森林の殺戮者

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その森に潜むのは、意識を読み取る容赦なき『殺戮者』。


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 魔への谷 テルモピラー 


 レオールは城内で療養中だった。

 先日の戦いの無理が祟ったのか、体中が痛み、ベッドから起き上がれずにいた。


 その看病をアッカードがしていた。


「全く、無理はしないで下さい」

「耳が痛いな。だが死んだら元も子もないだろう」

「それはそうですが……」


 ドアを叩く音が聞こえた。


「父さん、クィントゥスだけど、入っていい?」

「いいぞ」


 クィントゥスはドアを開けて中に入る。手には書類を持っていた。


「療養中にごめんね。これ頼まれてた報告書」

「ああ、ありがとう」


 書類を手に取り、目を通す。


「大体の情報は手に入りそうだな」

「口が軽かったから案外簡単にいきそうみたいです」

「だが裏を取らないと完全に信用はできない。とりあえずこれを魔王様に報告しよう」

「分かりました」


 先日捕まえたバベッジと言う転移者を拷問にかけ、色々と情報を聞き出している。

 痛みに慣れていないせいか、少し痛みつけるとよく喋るという。


「それと先ほど、ラディオン様が異世界人と戦闘したそうです。どうやら転移して領土内に入った模様です」

「結果は?」

「ラディオン様とアバンギャル様が見事打ち取ったそうです」

「被害は?」

「ラディオン様、アバンギャル様、共に重傷だそうです。ですが、命に別状は無いと」

「そうか……、アイツもやるようになったな」


 レオールは口元で笑いながら感心していた。


「しかし、大掛かりな転移をしてくるなんて、こっちは囮だったのでしょうか?」

「いや、あの3人はおそらく勝手に来たのだろう。異世界人達は結局のところ、統制が取れていない烏合の衆みたいなものだからな」

「となると、他の場所にも異世界人が」

「そうなるだろうな」


 ふう、と息を漏らして書類をアッカードに渡す。


「十二魔将の皆様でも苦戦なさるのでしたら、これから厳しい状況になるのでしょうか?」


 アッカードは心配そうな声を漏らした。


「いや、問題無いだろう。俺やラディオンはともかく、他の十二魔将は次元が変わってくる」


「と、言いますと?」

「まずアギパンさんとヴァンダルさんは年季が違う。年長者だけあって圧倒的に強い。リリアーナとクトゥルーも異世界人達とは相性が良い。フェニーチェ、スマイルさん、ビクトール、ティターニアさんは俺以上の実力を持っている。シヴァは未知数だから何とも言えないが、あのシステムがあるからおそらく大丈夫だろう」


 レオールは天井を見る。



「マリーナは、森の中なら最強だな」



 ・・・・・・



 エフォート大陸 アルフヘイム地方 ウルズ森林



 ウルズ森林はユグドラシルを囲むようにして木々が生えている地域のことであり、かなりの広範囲になる。しかも迷宮が3つも存在し、戦闘能力が無い者が入れば死は免れないだろう。


