闘技場、槍の極意:Ⅲ
ラディオンとアバンギャルが倒れ、沈黙した。
その傍で黒い獣と化したダルクがもがき苦しんでいた。
「ウウウ、グウ、アアアアアアアアアアア!!!!!」
『シャドウ・バーサーカー』
一時的に桁外れな能力を発揮することができるが、理性を失い、肉体は傷付き、敵味方の判別がつかなくなる時がある。しかも、解除されるタイミングがランダムなため、非常に使いづらいスキルだ。
『拘束する光』!!
【鎮静】!!
そのため、解除されるまで仲間の拘束、緩和が必要になってくる。
「最初に使った時もこんな感じだったよな!」
「僕の【鎮静】もそんなに通じてないですし、ピュルスさんが頼りです!」
「マジかよ」
2人が頑張っている中、バーウィンは魔族にトドメを差そうと近付いていた。臭いで生死を判別できればいいが、血の匂いが濃すぎて分からない。しかし裏を返せば、それほどまでに生の匂いが薄いとも言える。
「(死んだフリかもしれん。慎重に近付かなくては……)」
剣を握り、慎重に一歩一歩近付いていた。
・・・・・・
「…………い。…………か」
ラディオンの耳に誰かの声が聞こえる。
「(誰だ、俺を呼ぶ奴は……?)」
その声は、徐々にはっきりと大きくなる。
「…………か。さっさと起きんか馬鹿者!!」
次の瞬間、思いっ切り頭をぶん殴られた。
「いッッッッッッてええええええええええ!!!??」
目を開けると、そこはアステリア城の訓練場だった。そして目の前にいるのは、
「し、師匠?!」
「やっと起きたか馬鹿弟子が」
ラディオンより明らかに体の小さいフェアリー族の女性で、ラディオンの『螺旋槍術』の師匠、『イス・ボッシー』だった。
「え、でも、師匠はもう死んだはず……!」
「死んどるからいるんじゃろうが馬鹿」
イスは10年も前に亡くなっている。ラディオンは葬式にも参加していた。
「ってことは、俺死んだ?」
「死なせんために来たんじゃ。ほれ、さっさと立たんか」
目にも止まらぬ速さで尻を叩き、ラディオンの巨体を立たせる。
「全くお前は、貫徹の型ばかりではなく他の型も鍛えろと散々言ったであろう」
「俺は一撃必殺のあの型が一番性に合ってるんだ。あんただって褒めてくれたろ」
「確かに褒めたが、それが封じられた時の備えもしておけとも言ったぞ!」
「…………そうだっけ?」
またしても頭を全力で叩かれた。
「言ったわ馬鹿者!! お前は昔から話を聞かんな!!」
「全力で叩くなよ!! てかそれ俺にくれた槍じゃん!!」
イスが持っていたのは、ラディオンが今使っている槍だった。体格に見合わない巨大な槍を平然と振り回している。
「阿呆う、あんな弱っちょろい連中に負ける馬鹿弟子に渡す槍なぞ無いわ」
「何だと!!?」
ラディオンが掴みかかろうとした瞬間、イスは槍を軽々と振り上げた。
それと同時に、幾つもの竜巻が発生し、ラディオンを天高く吹き飛ばした。
「のわああああああああああ?!!!」
「『剣技の型・
竜巻に揉まれながら、地面に叩きつけられる。
「うぐう……」
「今のお前ではこれ以上のモノは出せんのじゃろうなあ。全く情けない」
槍を片手で回しながらラディオンの周りをウロウロする。
「こんの、クソ師匠……!」
「ほれほれ、悔しかったらやり返してみろ。それとももうお手上げかのう?」
「言わせておけばあああああ!!!!!」
ラディオンは立ち上がり、槍を持つ構えを取ってそのまま振り上げる。
『螺旋龍十二連』!!!!!
