Ruler ~八天眼の魔王と異世界人が転移転生してくる世界~

弦龍劉弦(旧:幻龍総月)

序章

異世界に君臨するは 1


 とある異世界。


 そこに30人の高校生達が召喚された。


 いきなり教室から見知らぬ場所に変わった事に動揺を隠せずにいる。その内の1人『菅田智春かんだ ともはる』は意外と冷静だった。


「(これって、世に言う異世界転生か……?)」


 普段からそういった小説を読んでいるため、そういう展開は珍しくないと感じていた。


 周りを見渡すとテンプレと言わんばかりの王宮の大広間だった。中世ヨーロッパのようなやたら高い天井に豪華な装飾がされ、鎧を着た兵士達が像の様に整列し、奥には王様と思わしき髭を蓄えた老人が無駄に豪華な椅子に踏ん反り返っていた。そしてその横にいるちょび髭の男が見下すような目で彼らを見ながら喋りだす。


「よくぞ来た異世界の者達よ! 君達は厳正なる抽選によって素晴らしい力を持った『勇者』である! 早速だが君達にはこの世の諸悪の根源『魔王』を倒してもらいたい!」


 マジでこんな事いきなり言うんだと呆れていると、


「ちょっと待てよ! いきなり何言ってんだ?!」


 同級生の1人が声を上げた。


「王の御前だぞ、控えろ」

「訳分かんない事言ってんじゃねえよ! そんなのに従う義理はねえだろ!? さっさと元の世界に戻せ!!」


 それを皮切りに他の同級生達も抗議の声を上げた。ブーイングは徐々に大きくなり広間全体に響き渡る。


 智春も内心同じことを思っていた。

 お約束展開ならこちらの世界の文化レベルは相当低い。せいぜい中世ヨーロッパ程度、そんな世界で何を楽しめばいいのか全く想像出来ない。元の世界で漫画を読んだりゲームしたり動画を見たりしているほうがよっぽど良い。声や態度に出さなかったが便乗して心の中だけで抗議に参加した。


「諸君! 落ち着いてくれ!!」


 ここで王様と思わしき老人が声を上げた。その迫力で周囲は一旦静かになる。


「諸君らの気持ちは分かる。見知らぬ土地に急に呼び出された上にいきなり魔王と戦えなどと言われれば反発したくなるだろう。しかし、我らも君達に頼らなければいけない程状況は切迫しているのだ」


 顔を伏せ、苦しい表情で話を続ける。


「ここはホープ大陸の数ある王国の一つ、『バジリスタ王国』。私はその国王『ル・テラ32世』である。我が国は平和で豊かな土地だった。しかし数年前、魔王軍が攻めてきたのだ。何度も抵抗したがこちらの兵力が削られるだけの日々、国民は隣国へ逃げ出し、厳しい状況が続いている。そこで我々は最後の手段、『勇者召喚』を行ったのだ」

「今回の召喚を行うために多くの魔術師が駆り出された。多くの者は魔力切れでしばらく起きれないだろう」

「頼む。もう頼れるのは君達しかいないんだ。どうかこの国を助けてくれ!」


 王様は深々と頭を下げて生徒達に懇願する。その姿を見た生徒達はすっかり大人しくなっていた。


「あの、少し質問よろしいでしょうか?」


 そう言って話しかけたのはこのクラスのリーダー的存在『太田千春おおた ちはる』だった。


「魔王? を倒したら俺達は元の世界に帰れるんでしょうか?」

「帰れるとも。そこは安心してほしい」


 それを聞いて安堵したのは智春以外にも数人いた。


「じゃあ次に、俺達には魔王を倒せる力があるんですか?」

「異世界から来た者は漏れなく凄まじい能力を授かっているはずじゃ」

「……なあ皆、怒るのは分かるがこの人もこうやって頭を下げてくれてるんだし、願いを聞いて上げてみないか」


 その言葉に頷く者はいなかった。さっきも言ってた通り、この国に加担する義理が無いからだ。


「確かに俺達が危険に身を晒すメリットなんて無いけど、ここまで追い詰めた魔王って奴は許せないし、ここで俺達がやらなきゃ他の誰かがこっちに呼ばれることになる。それこそ知り合いや家族だったりだ」