 そのウルズ森林に異世界人達が迷い込んでいた。


「完全にやられたっスね」


 狩人『コペンニック』がぼやいていた。


「だろうな。完全に森の中だ」


 精鋭軍人『ギルバーソン』も同意していた。


「ぐふう、これはまずいですぞ」


 デブオタク『トーキチ』は汗だくで座り込んでいた。


「………………」


 沈黙している棺桶を背負った大男『グレネイド』は周囲を見渡しながら散策している。



 そして彼らの足元には、上級魔獣『ジャイアントアント』の死骸が転がっていた。

 これは彼らが倒して死骸になったのだ。



「通信不能、現在地不明、帰還不可能。完全に遭難だ」

「ヤバイ動物の気配しかしないっスね」

「【探知サーチ】を使ってもノイズが酷すぎて役に立たないですぞ」


 4人は話し合いながら移動を開始し、森を抜ける事を最優先にした。


「【浮遊】か【飛行】ができれば良かったんっスけど、何でかできないんっスよね」

「この森の魔力濃度が濃すぎるのが原因かもしれんが、断言できない」


 先頭がギルバーソン、その後ろにトーキチ、コペンニック、グレネイドという順番で一列に並んで進む。


 ギルバーソンが目の前の細かい木々を切りながら前進する。草木が生い茂り、道は無く、方向感覚を失いそうになる。


「トーキチ、足元に気を付けろ。蟻がウジャウジャいる」

「蟻なら別にいいのでは?」

「こういった森の蟻は噛まれると相当痛い上に毒性がある可能性が高い。いくら女神の加護があるからといって、慢心すれば重傷になるだろう」

「りょ、了解ですぞ」

「それでギルバーソンさん。俺達どこに向かってるんっスか?」

「枝葉の間から少し見えたが、こっちに巨大な木を確認した。そこに向かう」

「ふう、ふう、確か、世界地図にも載っておりましたなあ」

「あのふもとに都市があった。ならば巨大な木の根元まで行けば都市に近付ける可能性は高くなる」

「でも結構な距離になりそうでございますな」

「安心しろ。俺の『野営キット』があればしばらくは持つ。それまでは歩いて移動だ」



 ギルバーソンの『野営キット』は空間圧縮で作られた簡易基地だ。


 普段はポケットに入る小さい箱だが、ギルバーソンが解放するとたちまち巨大な箱型簡易基地になる。中は空間圧縮技術で外見より広く、設備も充実している。

 後はその基地を襲ってくる敵が現れなければ快適そのものだ。



 しばらく歩いて、3人は汗だくになって息切れを起こし始めていた。


 この森の湿度が予想以上に高く、そこまで気温が高くなくても暑く感じる。そのため、凄く汗をかきやすい状況だ。


「一旦休憩にしよう。ここだと木が密集しすぎて『野営キット』が出せないので、警戒しながらこの場で体力を回復しよう」


 2人が頷いて座る場所に怪しい物が無いか確認してから座る。



 一方で、グレネイドは汗一つかかず棺桶を背負ったまま立っていた。



(……あの。グレネイドの旦那って本当に人間なんっスか?)


 コペンニックが小声で2人に質問する。


(どうした急に)

(だってこっち来てからずっと無言な上に顔色一つ変えないじゃないっスか)

(初めて会った時からあんな感じですな。喋らないしいつもボッチだったでござる)

(そういう性格なのだろう。そっとしておけ)


 木にもたれかかり、体を休ませる。


「【探知】が使えればもっと楽なのだが、使えない以上仕方ない」

「どこから敵が来るか分からないのはつらいでござる」

「それなら大丈夫っス。俺鼻がいいから獣が近付いてきたらすぐ分かるっス」

「俺のサーモグラフィもあるから近い場所なら温度で分かる。……まあ混戦になると敵味方の判別が難しくなる欠点があるがな」

「トーキチさんは【探知】以外にはそういう能力無いんっスよね?」


 コペンニックが話を振るが、トーキチの反応が無い。


「? トーキチさん?」

「おい、まさか寝たのか?」


 ギルバーソンが近付いてトーキチの体を揺らす。


「ここで寝るのは得策ではない。起きろ」


 

