第十一話 ラブなホテルであんなこと
「……」
ど、ど、どうしよう……。
本当に来てしまった、ラブホテル。私は何故か正座。別の部屋からは生々しい水音が聞こえてくる。
受付を終えて、部屋に入ると、彼女はシャワーを浴びたいと先に浴室へと向かったのだ。そのため私は一人でこのピンク色に染められたエロティックな部屋で待っているのだけど。
「お、落ち着かない……」
まさか、名前も知らない彼女とラブホテルに来るなんて思ってもいたかったので心の準備は愚か状況の把握もイマイチできていない。ていうかこれ夢? もしかして寝てる私はサキュバスにでも襲われてエロい夢でも見せられてるのだろうか。
だけど、部屋に微かに匂う彼女の残り香が私を現実に連れ戻す。
そわそわと、正座したまま体を揺らす。スマホでも弄るかと思い手に取るが、ホーム画面を開いたところでまた消してしまう。
私が呼吸を忘れてスカートの裾を握りしめていると。蛇口を捻る音と共に水音が止んで、そしてすぐ後に浴槽に浸かる音。
「おぅふ……」
思わずオッサンみたいな声を漏らしてしまう。
——無音。だけどこの静寂がますます私の息を詰まらせる。身じろぎすら忘れた私は。
「お、おおお、おちおち落ち着けけ私し」
そうだ、一旦落ち着こう。私の役目はベッドの上で怯える事でも竦むことでもない。彼女に嫌な思いをさせないよう、しっかりとリードして気持ちよくなって貰わなければならない。その為にも私がしっかりしないと!
背筋を伸ばし、深呼吸をした後。私はベッドに横たわりこの後起こるであろう事の予行練習を始めた。
「ん、んん。大丈夫だよ、名前も知らない子猫ちゃん。私が優しく教えてあげるから、女の子同士の気持ち良さを……ふふっ、ほら……力を抜いて」
吐息交じりに囁く。そして布団に覆い被さって顔を埋める。
「ちゅっ。あはっ、いい顔だね。とっても可愛いよ」
恥ずかしいぐらいにキザなセリフ。だけどこの部屋の雰囲気に呑まれたのか、私の行為は段々とヒートアップしていく。やがて布団を股に挟むと私は。
「……なにしてんの」
「どわああああああぁぁぁあぁぁあああああっ!!?」
背後から降りかかる声。いつのまにかお風呂からあがった彼女が着替えて私の後ろに立っていた。
「風呂、入ってきていいよ。意外と広くていい浴室だった」
「あ、ああぉぉあう、うん! 楽しみ〜……あはは」
私は誤魔化すように下手な作り笑いして、そそくさと彼女の横を通り浴室へと向かった。ちなみに通り過ぎた時に彼女の少し湿った髪と艶かしいうなじを見て鼻血が出たのは内緒である。
無駄に時間のかかる制服を脱ぎ終えて、私は浴室に入る。
「わ、ホントにおっきい……」
まるで王室のような装飾とその大きさ。さすがラブホテル。
「とりあえずシャワーを浴びよう」
湯船に浸かる前にシャワーを浴びるというのが決まりの我が安藤家のルールを適応し、蛇口を捻る。
ああ、気持ちいい。深夜に浴びるシャワーってなんでこんなに気持ちいいんだろう。
私はある程度シャワーを浴びた後、鏡の下に置かれた容器に手を伸ばす。
「シャンプーはこれかな?」
見たことないメーカーのだけど見るからに高級そうだ。私は少し期待しながらポンプを押した。
ニュルッ。
「うひゃあっ!?」
出て来たのは粘り気のある透明な液体。ローションだった。
「うぅ、ベトベトして取れないよぉ……」
さすがラブホテル。浴室でのプレイも想定済みということらしい。
「ほ、ほんとに取れない!」
シャワーで濯いでも取れるどころか全身にまぶされてしまってより悪化してしまった。
「ローションプレイの後片付けって、どうしてるんだろう……」
「ふぅ……」
死闘の末、なんとかローションを濯ぎ切った私は湯船に肩まで浸かる。
「そうだ、このお湯……」
ズズ、と味噌汁を啜るように浴槽に貼られたお湯を飲み込んだ。喉を通っていく温かいお湯。
「いいお湯でした」
と、銭湯の経営者に言えば絶対に喜んでもらえるようなセリフだけど、それが違う意味だと知られた瞬間、人間としての序列が真っ逆さまに堕ちていくこと間違いなし。
五分程浸かっただろうか、体はだいぶ温まり心拍数も上がる。それは血行が良くなったからだろうか。それとも、この後のことを考えてだろうか。断言してしまうと、後者。
「ああっ、やばいのぼせそう」
湯船に浸かりながら邪な妄想をしていたら心臓にブーストがかかって頭がクラクラしてきた。
私はゆっくりと浴槽から出てタオルで身体を拭く。
「タオルもピンクなんだ……」
隅から隅まで経営側の配慮が行き届いている。タオルを使って何かできないかな。そんな事を考えながら私はワイシャツを適当に羽織ってスカートを履く。
どうだ、裸ワイシャツ&ノーパンミニスカのコンボだ。これで彼女を悩殺間違いなし。
私は不敵な笑みを浮かべながら、浴室を出てベッドルームの扉を開けた。
「おまたせ!」
声が上ずってしまった。あとボリュームも間違えた。もっとクールに決めるつもりだったんだけど。
「……あれ?」
だけど返事はなく、代わりに可愛らしい寝息が聞こえてきた。
ベッドの上で無防備に横たわる彼女。呼吸に合わせてお腹が動いているのがまるで小動物のようで、その寝顔もいつもの無機質な表情からは考えられない程の柔らかさで、その……なんといいますか。
私の理性は、そこで崩れてしまったのです。
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