第九話 ピンチはピンチ 

 それから私と薫は、ゲーセンでプリクラを撮ったり、ペットショップで犬や猫と戯れたり。そんないつものようにダラダラと適当に、だけど楽しく、女子高生らしい時間の潰し方をした。


 やがて陽は落ち、あたりが茜色に染まり始める。


「ん、もうこんな時間か」


 薫が呟く。


「もう帰る?」


 私がそう尋ねると薫は「うーん」と唸った。薫がこういう時は大体、そろそろ帰ろうかと思ってる時だ。薫の家は両親がいないらしく、妹の響ちゃんのために家事は全部薫がしているらしい。ぐうたらな私とは大違いで、薫はすでに一家の大黒柱なのだ。


「……そうすっかな」


 薫は短く答えた。少し迷ったように聞こえたけど、それは私ともうちょっとだけ遊んでたいと思ってくれていたのなら嬉しい。


「タマはどうすんだ? 一回帰んの?」

「んー、いや。時間も中途半端だしこのまま十一時まで時間潰すよ」

「そっか。まぁくれぐれも警察沙汰にはならないようにな」

「大丈夫だって〜、私たち相思相愛なんだから和姦だよ和姦」


 私のそんな冗談に薫はクスリと笑ってくれる。薫がたまに見せる笑顔は普段とのギャップとか希少性もあって、結構可愛い。


「じゃあ帰るわ」

「ん! ばいば〜い」


 私が大袈裟に手をブンブンと降ると、薫はクールに腕を上げて、駅の方へと向かっていった。


「さてさて、どこで時間を潰そうかな」


 現在の時刻は午後七時。薫の背中を見送った後、私はフラフラと彷徨い出した。


「あと四時間、あと四時間かぁ」


 彷徨いに彷徨った挙句、結局私はさっき来たアイスクリーム店、シャイニードロップスに足を運んでいた。ここのお店はアイスクリームだけではなく、何とコーヒーやドーナツまで売っていてカフェのようなスペースも用意されているのだ。これも若者に人気の一つなんだろう。


 とりあえず一番安いブレンドコーヒーでも頼もうかと私はカウンターへと向かう。


「あ」


 レジを打っている店員さんに目が向く。それは先程、薫と一緒にいた時にアイスクリームを持って来てくれたあの店員さんだ。ずっと私のことを見ていた、ような気がするしちょっと気まずい。


「どうされました?」


 私が訝しげな視線を店員さんに送っていると、声をかけられてしまった。まぁレジの前で固まっていたら誰だって声をかけるだろう。


「あ、えっと……ブレンドコーヒーください、ホットで」

「かしこまりました。お持ち帰りでしょうか?」

「いえ、ここで飲んでいきます」

「ありがとうございます。百八十円になります」


 私がお金を払うと、店員さんは手慣れた手つきでレジを操作していく。そしてあっという間に出てきたレシートを私に渡して。


「少々お待ちください」


 長いこと働いているのだろうか、かなり手際良く作業を進める店員さんを見て拍手を送ってあげたい気持ちになる。


 しかし、この店員さん。制服の帽子で隠れて見えなかったけど。よく見るとめちゃくちゃ美人だ。まるでモデルさんのように整った顔立ちはどこか大人っぽくて、つい見惚れてしまう。


 そんな私の視線を感じたのか、店員さん少しキョトンとした後、すぐに営業スマイルを私に向けてくれた。


「おまたせしました」

「ありがとうございます」


 湯気を上げた挽きたてのコーヒーが差し出される。顔を離していても香る芳醇な匂いが、本格的な雰囲気を醸し出していてそれだけでも満足してしまいそう。


 私はコーヒーを受け取ると、空いている席へ向かった。


「ふぅ……」


 温かいコーヒーを飲んで一息つく。正直、コーヒーの良し悪しなんて私の貧乏舌じゃ分からない。だけどカフェで飲むコーヒーというだけで何故か美味しく感じてしまう。もっもいえば雰囲気に酔ってる。


「まだ八時……」


 やっぱり一度帰った方が良かったかもしれない。そんな事を思いつつ私は突っ伏して目を瞑る。


「ほんの少しだけ……少しだけ……」


 二時間程だけ寝よう。大丈夫、カフェインも摂ったし寝過ごすことはない、はず。三十分くらいで起きてしまう可能性だってあるし大丈夫でしょ。


 そんな私の楽観的性格は、多分死んでも治らないんだと自分でも思う。



「むにゃむにゃ……んん?」


 目が覚めた。カフェインを摂ったからか、はっきりと意識が覚醒している。だからこそ、私がスマホの時計を確認した時の反応も早かった。


「も、もう十一時過ぎてる!!」


 現時刻十一時十分。盛大に寝過ごしてしまった。店内もすでに閉店ムードでお客さんは誰もいない。


「あわわわわわわわ!」


 私は慌てて支度をする。レシートは……いらないか。傘は……持ってきてない。うん。乱雑に財布とスマホをポケットに突っ込むと、コーヒーを返却口に置いて急いであの路地へと向かった。


「はぁ……はぁ……」


 ようやく着いた頃にはすでに十一時二十分。あたりを見回してもあの子の姿はないどころか人の気配すらしない。


「ううぅぅ……やってしまったぁ……」


 激しく後悔。ひょっとしたら待っててくれるかもしれないという浅はかな願いも打ち拉がれ、私は路地に一人立ち尽くした。


「はぁ、帰ろ」


 私は諦めて家に帰ることにした。


「ん?」


 だけど、ふと耳を澄ますと何かが聞こえた。それは人の声、というよりも息遣い。


「あのゴミ置場の方だ」


 路地の奥。灯りひとつないその場所から何かが聞こえる。足元に散らばるゴミをうっかり踏まないように私は恐る恐るそこへ近づいていく。


 そして、視界に入ってきた悪夢のような状況に、私は息が詰まり声すら出なかった。


「ハァ、ハァ……へへ」

「……」


 ひとりの男が、息を荒くして何かに覆いかぶさっている。そう、何か。


 その男の下には女の子、私の探していた彼女がいた。抵抗すら諦めたのかじっと身を固まらせている、彼女がいた。

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