 ボトリ、と、トーキチの頭が首から取れた。



 首の断面から鮮血が噴き出し、周囲とギルバーソンを真っ赤に染め上げる。



 3人に緊張が走り、背中を合わせた。


 ギルバーソンは【収納空間アイテムスペース】から自動小銃『M16』を取り出し構えた。コペンニックもボーガンを構える。


「コペンニック!! 臭いは?!」

「全く無いっス!! ギルバーソンさんの方はどうなんっスか?!」

「こっちも反応が無い! どうなっている!?」


 ・・・・・・


「森の中なら、ですか」

「エルフ族の特徴を知っているな?」

「はい。長命に魔力を裂き過ぎているせいか、扱える魔力がとぼしく、魔導師になれるのは1000年に1人いるかどうか、というのが有名です」

「その反面、長命で紡いだ技術は非常に高度で、剣術や武術はどの種族よりも優れている」


 レオールは腕を組んで話を続ける。


「マリーナはその中でも群を抜いて武の才能があった。特に森の中ではその才能が遺憾なく発揮された」

「剣術や武術なら、むしろ平地の方が勝手が良いのでは?」

「それは大きな勘違いだ、アッカード。マリーナが得意なのは」



「暗殺だ」



 ・・・・・・


 3人は背中を合わせて周囲を警戒する。


 しかし、怪しい影も、音も、気配も無い。あるのは木々の不気味なざわめきと虫の羽音だけだ。


 3人は警戒を続けている。


「(どこだ。どこに隠れている)」


 サーモグラフィで探すが、生物の形を取った温度変化は無い。


「(反応が無いという事は【隠密】系の能力か? しかしあれは姿が見えなくなるだけで温度まで消せなかった。魔族の【隠密】は温度まで消せるのか?)」


 ギルバーソンは内心焦り、息が荒くなり始めていた。


「(だがこれだけの植物がある中で、どうやって植物に接触せずにトーキチを斬った? 全員が似たような位置にいたにも関わらず、何故トーキチだけ斬られた?)」


 トーキチの死体に視線を向ける。


 頭部が地面に転がり、周囲には血だまりができている。



「(……斬られた?)」


 

 次の瞬間、身の毛がよだつ恐ろしい感覚に襲われた。



「全員散開!!!」



 ギルバーソンが叫んだと同時に、3人がその場から散った。


 各自木の陰に隠れ、全員が視界に入るギリギリの位置に付く。



「敵は剣で攻撃している筈だ! 近接武器を使えるようにしておけ!!」

「了解っス!」

「………………」

 グレネイドは黙ったまま棺桶を下ろし、蓋を開ける。


 中から出てきたのは、高温で熱された剣だった。植物に少しでも近付けると、燃えてしまう程に赤くなっており、その赤みは消える気配が無い。


 高温の剣を構え、木に背中を預けて周囲を警戒する。



 ギルバーソンは腰に差してあったアタックナイフを抜き、片方に銃、もう片方にナイフという態勢にした。


「(危なかった。もしあのまま密集していれば剣で全員斬られていた所だ。後はここからどうするか……)」


 考えながら他の2人の様子を覗く。偶然、コペンニックと目が合った。


「コペンニック、そっちは大丈夫か?」



「はい。何とも無い っス」



 一瞬、音が飛んだ。


 コペンニックが言い終わったと同時に、コペンニックの首から大量の血が噴き出した。



「あ、え」


 理解が追い付かないまま、コペンニックはその場に倒れ込んだ。


「コペンニック!!?」


 ギルバーソンはコペンニックの周辺を見る。だが、サーモグラフィには何の反応も無い。


「ちっくしょおおおおおおおおおおお!!!!!」


 自動小銃をコペンニックがいる周辺を狙って乱射する。

 凄まじい射撃音と共に、木の表面が抉られ、枝葉が吹き飛び、蜂の巣の様に風穴を開けていく。


 全ての弾を撃ち終え、銃口からは摩擦と高温による煙が上がっていた。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 銃声が木霊した森に静寂が戻り、銃弾で傷付けた跡だけが残った。


