強者達の日々

槍の戦士は黄金の夢を見る


 十二魔将会談が終わると、各自職場へ戻る。


 ラディオンも自身の職場であるアステリア城に戻り、午前中の事務作業を行っていた。



 十二魔将は全員【加速思考】、【書類作成】の魔術が使える。


 【加速思考】はその言葉の通り、思考を速度を上げる魔術だ。簡単に言えば、普通の者が1つの考えを処理している時間で、10の処理ができるようになる。


 【書類作成】もそのままの意味だが、これは元々魔導書を作る魔術だ。本来は偽造防止、著書証明、破損防止、防湿防火等々の技術が優先されているが、【書類作成】の場合は『頭に思い浮かべた文面を紙面に転写する』という事を主にしている。手で書くよりも効率的で、何より速さが違う。


 これらの魔術で劇的に事務作業が速く進み、1日の仕事の9割を自分で決めた方針の事に使えるようになった。



 ラディオンは10分足らずで報告書、指令書を作成し終え、【転移】で書類を各所に送る。流石に集中力を酷使するので、少し休憩する。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。


「入れ」


 ラディオンの入室許可で入ってきたのは、ゴブリン族で副総督の『アバンギャル』だった。


「ラディオン様、視察のお時間です」

「分かった。すぐに行く」


 ラディオンは事務用の軽装から鎧に着替える。部屋に飾ってあった大槍を【収納空間アイテムスペース】にしまい、視察へと向かった。


 ・・・・・・


 アトゥラント地方 プライリー地区


 プライリー地区は面積の7割が麦畑の農業地区だ。見渡す限り麦畑で、家はまばらにあるかないか程度だ。この地区で取れる麦は魔族領全域に流通し、各地の台所事情を支えている。


 ラディオンは今日行われる収穫量予測調査の視察に来た。転移門を使ったので城から数秒でやって来れる。


 先に来ていた調査員達が敬礼をし、ラディオンを出迎える。


「調査ご苦労、進行具合はどうだ?」

「は! 現在6割方進んでおります!」

「そうか、調査結果がまとまるまでどれくらい掛かりそうだ?」

「4日もあれば報告出来ます!」

「なら余裕を持って6日で報告するように、早めに終わらせるのは良いがチェックミスがあってはいけないからな」

「了解しました!」


 ラディオンはその場を後にし、麦畑の農家の家に歩を進める。その後をアバンギャルが付いてくる。


 農道の両隣には、まだ青い麦畑が広がっている。広大な畑は風に吹かれるたびにサワサワと優しい音を立てていた。


「ラディオン様! 遠くからご苦労様です」


 農家の叔父さんがラディオンを見つけたと同時に近付いてきた。


「お久しぶりですニヴォーさん。今年は順調ですか?」

「去年と同じ位ですかね。不作では無いですよ」

「病気にはかからなかったみたいですからね、大丈夫そうなら良かった。従業員達も元気ですか?」


 農家一つに付き約15haヘクタールの畑を持っている。魔道具である程度体に負担を掛けずに収穫できるが、それでも面積が広く、人手が必要になるため従業員を雇う事が多い。


「従業員ですか? 入りたての新人を育てるのに苦労してますが、良い感じに打ち解け始めてますよ」

「そうですか。収穫まであと少しですから、頑張るよう伝えて下さい」

「ええ、ありがとうございます」


 農家と別れ、しばらく麦畑を散策する。途中で近所の子供達に囲まれたり、農家の叔母ちゃんやお姉さんに話しかけられたりしながら視察を続けた。



 しばらく視察して、プライリー地区全体が見渡せる丘までやってきた。


 見下ろせば麦畑が地平線の先まで広がっているのが見える。丘にはただの草と木しか無いので、木陰で休む事にした。ラディオンは木にもたれかかり、そよ風を浴びる。


「お疲れ様ですラディオン様」

「ふいー、やっぱああいう堅苦しいの苦手だわ」

「ラディオン様、まだ公務の最中です。その様な態度は……」

「いいんだよアバ爺。どうせ皆俺のを知ってるんだから」


 アバンギャルは溜息を付いて、ラディオンの隣に座る。木陰の中はちょうどいい涼しさで、休むには持って来いだった。


「ニヴォー様の様子、あれは上手く行ってない気がします」

「やっぱりか、ニヴォーさんって嘘着く時必ず眉が引くつくんだよな」

「どうします?」

「アサシンゴブリン偵察部隊に調査させよう。もし酷いようなら手を打つ」

「承知しました。すぐに手配します」


 ラディオンはそよそよと風に当たりながら、空を見上げた。


 空には薄っすらと巨大な魔法陣が浮かんでいる。この魔法陣は『環境結界』で、農作物に適した環境に調整する役割を持っている。


「あれがあっても病気になるんだもんな、植物」

「いくら同じ様に見えても、僅かながら個体差はあります。それを全て管理調整するのは至難の業です」

「大変だよな、農業って。俺には無理だ」

「ご謙遜を。ラディオン様ならその気になれば簡単だと思います」

「まさか、俺は元々槍を振るだけしか頭に無い男だ。こんな広い土地世話するのなんて性に合わなくて挫折しちまうさ」


 ラディオンは立ち上がって、伸びをする。


「それじゃあ戻るか、スパルタンの訓練もあるしな」


 その時、ある気配を感じた。


「……ラディオン様」

「分かってる。魔獣だ」


 すぐに大槍を取り出し、気配を感じた方向に走る。ラディオンが出せる速さは最高分速250㎞。その気になれば大陸を一日で横断できる。猛スピードで走りつつ、周囲に影響が出ないように配慮する。