槍を持たずに12個の竜巻を同時発生させる。
雷を纏い、地面を抉ってイスに向かっていく。
「だっははははは!!! どうだ!!?」
「及第点じゃ。だが甘い」
『
槍を払うと、払った所から風景が歪みだし、竜巻を半分にする様にして巻き込んだ。空間の一部をねじ切って
、竜巻を
「ちょおおおおお!!? それは無しだろ!!」
「残念じゃったな。じゃがコツは掴めたじゃろ?」
ラディオンはハッとなって、自分に残った感触に気付いた。
「……確かにあの技の派生もある。けどよ、貫徹の型と比べたら威力も速さも劣るのは、あんただって分かってるだろ?」
「それもさっき答えを出したじゃろうて」
「……へ、意地の悪い師匠だ」
ラディオンの手にはいつもの槍が戻っていた。
「それじゃあ行くぜ」
「そっちから来といてよく言うわ」
「今度は寿命でそっちに行くさ」
ふん、とイスは鼻で笑った。
「勝てよラディオン。負けたら承知せんからな」
そして、イスの姿と声は消えた。
・・・・・・
バーウィンはラディオンのすぐ横まで来ていた。
「……
剣を振りかぶり、しっかりと首元を狙う。
「死ねい!!」
剣を振り下ろし、首を刎ねようとしたその時、
「悪いがそうはいかねえ」
ラディオンが急に動き出し、槍で剣を防いでいた。
「な?!」
「吹っ飛べ」
ラディオンが静かに呟くと、バーウィンに槍で一撃を放つ。
『
槍を手首で半回転させ、渦巻状にして入れた一撃はバーウィンに直撃し、遠く離れた闘技場の壁に吹き飛ばした。
「ぐう?!」
バーウィンは
バーウィンが吹き飛ばされた事にピュルス達はすぐに気付いていた。
「バーウィンさん?!」
「おいおいおい!!? こっちまだ戻ってないぞ!?」
ダルクはさっきよりは落ち着いたが、まだ元に戻っていない。
「早く戻って来いダルク!! 色々とヤバイぞ!!」
ラディオンはゆっくりと立ち上がり、怪我の状態を確認する。
「(全身に剣による切り傷、そこからの大量出血、特に右足と首は深手、骨も何本か折れてる)」
冷静に状況を理解し、呼吸を整える。アバンギャルの方を見て、同じように重傷なのを確認する。
「【
先に動かないアバンギャルを治療する。傷が塞がり、出血も止まった。続いて、自分にも【大回復】を使う。だが、完全には塞がらない。
「(アバンギャと比べて治りが悪い。先に切られたあの剣のどっちかが原因か)」
戦闘できるまで持ち直し、槍を構える。残りの3人の方を向くと、黒い奴を抑える事で手一杯に見えた。
「(あのスキル、どう見てもデメリットの方がデカかったみたいだな)」
アバンギャルを気にしながらも、3人目掛けて駆け出した。
ピュルス達はまだ戻らないダルクに焦り始める。
「どうするんだよ?! このままじゃまとめてやられるぞ!!?」
「……仕方ありません。ダルクさんを解放しましょう!」
「正気か?! ダルクの体はもう限界だぞ!!」
ダルクの体はさっきの『ノワール・ストーム』で節々から出血し、限界に近かった。
「そこは大丈夫です」
ミシェルはダルクに手をかざした。
【
ダルクの体が一瞬にして治り、さっきよりも元気に見える。
「暴走が収まるまで使いませんでしたが、これでまた動き回っても問題ないでしょう」
「お前、意外と酷いな」
「ピュルスさん! 拘束を!」
「お、おう!」
ピュルスは『拘束の光』を解除し、ダルクを解放した。
そして、真っ先にラディオンへ向かって高速移動する。
「こっち来なくて良かった……」
ピュルスはつい本音を漏らした。
黒い獣と化したダルクとラディオンが再びぶつかる。
完全回復していないラディオンはどう足掻いてもその速さには追い付けない。
「(だがそれは、『足』の速さだけの話だ!)」
槍を強く握り、ダルクに向かって振り払う。ダルクはそれを悠々と躱してしまう。
「分かっているさそんな事!!」
ラディオンは更に槍を振る。ダルクはまたそれを躱す。
しかしラディオンは諦めずに剣を振り続ける。
「(追いつけないなら、その分手数で対応すればいいんだろ、師匠!!)」
「ッッッ!!?」
理性の無いダルクでもその異変に気付いた。
ラディオンの周囲に強烈な旋風が吹き荒れ、飲まれ始めている事に。
