夢幻の拳は砕けない Ⅰ
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少年は、過去の己と因縁に対峙する。
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マサルこと
異世界に来る前、勝は引きこもりだった。
勝が陰気な性格だったとかそういうわけではない。『ある出来事』がきっかけで、外に出づらくなっていたからだ。
外に出るのは自宅マンションの目の前にあるコンビニに明るい時間に行くだけだった。
この事に両親は正直良くは思ってなかったと思うが、優しく受け入れてくれた。
時間が問題を解決してくれるまで待てばいいだけの話だったからかもしれないが、引きこもる事を了承してくれたのは本当に救いだった。
その最中に、勝は異世界へ漂流してしまった。
ビクトールにはこの事を直感でバレてしまい、観念して相談した。その時にビクトールはこう答えた。
「それは過去のお前だ、今のお前では無い。今のお前を知っている奴はそんな事は気にしない。私が保証しよう」
それから数ヶ月
何の因果か、この過去にけじめをつける機会がやってきた。
・・・・・・
エフォート大陸 ミズルガルズ地方 ミッド高地
森林地帯に唐突に存在する巨大な岩で、頂上は平地になっている。
赤い土が固まってできた物で出来ており、大昔に存在した巨大昆虫の巣の跡ではないかと言われている。
その頂上に3人の転移者がいた。
「おい、どうなってんだよ。転移するのは乗り込む場所の近くのはずだろ」
金髪肌黒でどう見ても悪い性格をしている男『
「知るかよ。……通信も繋がらねえ、クソが」
異世界の今どきの若者といった装いをしたイケメン『
「………………」
そして少し離れた場所にいるのが、髪で目が隠れて暗い雰囲気を出している女子『
無関心で座っている茨木に暴貪の苛立ちの矛先が向いてしまう。
「おいブス女! お前もちょっとは役に立てよ!」
茨木はそれを無視して文庫本を読み始めた。
「おい! 無視してんじゃねえ!!」
暴貪は近付いて本を取り上げようと手を伸ばした。
しかし暴貪から茨木を守るように炎が巻き上がった。
「あら、私の相棒に何か様かしら?」
炎の中から声が聞こえる。
炎から出てきたのは一人の女だった。
虹色に煌めく長髪に、とんでもなく胸と尻が飛び出し腰が異常に細い体型。
大きな
その顔は狐の様に鋭く、怪しい雰囲気を
「さっきまでの流れで貴方に食って掛かられる様な所があったかしら?」
表情を崩さず暴貪に詰め寄る。
「ああ? お前は引っ込んでろ。『ソフィア』」
「私の相棒に危害を加えるなら、例え同じ転移者でも容赦しないわよ?」
互いに睨みあい、嫌な静寂が流れる。
「止めろ暴貪。今はこの状況をどうにかするぞ」
「ちっ、分かったよ」
暴貪は茨木にがんを飛ばして凶治の方へ戻る。茨木は意に介さず本を読み続けていた。
(なあ、あいつ置いてこうぜ。一緒にいるだけで嫌になるぜ)
暴貪が小声で凶治に耳打ちする。
(まあ待て。あの女に価値は無いだろうが、ソフィアは使える。戦闘で使い
(流石凶治。頭いいな)
屑みたいな笑みで笑いながら、後ろの2人を見ていた。
「相変わらずクソ野郎だな。暴貪、凶治」
視線を声の聞こえた方へ向ける。
そこにはマサルの姿があった。
「久し振りだな。俺の事は……、覚えてないか」
ゆっくりと、一歩一歩近付いて距離を詰めていく。凶治が
「……お前、勝か?」
「勝? ……あの行方不明になった勝か!?」
暴貪は勝と分かると怒りの形相を露にした。
「お前、よく平然な顔で俺らの前に出て来れたな! お前が行方不明になったせいで俺達の生活滅茶苦茶になったんだぞ!!」
「弱腰の奴をリンチ
マサルも睨み返して反論する。
「残念だが、こっちにはお前らの言う暴力団や親の後ろ盾は一切ないぞ?」
「だからイキってんのか。あ?」
「イキってたのはお前達の方だろ」
「……また昔みたいに痛い目に合いたいみたいだな」
凶治は『
全長269㎜、全高149㎜、銃本体はかなり大きく、外観前半を固定式の銃身が占めている。
名称『デザートイーグル』。有名な大型の自動拳銃であり、その威力は防弾チョッキを貫通する。
凶治はデザートイーグルをマサルに向けて嘲笑った。
「本物の拳銃だ。当たったら痛いじゃ済まないかもな」
