志怪小説
ニ羽 鴻輔 にわこうすけ
第1話【人皮虎】
若い兵士が死にかけている。
大きく立派な
ひとたび
息の絶えるのを待ちながら、男がただひとつ気がかりとするのは、
おれの不甲斐のないために、母には気がかりをばかりさせた。
力仕事しか能のないおれでも、いなくなっては苦労であろう。
そのうえ死んだらどれほどまでに、母は哀しむことだろう。
そうと思えば胸は痛み、孝行したかったと思うと涙が出た。
拭おうにも、とうに腕は
そのとき男は、なにかが己をじっと見ていることに気づく。
顔を上げると、
さては血の匂いに誘われてきたか。
それにしては動けぬおれに、喰らいつこうという様子もない。
おれが死ぬのを待っているのか。
すると虎が口をきいた。
いや、たしかに口をきいたように思ったが、何を言ったかうまく聞きとれぬ。
すでに耳も萎えたかと、
どうして人の言葉と思った。虎が口をきくはずがない。
きっと心細いがあまり、虎が喉を鳴らしたのをでも、言葉と思い込んだに違いない。
己にあきれながら男は虎の顔を見る。
すると虎がまた口をきく。
どうしたわけか、先ほどと、同じことを言われたように思う。
おれはとうとう気までふれたか。
虎と目が合う。
虎が更にもう一度、同じことを言う。
今度は虎の口が、はっきりと動くのが見える。
おまえがしんだらかわをくれ。
ああそうか、口の作りが、人の言葉に向かぬのか。ぎこちない発音がようやく頭の中で意味を成す。
「おれの皮がほしいのか」
虎がゆっくりとうなづく。
「皮を得てどうする」
ひとのすがたになろうとおもう。
「おれのすがたになるのか」
そうだ、と虎が答える。
それをきいた男の頭に、ある考えが
「やってもいいが、そのかわり、ひとつ頼みを聞いてはくれぬか。
故郷の村に母がいる。一年かぎりでいい。俺に代わって孝を尽くしてほしい」
虎がゆっくり瞬きをした。
かならずまもる。
その返事ばかりは妙にはっきり聞きとれた。
おかしなことだ、と男は思う。
俺はやはり気がふれたのかもしれぬ。
死ぬるのを前にかすんだ頭で、夢でも見たか。
到底うつつとは思われぬが、虎はたしかにそこにいる。
ゆめでもうつつでもかまわぬ、と男は思う。
ほんの今まで母を残して逝くことが悲しくて仕方がなかったが、このおかしな夢のおかげで気が楽になった。
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