうか、出土した物は?」


「こちらに」


 案内されたテントに入り、机の上に置かれた出土品を見る。どれも劣化して何とか原形を保っている物ばかりだ。


「おそらく武器と思われるのですが、どんな形状だったかまでは分かりそうにないのです」


「ふむ」


 アズラエルは手をかざした。


「【復元】」


 魔術が起動し、錆や汚れが取れていき、みるみるうちに出土品が新品同然になっていく。ものの数秒で全ての出土品が復元された。


「こんなものか」


「流石アズラエル様、感謝致します」


「調査は任せる。我は他の地区も見て来るから今日はもう来ない」


「畏まりました」


 現場監督は頭を下げてアズラエルを見送った。



 テントから出たアズラエルは他の地区へ【浮遊】で移動し見回っていく。


「(さっきの出土品、あれは兵士達が使っていた一般武器じゃろうな。当時の魔王が使っていた物はない

じゃろう)」


 他の地区の上空に到着したアズラエルはゆっくりと着地し別の現場監督の元へ近付く。その間、周囲にいる作業員や調査関係者達は頭を深々と下げて挨拶していた。


「遠い所からご足労いただきありがとうございます。アズラエル様」


 オーガ族の現場監督が頭を下げて挨拶する。


「作業状況は?」


「現在3割程と言った具合でして……、少々遅れが出ています」


「以前変わらずか。まあ物が物じゃ、時間を掛けても構わん。慎重にやれ」


「畏まりました」


 発掘現場である穴を見下ろす。底には一本の剣が刺さっていた。


 全長3mの長剣だが、周囲に濁った魔力を放ち、誰も寄せ付けまいと結界の様な状態が出来上がっていた。


 この剣は1年前に見つかったのだが、地底から上げようとすると強力な魔力波を放ちあらゆる物を破壊しようとする。その度に剣が破損し無理矢理上げれば全壊する恐れがあるため慎重にならざるを得ない状況になってしまったのだ。


 アズラエルも力技で対処しようとしたが、何と弾かれてしまった。これを受けて魔王は時間を掛けてもいいので慎重に取り出す事を進言した。アズラエルはそれを聞き入れ現在に至る。


「おそらく先代より前の魔王の武器じゃろうな。1万年か、それよりもっと前からあったか……」


「先代より前、ですか」


「ああ、父上はあれを持てる程の技量は無かったからのお」


 

 アズラエルの正体。それは先代魔王の娘である。


 先代魔王は500年程ホープ大陸の半分、エフォート大陸とザバファール大陸の一部を統治していた。しかし、転生してきた勇者に敗れ死亡。今の魔王が現れるまで200年もの空白が出来てしまった。


 アズラエルは先代魔王が敗北する間際にラストギャリアに封印された。勇者に殺されないようにするためだ。それから今の魔王と出会う10年前まで封印されていた。


 歴史に詳しくなったのも父親について知ろうとした延長線上のことだ。


 

「(貴方の事を知りたくて始めたのじゃが、それ以上に興味深い事が分かってきたのお……)」


 しばらく見下ろした後、その場を去って他の遺跡も見て回る。一通り見終わった頃にはすっかり日が暮れていた。


「我は帰る。お前達もしっかり休息を取れ」


「ありがたきお言葉」


 遺跡の調査員達は深々と頭を下げてアズラエルを見送った。


 転移門を使って城に戻ると、ファンダと遭遇した。


「お帰りなさいませ、姫様」


「今戻った。今日の仕事は終わったので夕餉の準備をせよ」


「畏まりました」


 ファンダはそれなりの速さでダイニングルームへと向かって行った。その間に城の亡霊を呼び、変わった事が無かったかを確認する。今日も何事も無かったのを確認して歩きながら軽装に着替えていく。もちろん亡霊達のサポート付きだ。