 さすがにこの言葉にはどよめきが起きた。


「だからここで俺達が食い止めよう。そして元の世界に胸を張って帰ろう」


 しばらく全員が沈黙し、


「……あそこまでされてこのまま帰るのもな」

「何か気分的に良くないもんね」

「せっかくの異世界だし、楽しむのもありか」


 次々と賛同の声が上がった。それを聞いた王様は、


「ありがとう、ありがとう……! これで我が国は救われる……!」


 涙ながらに感謝の言葉を告げた。


 ・・・・・


 それから数日、この世界の事に関して講義を受けた。


 あの偉そうに指示を出したちょび髭、『ブラブンド宰相』が言うには、複数の大陸があり、魔王領と人族領で分けられている。三千年前に魔王の侵攻で全ての大陸の内の7割が魔族領だ。人族は残りの3割、このホープ大陸でのみ暮らしている。他の種族は全て魔族領の大陸にいる。


 そしてここ数年、領土拡大のためにまた侵攻してきたとのこと。人間側も激しく抵抗しているが、全く歯が立たたず負け続きらしい。



 ・・・・・



 智春達は王宮から少し離れた軍用の城にいた。


 そこでは手に入れた特殊能力、『チート能力』を使いこなすために訓練を行っていた。


 ブラブンドはすぐにでも行って欲しかったらしいが、さすがに何も分からないまま戦場に放り込まれるのは勘弁して欲しいと交渉した結果、しばらく猶予が貰えた。その代わり、城下町へ行くことは禁じられている。どうも疲弊した姿を見られたくないというのが理由らしい。

 ちなみに交渉したのは千春だ。


「あー、やっぱり文化レベル中世ヨーロッパ程度だった……」


 トイレだとかベッドの質がかなり悪く、文句を言う生徒は沢山いた。智春もその一人だ。

 智春は一人見張り台で外の風景を眺めていた。


「早く魔王倒して帰りたい」

「なら訓練をさぼらないでよ」


 そう言って話しかけてきたのは、眼鏡女子の『雨宮加奈子あまみやかなこ』だった。


 彼女は至って真面目で、文句も言わずに毎日訓練に励んでいる。


「でも俺のチート能力『爆破魔法』だから体鍛えてもあんまり恩恵受けないんだよ」


 爆破魔法


 狙った所を爆発させる魔法を魔力消費無しで使える『スキル』の一つ。今の所、複数同時に使えるのと、威力の強弱が自由自在なことが分かっている。


「魔術師タイプなら尚更鍛えておかないとダメなんじゃない。戦士タイプの皆に置いていかれるよ」

「そういう雨宮さんのチート能力は『超感覚』なんだっけ?」


 超感覚


 視覚、聴覚、嗅覚、触覚を強化して遠くの音や臭いを判別する事ができる。その範囲はまだ数m程度らしい。


「何か地味だよね」

「知ってる。だけどやるからには全力でやるわ」

「頑張るね」

「なら菅田くんも頑張ってよ」

「はいはい」


 2人は揃って訓練場に向かうのだった。



 ・・・・・



 二ヶ月が過ぎた頃、全員手に入れた力を使いこなすまでに成長していた。


 智春も『大爆破』『空中爆破地雷』『連続爆破』など技のバリエーションを増やしていた。


「(これなら実践で使えるかな)」


 一人訓練場で爆破魔法の特訓をしていた。


「よう菅田。頑張ってるな」

「明彦」


 『前田明彦まえだあきひこ』。

 茶髪でいつもヘラヘラした表情でいるパリピ系男子だ。チート能力は『装備創造アーミークリエイト』。思い浮かべた物を創造する能力だ。そのセンスは抜群で皆から制作依頼が殺到している。しかもクオリティも高い。