「(落ち着け。冷静になれ。取り乱してもどうにもならない。一旦グレネイドと合流を)」


 グレネイドの方を向いて駆け寄ろうとするが、



 視線が、真っ二つに両断される。



 割れた所が見えた瞬間、意識が、途切れる。



 ・・・・・・



「暗殺となると、不意打ちで斬るということですか?」

「マリーナの場合、気付かれないまま斬るのが常套じょうとう手段だ。視界に入らない。勘付かれない。悟られない。それを持ち前の技術だけでやってのける」

「スキルを使わずに、ですか?」

「俺も最初は何か使ってるだろうと思っていたんだが、客観的に見たらとんでもない方法で暗殺してたんだよ」

「それは一体何なのですか?」

「それはだな」



 ・・・・・・



 『ごうノ剣:脊椎開せきついびらき』



 ギルバーソンはマリーナの剣によって、頭頂部から股にかけて両断されていた。



 そして両断した後、裸足で木に吸着し、そのまま体を足だけで持ち上げ上っていく。


 さらに関節を極限まで開き、木の陰に綺麗に隠れられるように体型を変える。まるで骨の無い軟体動物が体全体を自由自在に動かすように全身を変形させながら移動する。



「(あと、1匹)」



 呼吸を口と鼻からせず、全身の毛穴から少しずつ呼吸する。



 マリーナは50歳の時、植物の葉っぱを見て『植物にできて私にできないはずがない』という訳の分からない理論で努力を始め、200歳の時に全身で呼吸できるようになった。


 その派生で、自らの体温、血流、体臭までコントロールできるようになった。


 

 肉体はエルフ族独自の『森の民の鍛錬』で鍛え上げ、特殊な手足の動きで、枝さえあれば木から木へ軽々と移動する事ができるようになっている。



 それらがマリーナの『不可視の暗殺』を可能にしているのだ。



 

 マリーナは木の上からゆっくりとグレネイドの真上に移動する。


「(……こいつは……)」



 剣を持ち直し、木から離れ、落下する。

 落下を利用し、木を蹴りながら一気に加速する。

 そしてグレネイドの目の前で半回転し、剣を振った。




 『またたきノ剣:山茶花さざんか



 

 グレネイドはマリーナを視界に入れたと同時に輪切りにされ、反撃する間もなく散り散りになってしまった。

 断面から血が溢れ、地面に転がっていく。肉と骨が詰まった塊が地面に落ちる度にボトボトと弾んだ。



 マリーナはグレネイドが悲惨な肉塊に成り果てる様子を見ようともせずに、棺桶の目の前に立っていた。


 剣を棺桶に突き立て、一気に刺した。


「ぎゃあ!!?」

「気付かれないと思ったか? あっちはお前が操作する人形だとすぐに分かった。なら本体はどこか? 魔導阻害が起きるこの森では遠距離での操作は不可能。であれば、ここに潜む以外操作する方法は無い」


 剣を抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返し、叫び声が無くなるまで続けた。


 棺桶から音が消え、血が漏れ出したところで、攻撃を止める。



 マリーナは棺桶の蓋を蹴り飛ばし、棺桶を開けた。


 中には剣で穴だらけになって死んでいる小柄な男が1人入っていた。


 棺桶の中は空間魔術を使ったのか、見た目以上に広かった。剣が本人に届いてしまう程の広さしかないが、他には武器が詰まっている。



 蓋を閉じて、剣を連続で振り、棺桶を木端微塵にする。


 棺桶の中にあった物は、外装の棺桶が無くなってしまったため、消滅してしまった。



 マリーナは口笛を吹いて、森に住む動物を呼び寄せる。

 集まったのは、魔獣を倒し、餌にしている『聖獣』と呼ばれている強力な動物だ。


 

 異世界人の死体を見て、軽く嗅いだ後服を剥いで死体を食べ始めた。



 マリーナはそれを確認して、その場を後にするのだった。


 ・・・・・・


「それがマリーナ様の強さなのですね」

「前に森で模擬戦をして一方的にやられた。マリーナの強さは森の中でこそ真価を発揮するんだ」

「なるほど、納得しました」

「ただ、問題があってな……」

「問題?」

「さっき全身で呼吸すると言ったろ? それを最効率でするためにだな……」


 レオールは髪を掻きながら口をへの字にしてしまう。




「マリーナ、裸になるんだよ。長い髪で秘部を隠してるけどあれはダメだ」



 ・・・・・・



 その頃、マリーナは異世界人を4人を暗殺し、堂々と裸で帰還していた。


 帰還した直後にエルが服を着させてギリギリ事無きを得たのだった。



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