第三章
第一話 そんなものぶっとばせ!
「ってことがあったんだよ」
「えっと、つまりどういうことだ?」
「だー、もう何回も言ってるでしょ」
屋上には人の気配がない。というのもまだ年が開けたばかりの真冬だからだろう。つんざくような冷たい風が肌を撫でていく。
そんな場所で、私の声が轟いた。
「泣いてる女の子ってめちゃくちゃかわいいよねって話だよ!!!!」
「えっ!? そんな話だったのか!? すまん、俺てっきり泣かせてしまった罪悪感で
「罪悪感? なにそれ美味しいの? いやまずそう。ってそうじゃなくてね? まぁ悩んでたことは事実なんだけど、泣き顔がかわいすぎて私はどうすればいいんだろうって夜な夜な頭を悩ませてたけどね? どうすりゃいいの!?」
「俺に言われても・・・・・・あんまり力になれないと思う。そういうのよくわからないし・・・・・・
私の目の前で、大きな瞳がぱちくりと瞬きする。まつげが上にカールしていて、可愛らしい。薄いチークで顔がまんまるに演出されていて、うーん化粧も上手くなったなぁ。感心。もしかして私より上手い?
じぃ~と睨んで、
「ううん、
「え、どうしてだ?」
「これ見てくれる? その泣き顔がエロ・・・・・・げふん、エロイ子の顔写真なんだけど」
「言い直せてないけど・・・・・・」
なんだか言いつつ、荻川くんが私のスマホを覗き込む。
「ね? めちゃ可愛いでしょ?」
「あ、ああ。そうだな。綺麗な人だ」
「って、荻川くん惚れちゃダメだからね!? この子は私の女なんだから!」
「ええ!? ち、違うって! そんなんじゃないし、それに俺が惚れてるのは・・・・・・安藤だけだから。ってなに言ってんだ俺! で、なんだって!? 続きを聞かせてくれ!!」
圧がすごい。
「うん。この盗撮写真を薫に見せて、この子見たことある? って聞いたらさ、すごい難しい顔されちゃって」
なんだか眉を逆さにして、唇を噛んで、目がどこかに旅にでちゃったような、変な表情だったのを思い出す。
「でさ、薫じゃダメだったから蜜葉にも聞いてみたんだよね」
「安藤の妹だっけ?」
「そうそう。そしたらね、蜜葉までおんなじ顔するの。なんていうの? こう、シリアスな表情をさ」
「シリアスかぁ・・・・・・やっぱ盗撮写真ってのが心配なんじゃないか?」
「えっ? なんで?」
「え?」
「え?」
???
疑問符が飛び回る。
だって写真撮らせてなんて言っても撮らせてくれないだろうし、それならこっそり撮るしかなくない?
「しかもこのアングルは、どういう状況?」
「あー、それはね。背負い投げされてる時に急いで撮ったからちょっとブレちゃってるんだよねぇ。失敗したなぁ」
「安藤ってなんだかんだで運動神経いいのか・・・・・・?」
荻川くんが私を訝しげに見てくる。なんだか失礼なことを思われていそうで、足をけっぽってやる。おひゃあ、と荻川くんが跳ねた。なかなかいいリアクションだ。
「薫も蜜葉もさ、なーんか私に隠し事してそうなんだよね。まさか、荻川くんまでグルとかじゃないよね?」
「まさか。俺は、俺の全てを安藤へ曝け出したいと思ってる。見てくれ、この身体。肉も削って、骨格も整体へ行って正してもらった。肩幅も狭くなっただろ? あとは股関を手術すれば・・・・・・」
「あ、うん。荻川くんが私に隠し事をしないのは分かったからスカートめくらないでくれる?」
どうせスカートをめくりあげるのならもう少し顔を赤らめて恥ずかしそうにしてほしかった。いやそういう問題じゃない。
「ともかく! なーんかシリアスな雰囲気が最近私の周りに漂ってるんだよ。そんなことあっていいと思う?」
「え・・・・・・別にいいんじゃないか。長い人生にはやっぱり山あり谷あり。なんらかの困難は必要なわけで」
「いらなーーーい!!」
「ええっ!?」
「そういうの、いらなーーい!! 私、悲恋とか求めてないから! お涙とか求めてないから! 気持ちよすぎてどうにかなっちゃいそうな涙しかいらないから!」
「どういう涙なんだそれ」
「荻川くんには一生わからないよ」
「それはそれで悲しい!」
まったく、と腕を組んで荻川くんを見下ろす。いない。あれれ? 見上げる。ぐぬぬ、背が高い。
困惑した顔の荻川くんに見下ろされながら、私はあれこれくどくど説明する。
「私は今からこの子を探す旅に出なくちゃいけないの。でも一人じゃ効率も悪いし、薫も蜜葉も頼りにならない今、荻川くんしかいないの。大丈夫お礼はするよ、うん。なんかあげる。ほら、ふがしとか」
「あ、俺ふがし好き」
「じゃあ決定だね!」
「えっ? ふがしだけ!?」
「分かった分かった5円チョコも付けるから」
「あくまで駄菓子なんだ・・・・・・」
うーんと悩む荻川くん。その様子を見て、私もうーんと悩む。
いきなりすぎたかな?
