夢幻の拳は砕けない Ⅱ
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忌まわしき過去を、砕け。
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マサルが接敵する数分前
ビクトールとゴールデンマッスルの面々はミッド高地に向かっていた。
木の上を跳躍しながら高速で移動し、目的地へ急行する。
「本当にこっちで合ってるんですか?」
問いかけたマサルも鍛え上げた身体能力で汗一つかかずに追い付いている。
「間違いなくこっちに現れる! 私の勘を信じろ!」
ビクトールの『直感』がそう言っているのなら間違いないと判断し、全員で出撃することになった。
「ビクトール様! 先行させてた『コンタクトンボ』が異世界人を補足しました!」
コンタクトンボはトンボの召喚獣で、召喚者に目で見ている物を遠隔で見せられる偵察に適した召喚獣だ。
サイズは5㎝も無い位小さいが、速度は亜音速が出せる程速い。
「全員に共有しろ!」
「了解!」
【視覚共有】で全員に異世界人の姿が映された。
「異世界人は3人、誰もこっちとは無縁の格好だな。マサルの着ていた服とよく似ているが……、マサル、何か知らないか?」
マサルに聞こうと振り向くと、マサルは足を止めていた。ビクトール達も足を止めマサルに近寄った。
「どうしたマサル? 視界不良か?」
ゴールデンマッスルの1名が心配して声を掛ける。マサルの表情は青くなっていた。ビクトールはマサルの表情でどうしたのかを察した。
「お前たち、先に行って包囲するんだ。俺はマサルを看る」
「了解しました」
ゴールデンマッスルの面々も察して先に進んだ。
残されたマサルとビクトールは互いに黙っていた。
「……虐めの首謀者か」
ビクトールは静かに言い当てる。
「はい……」
「辛いか?」
「はい……」
「そうか……」
天を仰いで腕を組んだ。
「なあマサル、お前はどうしたいんだ?」
「………………」
マサルは完全に意気消沈し、俯いたままだった。答えは無い。
ビクトールは軽く溜息をついて一気に空気を吸い込む。そして、
「ハッキリしろマサル!!!!!」
鼓膜が破れんばかりの大声を張り上げた。
周囲にいた鳥や虫は驚いて四方八方逃げだしてしまう。
流石のマサルも驚いて木から落ちそうになる。
「し、師匠?」
「今のお前に師匠と呼ばれたくないわ!!」
全身が痺れる様な声量で言い返す。
「辛い過去に目を
マサルの両肩を掴み、無理矢理目を合わせる。
「お前はこっちに来てから筋肉を磨き上げた! 魔獣にも一人で勝てる程強くなった! そんな今のお前が負ける相手か?! 違うだろ!! 今のお前は過去のお前より強いだろ!!」
マサルは、異世界に来てからの事を思い出していた。
来てからビクトールやゴールデンマッスル、魔王に知り合った魔族の皆、色んな者達に支えられてきた。
筋トレも、勉強も、この世界で生きる術も必死で学んだ。
沢山の『仲間』に強くなったと言って貰えた。
そんな出来事があったから、『今』の自分がいる。
それを思い出して、唇を噛んだ。
「俺は知っている! マサルが何事も投げ出さずに努力を続けていたことを! どんなに辛くても最後までやり遂げる強い意志を持っていることを!」
「ビクトール、さん」
「再度問う! マサル! お前はどうしたい!!」
マサルは辛い過去に、今の自分で答える。
「俺は……、打ち負かしたい。あんな奴らに負けたまま生きたくない!!」
マサルの答えにビクトールは満面の笑みを浮かべた。
「良く言った! それでこそ俺の弟子だ!!」
「師匠……!!」
肩を叩いてマサルを立ち上がらせる。
「さてマサル、ここはお前に任せたいと思うが、どうだろう?」
「むしろ大歓迎です。必ず勝ってみせます」
「その意気や良し! 皆、聞いたな!」
ビクトールがフォルンを使って全員に通達する。
「今回はマサルに花を持たせる! 異論はあるか!」
『『『『『『無し!!!!!』』』』』』
全員が大声で返答した。
「同意は得た。行って来い!!」
「はい!!!」
マサルの表情は自信に満ち溢れていた。勢い良く飛び出してミッド高地に向かう。
・・・・・・
そして今、暴貪と凶治という辛い過去の元凶と激突していた。
マサルは強烈な拳の連撃を絶え間なく繰り出していた。
通常の3倍にも膨張した肉体は遅くなるどころか速さを増し、一発撃ち込む度に軽い衝撃波が発生する威力だ。
凶治と暴貪はそれを躱して反撃しようとするが、一向に終わる気配が無い。
「(ただの筋肉ダルマじゃねえ! 何でこんなに早いんだよ!!)」
暴貪のスキル『最強のボクサー』は人間離れした超常の領域のボクサーにさせるスキルだ。
パンチはもちろん足さばきもとんでもなく速く、普通なら目で追えない。
マサルの連撃はそれを許さない。逃げようとした位置を先読みし、全て急所に当たる位置に撃ち込んでくる。
しかも射程圏内から出さないように計算されている。
ただ、不自然な点がある。
暴貪はスキルで全て躱せるのは分かる。
だが、凶治が避けられているのはどうしてか?