「今なら土下座で許してやるぜ?」
2人は勝を完全に下に見た物言いだった。
自分達は『あの女神』の加護を受け取った選ばれた人間。目の前にいる奴とは格が違う。それが彼らの醜悪な性格に拍車をかけていた。
マサルはその姿を見て、溜息をついた。
「確かに前は一方的にリンチされて金を取られてた。言われるがまま土下座したし、根性焼きだってされた」
マサルの周囲の空気が、変わり始めた。
熱を帯び、歪んでいるようにも感じられた。
「だが今は違う。お前らの言う事何か絶対に聞かないし従わない。屑野郎に頭下げるくらいなら唾吐いて罵倒してやるよ!!!」
力強く言い切り、自分の意思を示した。
その言葉に凶治はこめかみに血管が浮き出る程の苛立ちを感じていた。
「そうかよ。じゃあ死ね」
マサルの頭を狙い、引き金に指をかけて力を入れる。
ズドン、と、大きな発砲音が平地に響き渡った。
「……あ?」
凶治はマサルに当たったと思ったが、銃口の先にいるマサルは無傷だった。
舌打ちしてもう一回撃った。しかしこれも当たらない。マサルは少し体を傾けて、直撃を
「おい何やってんだよ凶治!」
「クッソ! こいつ!」
すかさず3発続けて連射するも、これも全て
「どうした? 当たると痛いじゃ済まないんだろ?」
凶治の額にさらに血管が浮き出る。
「こ、の、カス野郎のくせに!!!!!」
デザートイーグルを連射し轟音を上げる。
それでもマサルには一切当たらず、周囲の岩を粉砕するだけだった。
「畜生! 何で当たらない!!」
もう一発撃とうと引き金を引く。カチンと音が鳴るだけで弾が出てこなかった。弾切れだ。
「クソが! 弾切れしてんじゃねえぞ!」
「終わりか? じゃあ反撃するわ」
マサルの右腕が一瞬見えなくなり、鋭く風を切る音がした。
凶治が気付いた時には既に手遅れだった。
凶治の腹にバレーボール並みの大きさの石が投げ込まれ、見事に直撃し体をくの字に折り曲げた。
「っげぇえ!!?」
「流石転移者。吐血しないだけ立派だよ」
「う、うう、て、めえ……!」
地べたに這いつくばりながらマサルを睨んだ。
「お前らもよく俺の腹を殴ってきたよな。ちょっとは痛みが分かったか?」
隣にいた暴貪はその光景をただ見ているだけだった。
「お前、いい気になりやがって!」
「なら前に出て守ってやったらよかったんじゃないか? まあお前にそんな器量は無いと踏んで投げたんだがな」
マサルが投げた石は躱した際に地面を蹴って削った物だ。それを隙を見せた一瞬に蹴り上げ、後ろに振り上げた手で掴み、戻す勢いで投げつけたのだ。
マサルは少しずつ間合いを詰めていく。
「俺はお前達を許すつもりは無い。さっきのはほんの挨拶代わりだ」
マサルの筋肉が膨張を始め、着ている服が縫い目から破け始める。
「ここからは本気で行かせてもらうぞ」
踏み込んだ一歩の衝撃で地面が大きく凹んだ。その足も膨張を始め、靴を、ズボンを破いていく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
雄叫びと共に更に筋肉が膨張し、服が全て破けた。
そこから露になったのは、人体の限界を超えた『筋肉』だった。
ただ鍛え隆起した物ではなく、一つ一つが機能を最大限にこなす事ができる洗練され過ぎた代物だった。
余す所無く躍動し、それはまるで理想の肉体を見事に体現した美術品そのものだ。
あまりの光景に2人は唖然としていた。
「な、何だよその体は……?!!」
「これが今の俺だ。こっちに来て数ヶ月、筋肉を極限にまで鍛え上げた。異世界人が来ると知らされて更に追い込みをかけたのがこの姿だ」
さっきまでひ弱そうに見えたが、筋肉を露出した事で明らかに圧倒していた。
マサルは2人に指を差した。
「俺は幸運だよ。なんせこの異世界で誰にも咎められず過去と決着を付けられるんだからな!」
今にも吐きそうな状態で凶治が立ち上がった。息も絶え絶えで声を出す。
「筋肉ダルマに、なった、だけのカスに、負ける、俺じゃ、ねえんだよ……!」
「この筋肉にひれ伏さないとは、雑草並みにしぶといな」
マサルは拳闘の構えを取り、2人と対峙する。
「過去にやられた分、キッチリ返させてもらうぞ!!!!!」
マサルの男としての戦いが、今、始まる。
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