脱出しようと距離を置こうとしたが、足に何かが引っかかった。視線を向けると、見えない何かが足を空中で固定していた。
「【結界、魔法】……!」
アバンギャルの【結界魔法】がダルクの足を固定していた。
地面に倒れたままダルクが通過する場所を予測し、【結界魔法】で座標を固定して発動したのだ。
「よくやったアバンギャル!!」
ラディオンは凄まじい回転を起こしている槍を全力で振り上げる。
振り上げた槍から巨大な竜巻が起こり、ダルクを天高く放り投げた。そこへ更に竜巻を追加し、ダルクを挟み込んだ。
『
大量の竜巻が複雑に絡み合い、ダルクの体のあらゆる部位をあらぬ方向に捻じっていく。
「ルアアアアアアアアアアアアアア!!!???????????」
いくら頑丈な鎧を身に纏っても、中身は人間。それが限界以上に負荷をかけられれば、当然損傷する。
数秒しない内に、ダルクの片腕が引き千切れた。
「グアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ダルクの悲痛な叫びが竜巻の轟音の中で虚しく木霊する。
それを合図に、全身の四肢が千切れ、首も回ってはいけない方向へ回転してしまった。
千切れた部分から出血し、竜巻に乗せて闘技場のあちこちに飛び散る。
さらに、竜巻の圧力で肉体が潰れていき、人間の形は無くなってしまった。
この間僅か40秒。
ダルクは竜巻と共に消滅した。
それをただただ見ている事しかできなかったピュルスとミシェルは、呆然としていた。
「そんな、ダルクさん……」
「くっそお、よくもお!!」
ピュルスがラディオンに向けて剣先を向けた。剣先が輝き、その光はさっきよりも明らかに大きかった。
『聖なる
感情の高まりが実現させたのか、閃光を遥かに超える魔法がラディオンを襲う。
間一髪で槍で防いでいるが、体の一部を掠り、少しずつ焼いていく。
「ぬううううううううう!!!!!」
ラディオンは必死に堪え、槍を持ち続ける。
「消え果てろオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
ピュルスの必死の一撃は、ラディオンを消そうと威力を増していく。その反動か、ピュルスの手も熱くなり、手甲が赤くなっていた。
「ミシェル!! バーウィン爺さんを頼む!!」
「分かった!!」
後ろにいたミシェルは急いでバーウィンの元へ向かう。
ラディオンはこの状況を打破するために、賭けに出ようとしていた。
「(師匠のあの技、今ここで見せる時!!)」
今まで何度か練習したが、上手くいかず、実践での導入は断念していた。
しかし、さっき見た師匠の幻で今ならできる気がしたのだ。
「いくぜ師匠!! これが俺の全力だ!!」
槍の回転は速くなり、凄まじい回転音が鳴り響く。
そして、信じ難い現象が起き始めた。
光が槍に巻き込まれたのだ。
まるで糸を絡めとるように光が槍に集まり、吸い込まれていく。
「何だとお!!?」
ピュルスは自らの腕を犠牲にしながら放つ渾身の一撃が取られている事に衝撃を受けていた。
槍が光を吸い上げ、ラディオンよりも巨大な光球と化した。
「まとめて、返すぜえええええええええええええ!!!!!」
ラディオンは大きく振りかぶって、ピュルス目掛けて振り下ろした。
『
巨大な光球は地面を抉りながらピュルスに飛んで行く。
「おお、神よ!! 哀れな私をお許し下さいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
絶叫と共にピュルスは光に飲まれ、爆散した。
爆風は闘技場の外にまで飛び出し、出入り口から大量の土煙が出ていった。
ミシェルとバーウィンは伏せてその衝撃に耐えた。
アバンギャルもまた、地面に伏せて難を逃れる。
ラディオンだけは、その場で仁王立ちしていた。ピュルスの亡骸を確認するが、窪みと焼けた跡以外には何も残っていなかった。
土煙が晴れ、ラディオンはバーウィン達の方を向いた。ラディオンはミシェルの治療によって全快している。
「……どうやらワシらだけみたいじゃな」
「すいません、俺が戦闘に参加できていれば」
「支援に徹すると決めていたのじゃから仕方あるまい。どれ、ワシが決着を付けようかの」