 そして、魔獣の気配のした場所へ到着する。そこは畑と森の境界に近い場所で、森の方から魔獣の唸り声が聞こえてくる。


 森へ入り、慎重に魔獣の位置を【探索サーチ】で確認する。しばらく探していると、魔獣を見つ

けた。


 魔獣の正体は『スカイホッパー』。体長5mもある大型のバッタ魔獣だ。等級は中級。


(ラディオン様)


 アバンギャルも到着し、お互いに姿を確認する。気付かれないように【念話テレパス】でやり取りする。


(どうやらこいつ一匹だけのようです)

(速攻で仕留める。結界を頼むぞ)

(承知しました)


 アバンギャルはゴブリン族の老人だが、厳密に言えば『ゴブリンハイウィザード』、ゴブリン族の高位魔法使いだ。


 【結界魔法】でスカイホッパーを包囲し、逃げ場を無くす。


(今です)


 ラディオンは合図と同時に飛び出した。それに気付いたスカイホッパーは逃げようとするが、結界にぶつかり逃げる事が出来ない。



 『螺旋突貫スパイラルラッシュ』!!



 一瞬でトップスピードに達し、スカイホッパーに風穴を開ける。螺旋状に魔力が発生しているため、その余波で槍先以上の大きな穴が出来上がり、スカイホッパーの体を分断し確実に仕留めた。


 動かなくなったのを確認して、アバンギャルは茂みから出てきた。


「この地区に魔獣とはな、近くに迷宮は無かったはずだが……」

「少々お待ちを」


 アバンギャルは【探索】をかけて広範囲を調べる。


「……ラディオン様。緊急事態です!」

「……魔力禍か!」

 

 ・・・・・・


 ラディオン達は魔力禍の反応がある森の奥へ到着した。


 魔力禍はまるで黒い渦が宙に浮いているような風貌だった。渦の中心は今にも全てを飲み込むのではないかという錯覚を生み出している。


 ラディオン達は魔力禍と対峙し、アバンギャルは結界を張り、ラディオンは戦闘態勢に入る。


「魔力禍濃度は薄いですので時期消滅するでしょう。ですが」

「魔獣は出てくる」


 魔力禍の中心から魔獣が這い出てきた。さっきと同じスカイホッパーだ。


「何で作物の天敵みたいな魔獣が出てくるんだよ! 嫌がらせか?!」

「その地形に適した魔獣なのでしょう。……来ます!」


 這い出てきたスカイホッパーがラディオン達に襲い掛かる。


「届かねえよ!!」



 『螺旋破撃スパイラルクラッシュ』!!



 5mもある巨大なバッタは一瞬にして木端微塵こっぱみじんになる。


「アバ爺! 後何秒だ!?」

「30秒です!」

「意外と長い!!」


 次々に魔獣が出現し、その度に撃破していく。一瞬でも気を抜けばここを抜けて麦畑に飛んでいく可能性がある。


 一匹ずつかと思えば、一気に三匹出てきたりする。急な数の増減に合わせながら確実に落としていく。


「後5秒!」

「これで、ラスト!!」


 最後のスカイホッパーを槍で貫き、首と胴体を切断する。絶命したのを確認して、槍を肩にかけた。周囲に何体もの死骸が転がり、死臭が漂い始める。


「カウント0。お疲れ様でした」

「おう。何とか未然に被害を防げてよかったぜ」


 アバンギャルが結界を解除し、応援に駆け付けた部隊が近付いてきた。


「ラディオン様! お怪我は!?」

「大丈夫だ。それよりも死骸の処理を頼む」

「は!!」


 部隊はテキパキと死骸処理を始め、使えそうな素材が無いか入念に調べていく。いらいない部位はその場で焼却していく。


「この地区の魔力禍発生率は極めて低いのですが、今回はその極めて低い確率で遭遇したみたいですな」

「それだったら宝くじの方が断然いいんだが……」

 


 刹那、部隊員の絶叫と共に、スカイホッパーが一匹ラディオンを飛び越えた。



 その勢いで空へ飛び立ち、飛び去ってしまう。


「んな?! 間違いなく倒したはずだぞ?!」

「『特付き』です! 急いで追いましょう!」


 特付きとは、それぞれの等級の昇級とは違う進化を遂げ、突然変異した魔獣だ。超級同様、核を破壊しなければ倒せない。


 ラディオンとアバンギャルは急いで追うが、空を飛ぶスカイホッパーの距離を詰めるには場所が悪すぎる。


(木が邪魔して、上手くスピードが出せない……!)