 下の名前で呼んでいるのは本人の希望で、『なんか他人行儀っぽいのが苦手』というのが理由だ。


「こんな時間にどうしたんだ?」

「新しい装備が出来たからさ、試着して欲しいんだよ」

「マジか! めっちゃカッコいい奴で頼んだんだけど」

「もちろん超カッコいいぜ。ほらこっち来いよ」

「おーい二人共、晩飯の時間だぞー」


 そう呼ばれて先にご飯を済ませる事にした。

 


 ・・・・・



 城内の食堂には他の生徒達で溢れていた。


 今日の献立はシチューとパンだった。こっちの料理があまりにも質素だったので、料理上手な数人が集まって何とか元居た世界の料理を再現しようと奮闘した結果、様々な料理が出るようになった。


 智春と明彦は一緒のテーブルで食事をしていた。


「そろそろ出兵なんだってな」

「みたいだな。俺達の実力も付いたし、何より相手に動きがあったみたいだしな」

「どこ情報だよそれ」

「城内で世話してくれてる兵士さん。こっそり教えてくれた」

「気が重いなあ……」


 周囲から聞こえる会話から戦闘が近い事を実感する。


「そう言えば、加奈子って最近見た?」

「雨宮さん? いや、見てない」

「俺は部屋で物作ってるから歩き回る時間が少ないからなのかもしれないけど、なんか見てない回数が増えてきた気がするんだよ」

「うーん、城内って結構広いし数日会わないことは珍しくないと思うけど」

「何の話ですかな?」


 そこに声を掛けてきたのはポッチャリ眼鏡の『稲葉小太朗いなばこたろう』だった。所有しているチート能力は『ステータスチェック』。相手の能力を全て表にして見る事ができる。


 その隣には小柄で無口な『小杉太陽』がいた。所有しているチート能力は『絶叫』。強力な大声を出す事ができ、大抵の相手を失神、鼓膜破壊する。最大威力だと岩を粉砕できる。


「おお、小太朗。加奈子見なかった?」

「む、雨宮氏ですか? 拙者は見てませんな、小杉氏は見ましたかな?」

「僕も、知らない……」

「なら保健室かな」

「じゃあ後で確認行きますぞ。あと菅田氏、スキルレベルが上がっておりますぞ」

「マジか。自分じゃ確認できないからなあスキルレベル」

「特別なマジックアイテムが無いと見れないから、簡単に見れるのはいいよな」

「まあそれしか無いのでちょっと涙目なのですが」

「皆チート能力は一人一個なのが基本だよね……。『異世界からの旅人』を除いて……」

「そのスキルが無いとまず現地人と会話出来ないし文字も読めないからな。何で会話出来てるのか不思議だったよ」

「太田は『勇者』と『聖騎士』の二つ持ちだったよな。後は岡崎と豊田か」

「我々よりチートがいるとちょっと萎えますなあ」


 そんな他愛もない会話をしながら食事を済ませた。 



 ・・・・・



 4人は食事を終えて、保健室に向かった。


 保健室と言っても、回復系能力持ちのメンバーが集まっている部屋というだけだ。人数は5人。


「おーい、誰かいるかー?」


 部屋には保健室のメンバー全員が揃っていた。


「何か用か?」


 最初に話しかけてきたのは『松岡翔太まつおか しょうた』。金髪で中途半端に長い髪をしているのが特徴。能力は『完全回復オールヒール』。大怪我でも数秒で治してしまう。


「ここ数日雨宮さん来てない? 最近見かけなくて」

「俺は知らないな。佐藤知らない?」


 黒髪ポニーテールの『佐藤里香さとうりか』は首を横に振る。


「私も見てない。長田君は見た?」

「いや、見てないな。2人は?」


 萩野と長谷川も知らないと答える。


 保健室を後にして女子塔に向かう。女子塔は女子専用の部屋だけで構成された塔で、男子が入る事は緊急事態でない限りはまず叶わない。なので門番をしている女騎士に話をしなければならない。