私本意でしかない頼み事に、少々後悔を覚える。これではたしかに、言われた方も困るかもしれない。
そんなちょっとの反省をしていると、再び荻川くんが私のスマホを見る。
「あれ?」
「どうしたの?」
「この人、前に明日原と行った飲食店で見たかも・・・・・・うわぁっ!?」
ガシィ! とその肩を掴む。掴んで、ぐわんぐわん揺らす。
「吐け! その居場所を吐けーーー!!」
「ぐおぉえぇっ」
ぐわんぐわん。
荻川くんが白目をむき始めた。あ、やば。
「吐きなさい。子豚」
「げほっ、げほっ。一体なにが起きてるんだ・・・・・・」
そんなの私が聞きたかった。愛しの彼女を早く返してください。
「いや、ホントに。ちらっと見ただけだから多分だけど、うん。この人だと思う」
荻川くんはぐるぐる目を回しながらも、何度も確認して頷いた。真剣なその表情は、ちょっと頼りがいがある。
その飲食店の場所と、会った時間帯を聞く。絶対に忘れないよう何回もメモをして、気合いを入れる。
「ありがとう荻川くん。教えてくれただけでもすごく助かったよ」
「いや。俺がなんかしてやれたってわけじゃないし。ホントたまたまだからさ」
「ううん。それでもありがとうだよ。なんだかね、ちょっとだけだけど、最近寂しく感じることが多かったから。みんな私に優しくしてくれてるのは分かるんだけど、それがすごくね、なんだか遠く感じて。だからこうしてきちんとお喋りしてくれて助かった! のと、嬉しかった!」
「安藤・・・・・・」
「なんてね、私もちょっと雰囲気に飲まれちゃってたのかも。よし、気合いいれよう!」
ふんすと鼻を鳴らして、白い息となる。漫画のギャクキャラみたいでなんとなく嫌だった。
「あ、安藤!」
屋上の扉に手をかけると、遮るように荻川くんが声をあげる。
「俺も行くよ! い、移動とか大変だろ? 俺自転車あるから乗っけられるしさ! それに、さっきも言ったとおり二手に別れるってのもいい案だと思うし。なんか、なんでもいいからさ、やれることがあればなんでも言ってくれ! 安藤のためなら俺、なんだってやるよ!」
「荻川くん・・・・・・」
その真っ直ぐな瞳から、熱を感じる。曲がらない純粋な姿勢は、今の私が最も欲しいものだ。
「じゃあ一緒に気合いを入れよう!」
「気合い!? お、おう!」
「じゃあ行くよ! 気合いだ気合いだ気合いだ気合いだ気合いだー!」
「気合いだ気合いだー!」
「オイオイ!」
「オイオイ!」
二人の叫びが、屋上から地上に降り注ぐ。下校中の人が何人かこちらを見ていた。
「これ誰のネタだっけ」
「アニマルなんちゃら、だった気がする」
「あー。今なにしてるんだろうね」
「さあ」
けど、そんな昔テレビで見た人よりも。この子を探すほうがきっと簡単だ。だって一度会ってるわけだし、同じ地域に住んでるわけだし、なんだか、繋がっている気がする。
「安藤? どうした?」
私の様子を不思議に思ったのか、荻川くんが首を傾げて聞いてくる。
「ううん、絶対うまくいくなって思っただけ!」
「お、おう! そうか! ははっ! 安藤は前向きだな!」
「それだけが取り柄なので! ・・・・・・それだけとはなんだ!!」
「逆ギレか!」
わはは、と笑い飛ばす。
冬はいつまでも続かない。
もう少しすれば春が来て、芽が息吹く。夏が来れば太陽が輝いて、秋がくれば落ち葉が道をつくる。
進むことをやめなければ、きっと大丈夫なのだ。
「よーし、目指せあの子と結婚作戦! ここに開始を宣言します!」
「えっ、そんな目的だったのか!?」
「目標は高く!」
「なるほど!」
私と荻川くんは、腕を空に伸ばして、叫ぶ。
「目指せ結婚!」
「め、目指せ結婚!」
「シリアスなんてぶっとばせー!」
「シリアスなんてぶっとばせー!」
待ってなよ、私の愛しい・・・・・・名前も知らないエッチな子。
イチャイチャ以外の結末なんて、私が絶対に許さないんだから!
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