 アバンギャルも【飛行フライ】で追うが、スカイホッパーの方が速かった。


「ラディオン様! もうすぐ畑区域に出てしまいます!!」

「何とか食い止めろ!!」


 アバンギャルは【火弾ファイアボール】で攻撃するが、スカイホッパーは余裕で避けてしまう。【結界魔術】は座標を固定して張る魔術のため、軌道が読めない相手には使えない。


「ダメです! 当たりません!!」

「アバ爺の速度で当たらねえのかよ?!」



 そんな2人を無視して、スカイホッパーは畑の上空に飛び出してしまった。



「(畜生! 麦畑が……! 皆が作った作物が……!!)」




 『猛獣の咆哮』!!!!!




 突如、衝撃波がスカイホッパーを襲う。


 空中で衝撃波を受けたため、踏ん張る事が出来ず吹き飛ばされてしまう。空中で乱回転しながら、森の方へ押し戻される。そこへ追撃する様に、巨大な影が跳躍する。



 『灼熱堕しゃくねつおとし』!!



 炎の一撃がスカイホッパーを爆散する。


 飛び散った死骸は森へ落ちていき、生死を確認するまでも無く木端微塵に倒された。


 ラディオンはようやく森を抜け、森と畑の境界にあたる農道まで出てきた。アバンギャルも着陸し、被害が無いか確認する。


「畑への被害ありません」


 それを聞いたラディオンは大きく息を吐いて安心する。


「どうなる事かと思ったぜ。……ところで誰が撃ち落したんだ?」

「俺だ」



 そこに現れたのは、同じ十二魔将のレオールだった。



「レオール?! 今日は休暇じゃなかったのか?」

「休暇だからここに来た。一応観光名所だろ、この地区」

「まあそうだが。とにかく援護してくれて助かったぜ」


 ラディオンが手を出して握手を求めた。


「それは何よりだ」


 それに答えるようにレオールも手を出した。



 訳では無くそのまま頭を鷲掴みにして持ち上げる。



「俺の方が年もキャリアも上なんだから敬語を使えと言ってるだろうが!」

「いででででで!!? 別にいいじゃねえか!!」

「仕事中は礼節をちゃんとしろと前から言っているだろう!! いい加減にしろ!!」

「てか離せ折れる折れる!!」


 

 ・・・・・・



 ひと悶着あったが、問題も解決した頃には夕方になっていた。


 アバンギャルは一足先に城へ戻り、ラディオンとレオールは丘の上にいた。


「なるほど、新しい嫁さんを魔族領に連れ回してるのか」

「そんな所だ。今度の嫁は物分かりの良くてな、数週間で馴染んでくれた」

「…………俺にはできねえな、奥さん何人も持つの」

「確か恐妻家だったな。そんなに怖いのか?」

「キレるとこ見たら嫌でも分かるぜ」

「俺には分からんな」


 2人揃ってふんぞり返っていると、1人の女性が現れた。しかも人族だ。


「んん? 何で人族の女が?」

「紹介しよう。俺の新しい妻バエリアだ」

「こんにちはラディオンさん、バエリアと申します。業務中にすいません」


 一礼してにこやかに返事をする。白いワンピースで身を包んでいるが、そのお腹は大きく膨らんでいた。


「ほー、妊婦さんだったか。てかデカいな」

「はい、三つ子なので」

「おお、そりゃ大変だな。じゃあうちの奥さんのミルク送るわ、元気になるぜ」

「ありがとうございます」


 レオールはバエリアを抱き寄せて【収納空間】から上着を取り出した。


「冷えてはいけないからな、少し羽織っていなさい」

「はい、貴方」


 そよそよと風が吹き、麦畑が波を打つように躍動する。


「……こんなにも麦があるのですね」

「魔族領は広大で、必要としている種族が多いからな。今日食べたパンだってここで取れた物なんだぞ」


 レオールとバエリアは寄り添いながら、麦畑を眺めていた。


「バエリアさん、もう少ししたらこの麦畑は収穫期になるんだ。そうしたら黄金に輝くんだぜ」

「黄金に、ですか」

「そうさ。その輝きはどんな宝にだって負けない、命の輝きだ。俺はそれが大好きだ」


 ラディオンは立ち上がって、


「その大好きな景色を見に来てくれ。きっとバエリアさんも気に入ると思うからよ」

「……はい」


 バエリアは優しい表情で答えた。



 ・・・・・・ 



 日が暮れて、全ての景色が赤くなり始めた。


 レオールとバエリアはテルモピラーへ、ラディオンはアステリア城へと帰って行った。


 本日の予定が大きく狂ってしまったが、スパルタンは自主訓練を行っていて問題無かった。明日報告する書類をまとめ上げ、ラディオンも定時で帰宅した。



 その帰り道、街のデザート屋の前に差し掛かった。


 ふと、レオールとバエリアの姿を思い出す。


「……たまには労うか」


 奥さんと子供達の分のデザートを買い、帰路へと戻る。そして、家のチャイムを鳴らした。



「ただいまー、今帰ったぞー」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る