「すいませんモナさん。雨宮います?」

「アマミヤか? しばし待て」


 女騎士が中に入って確認しに行く。しばらくして戻って来た。


「アマミヤはスキルの影響で具合が悪いそうだ。しばらくすれば戻れると言っていた」

「本当ですか?」

「うむ、少し顔色が良くなかったが、私が面倒を見るし、いざとなれば勇者様達がいる。心配することは無い」

「そうですか、ありがとうございます」


 4人は何かあったのではないかと思っていたが、無事で何よりだと安心した。


「じゃあこれ加奈子に渡しといて下さい」


 明彦は懐から服を取り出した。どう見ても質量を無視した出し方だったが、これも明彦が作った何でも入る『アイテムボックス』のおかげである。質量を無視して大量の物を自由自在に出し入れできる優れ物だ。


「新調した防具と服なんで、試着しといてって言っといて下さい」

「了解した。必ず伝えておこう」


 4人はその場から去ろうとすると、


「ああ、そうだ。トモハルに伝言がある」

「はい?」

「爆発がうるさいから明日から訓練場じゃなくて裏庭でやってくれ、とのことだ」

「……分かりました」


 何となく凹んだ智春だった。



 ・・・・・



 智春は次の日から訓練場から遠い裏庭で訓練に励んでいた。空中で爆破を繰り返し、調整を繰り返していた。


「新しい装備の着心地も良いし、これなら実践でも大丈夫かな」

「頑張ってるね」


 いきなり後ろから声を掛けられて素早く振り向いてしまう。そこには雨宮がいた。


「もう身体はいいのか?」

「まだちょっと良くない。スキルの上げ過ぎも考えものだわ」

「あんまり無理するなよ、そろそろ出兵みたいだし」

「聞いた。ていうより聞こえた」

「結構聞ける範囲広がったの?」

「うん。多分3㎞までの話声は聞き取れる」

「そんなに!? ……そりゃ俺の爆破も耳に響くか」

「気にしなくていいよ。私が勝手に聞いてるだけだから」


 短い会話を続けながら回数を重ねる。何となく距離を縮められているかな、と智春は勝手に思っていた。


「……ねえ、どうしても戦場に行くの?」

「何だよ急に、この前まで行く気満々だったじゃん」

「うん……、でも私には盗み聞きする能力しか無いから」

「…………」


 雨宮は不安なのだろう。


 自分の能力が他者に不快の思いをさせるだけではないか、戦場で本当に役に立てるのか、考えて考えて苦しんでいる。誰にも相談出来ず、こうやって愚痴をこぼす事だけしかできない。


 そう思った智春は、


「大丈夫だよ雨宮。盗み聞きなんて誰も思っちゃいないさ」

「それは菅田君だけでしょ」

「かもしれない。それでも皆は雨宮はそんな事しないって思ってる。だって誰よりも一生懸命じゃん」

「一生懸命?」

「そうだよ、一生懸命スキルをコントロールして頑張ってる。それに俺みたいな面倒臭がりにも手を差し伸べてくれた。そんな雨宮を悪く言う奴いないよ」

「そんなの詭弁よ、絶対何人か悪く言う」

「そうなったら俺が爆破してやる! 雨宮は悪くないって!」


 鼻息を荒げて自信満々に言い放った。それを見た雨宮は呆気に取られていたが、


「ふふ、何それ。それじゃあ解決にならないよ」

「え? そ、そうか? いい案だと思ったんだけどなあ」


 雨宮は微笑みながら背中を向ける。


「菅田君と話せて良かった。おかげでスッとした」


 心なしか、明るい口調になっていた。智春も役に立てたならいいかと照れ臭く笑ってしまった。


「お礼ついでに教えて上げる」

「何を?」


「王様達と前田君、絶対に信用しちゃダメだよ」


「え? それってどういう……」


 聞き終える前に雨宮は走り去ってしまった。もう姿は見えない。


「何だったんだ?」



 その日から、雨宮は姿を消してしまった。



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