「(何で凶治も避けられる? 俺でもギリギリなんだぞ!?)」
凶治のスキルは『億万長者』と『
しかし身体能力までは買う事ができない。なので、『女神の加護』で少し強化された程度にすぎない。
「(能力差は歴然。って事は……!!)」
その凶治が避ける事が出来ているという事は、凶治は手加減されているという事だ。
流石に凶治もこの事に気付いており、怒りの表情を浮かべていた。
「て、めえ! 見下しやがって!!」
わざと外しているなら武器を取り出す隙もある。
凶治はそう考えて『
軍用ナイフ『グリーンベレー』。刃渡り14㎝のれっきとした対人戦闘用のナイフだ。
「死ねや!!」
一瞬の隙をついて脇腹に向かって弧を描くようにして突き刺した。
突き刺さったと思った瞬間、直撃したナイフが弾かれ、その反動で大きく後ろに仰け反った。
「は?」
骨が全く無い肉の部分に当たったが、あまりの硬さにナイフが負けた。
その事実を飲み込むのに数秒かかった。
マサルはその数秒を見逃さなかった。
「その面、前から気に食わなかったんだよ」
一瞬で凶治の目の前まで距離を詰め、拳をふりかぶっていた。
「っ!!!?」
「凶治!!!」
暴貪が近付くよりも、凶治が防御するよりも速く、マサルの拳が凶治の顔面にめり込んだ。
勢いを止めず振り抜き、凶治を殴り飛ばした。
顔面は拳の形に跡が付くほど陥没し、頭蓋骨の半分が砕けていた。これだけで十分過ぎる程の重傷だった。
しかし、マサルの攻撃は止まらない。
『
「ゼエエエエエエエエエエエエララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
絶叫と共に拳を撃ち込み、撃ち込み、撃ち込み、撃ち込み、撃ち込み続けた。
顔面は頭蓋骨が潰れ、イケメンだった面構えは一切残っておらず、全身の骨は原型を留めないほど砕け、内臓は心臓と肺を除いた全てが破裂した。
「くたばれええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
最後の一撃を凶治の腹部に叩きこむ。
捻りを入れた拳は螺旋を描くようにして回転エネルギーを発生し、そのエネルギーで凶治を吹き飛ばした。
全身支える物が無くなった肉体は力に従って有り得ない変形をして飛んで行く。
地面を抉り、周囲に衝撃波を起こしながら数百m先の岩を粉砕し、巨大な爆発を起こしてようやく止まった。
爆発で岩の残骸が凶治の上に落下し、もはや生きてるかどうか確認するまでも無いだろう。
この間僅か20秒である。
暴貪は大量の汗をかいていた。
マサルの攻撃を躱していたからもあるが、凶治が無惨にもやられた事実の方が遥かに汗をかく理由になっていた。
「(ふざけんなよ……! 何で、あいつがここまで強くなってんだよ?! 聞いてねえぞこんなの!?)」
内心焦り始め、勝てるという自信が揺らぎ始めていた。
女神にもらったこの力は果たして今のアイツに届くのか? この疑問が頭の中で徐々に大きくなっていた。
「(あの女神が何でも手に入るとか言うから話に乗ったのに、どうして追い込まれている?!!)」
「おい暴貪」
マサルにいきなり声を掛けられ、マサルの方を向いた。
「次はお前だ。歯、食いしばれ」
「ま、待て!! 何でここまでする?! あの時俺はそこまで殴ってないだろ!?」
近付こうとするマサルから距離を取り、間合いを保つ。
「腹や顔にせいぜい数発だ! 凶治だって根性焼き3回だけだったろ!?」
「確かにな。回数だけで言えばそれだけだ」
「ならあそこまでする必要は無いだろ?! 人殺しだぞお前!!」
マサルは暴貪に指を差し、険しい表情をする。
「俺だけならあそこまで殴らないさ。だが、お前らは何十人もの人達を苦しめ続けてきた。俺はそれが許せない!!!!!」
拳を握り、血管が浮き出る握力で怒りを露にする。
「お前達を裁く法律はこの世界にはいない! だから! 今! ここで! この俺の筋肉がお前達を裁く!!」
両拳を合わせ、稲妻が走る。
「行くぞ!! 『甲殻装着』!!!!!」
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