重い腰を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
「待って下さい! 今からでも撤退して態勢を立て直しましょう!」
「それなんじゃが、通信が全く繋がらないんじゃよ」
「え?」
ミシェルは慌てて連邦に通信を取ろうとする。しかし、聞こえてくるのは酷い雑音だけだった。
「どうして?! 出発直前までは問題無かったのに!?」
「転移先がずれていた時点で嫌な予感はしてたんじゃ。何か干渉を受けていたのでは無いかと思っていたが、完全に嵌められたのお」
バーウィンは剣を握り、ラディオンの前に立つ。
「ミシェル、ワシは戦うが、お主はどうする?」
「……最後までお供します」
ミシェルは立ち上がって、バーウィンの隣に立った。
「良いのか? 死ぬ事になるぞ?」
「後ろで震えながら死ぬのを待つよりはマシですので」
「……そうか」
バーウィン達は深く踏み込み、
「行くぞ!!」
「はい!!」
ラディオンへ真っ直ぐ突撃する。
ラディオンはそれを真正面から受ける姿勢に入る。
バーウィンが素早く切り込み、ラディオンの懐へ入ろうとする。
それをラディオンは槍を逆手持ちにして受け止めた。勢いをずらし、バーウィンとすれ違っていく。
勢いを増してすれ違うと同時に、ラディオンが手元で半回転させ、通常の持ち方に直した。そのまま槍を振り上げる。
『
振り上げながら体を一回転させ、バーウィンとミシェルにそれぞれ8個の竜巻をぶつける。
ミシェルは咄嗟に【多重防壁】を張り、直撃を免れたが、バーウィンはそのまま吹き飛ばされた。
「む、ぐう!?」
複数の竜巻の圧力で肺が急激に圧迫され、吐血してしまう。
体をバラバラにされないように態勢を整え、地面に転がった。
「バーウィンさん!!」
ミシェルが心配で大声を上げるが、目の前にラディオンが立ちはだかる。
「悪いが、ここで死んでもらうぞ。侵攻してきた以上、戦闘能力が無いからと言って容赦はしない」
「そう簡単に死なないよ!!」
【多重防壁】!!
ラディオンの目の前で展開し、そのまま押し切ろうと前進する。だが、
【妨害】
アバンギャルがようやく立ち上がり、戦線復帰していた。魔術で【多重防壁】を無力化したのだ。
「しま……!!」
「終いだ」
ラディオンがミシェルを薙ぎ払い、ミシェルの頭を吹き飛ばした。頭部だけが飛んで行き、数回弾んで止まった。
「残るは爺さんだけか」
振り向いてバーウィンに視線を向ける。
さっきの一撃で既に重傷を負っている状態だった。何とか立ち上がり、剣を向ける。
「止めとけ、もうその体じゃ戦えねえよ」
「抜かせ。この剣を振るえる以上、ワシは、戦うぞ」
息も絶え絶えで、既に戦える状態では無いことは明らかだ。
「……仲間のためか?」
「それ以外に、あるか?」
「………………」
ラディオンは黙って、槍を握りしめる。
「……いいだろう。その意思に敬意を表して、この槍で貫いてやる」
「それよりも、先に、この剣で、斬って、くれる……」
バーウィンは覚束ない足取りでラディオンに近付く。ラディオンもゆっくりと歩き、間合いまであと数歩の所まで近付いた。
互いに沈黙したままそれぞれの武器を構える。
呼吸を整え、踏み込む時を待つ。
しばらくの静寂が、双方の間に流れる。
そして、闘技場に風が流れ込んできたその時、同時に飛び込んだ。
ラディオンは迷わず腹を狙い、貫いてみせる。
バーウィンはそれを防御することなく、そのままラディオンの首目掛けて剣を突き立てた。
槍は腹を貫いた。しかし勢いは止まることはなく、剣先がラディオンの喉に刺さった。
アバンギャルが叫びを上げていたが、その声は聞こえていない。
剣は、首を貫通しなかった。
ラディオンの槍の大きな笠状の鍔がストッパーとなり、バーウィンの決死の攻撃を食い止めたのだ。
ラディオンは喉に刺さった剣を抜き、動かなくなったバーウィンを槍から外した。
地面に横たえさせ、遺体として丁重に扱う。
そしてラディオンは、槍を天に掲げて、勝利を宣言するのだった。
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