 ダイニングルームへと辿り着いた頃には既に食事が用意されていた。長いテーブル一杯に料理が用意され、どれも出来立ての温かい物ばかりだ。


 このテーブルに用意されている料理全てがアズラエルの夕食である。常時大量の魔力を生成しているためかなりの体内エネルギーを消費している。大量の食事を摂らないとすぐに魔力不足に陥る為、こうして大量に食べるのだ。


 アズラエルは席に着き、ナプキンを首にかける。


「ではいただこう」


 目の前にある巨大な鶏の丸焼きをそのまま取り皿へ移し、素早く丁寧に切り分け次々食べていく。パッと見上品に見えるが、凄い勢いで口に入れていくので少々汚く見える。


 食事をしている間に手紙を持った蝙蝠の眷属が現れた。食事中のアズラエルの横に滞空し鳴き声で手紙が来たことを知らせる。


「読み上げろ」


 近くにいたバットムが手紙を一つ一つ開けて読んでいく。


 発送者はアズラエルに近付きたいそれなりに地位のある者達ばかりだった。どうでもいい音楽を聴くように聴き流し食事だけを進めていく。全ての手紙を聞き流した頃に食事を終え、テーブルに乗っていた食事全てを平らげた。一息ついて口元を拭き、すぐにダイニングルームから出て行った。


「手紙はどうなさいますか?」


「要点だけまとめて捨てておけ」


「畏まりました」


 バットムは腰を低くして礼をし、アズラエルを見送った。


 それから寝るまでの数時間大量の本を読み漁り、欠伸が出た所で区切り就寝した。



 ・・・・・



 翌日



 仕事が早々に終わったアズラエルは転移門を使ってどこかへ外出した。それをザンギャクとファンダが目撃していた。


「はて、今日の午後はお休みの筈だが……」


「きっとお買い物でしょう。姫様は昔からオシャレがお好きでしたし」


「そうだったな。しかしこの前買ったばかりでは?」


「20年前じゃったか? それとも100年前じゃったか?」

「いや、60年前だ。優秀な職人が作った3着があったはず」


「そうか60年前だったか、歳を取ると最近の事が覚えられんわい」


「歳を取るのとは無縁の身体だがな」


 魔族の時間感覚はさておき、転移門のある部屋から勢いよくアズラエルが飛び出してきた。


「「お帰りなさいませ、姫様」」


 頭を下げた2名を無視してズカズカと自室へ戻って行く。様子が変だと感じたザンギャク達はこっそり後を付けていく。


 自室の扉を開け放ちそのままの勢いでベッドへ飛び込んだ。数回往復しながら転がり、あっという間にシーツでグルグル巻きになる。その様子を閉め忘れた扉の影から見つめる。


(どうされたのだろう?)


(分からんが、何かあったのは間違いない)


 小声で話していると、アズラエルの方からモゾモゾと声が聞こえ始めた。


「ふ、ふふふ。愛してるって、愛してるって言っておったわ魔王め! そうかそうかそうかそうかそうか! くふ、くふふふふふ! くふふふふふふふふ!」


 悶えながら喜ぶ声が駄々洩れだった。


「なんだ、魔王様に告白されたのか。幸せそうで何よりじゃ」


「…………」


「ザンギャク?」


 無言で黒いオーラを放ちながらその場から移動する。


「あんのガキ、今度こそ殺してやる……!!」


「ちょ、落ち着けザンギャク!? 勝てもしない戦いに行こうとするな!!?」


「離せファンダ!! 先代魔王様から承った姫様を守る使命! 終えた訳ではあるまいぞ!!」


「姫様がもう良いと仰ってたではないか!!」


「あのどこの馬の骨とも分からんガキに任せられるか!! 天誅ぅううううう!!!」


「今じゃ立派な魔王じゃろうが!!」


 しょうもないやり取りを繰り広げ、3分後に腰を痛めて頓挫したのだった。



 


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お読みいただきありがとうございました。


次回は『マッスル、ラヴィ!』

お楽しみに。


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