#4

「眠れましたか!それは良かった!」


いつも通りの問診。でも少し違うのは、先生の顔が喜びでほころんでいる事だ。ロボットみたいに無表情なこの人でも、こんな顔ができるのかと感心してしまった。


「あの。」


勇気を振り絞り、聞いてみる。


「マーニさんって、何者なんですか?」


先生の顔がシュッと引き締まり、真剣な顔つきに。


「あの人は、音楽療法のプロフェッショナルです。」


聞いたことがある。歌ったり、楽器を演奏したりする事で、音楽を介したコミュニケーションを行う心理療法の事だ。心身の障害があって発語や意思疎通が難しい人でも、音楽を介すると会話が取りやすくなるのだという。


「そして、魔術のプロフェッショナルでもあります。」


「……」


「その様子。既に察していたようですね。」


あんなに大きい悪魔を退治した様子を見て、何となくそんな気はしていた。


「貴方の病気は医学だけで解決できるものではありません。何故なら、その原因が貴方の内に存在する『呪い』にあるからです。」


「呪い……」


「『呪いとは、人の強い思いが何らかのキッカケで形を為し、人体に害を為すものである。』私の学会では、そう定義しています。貴方の場合、強い自己嫌悪が悪魔の姿で具現化し、貴方自身を苦しめていました。」


昨日の赤い悪魔。あれは自己嫌悪が具現化した姿だったのか。


「しかし、貴方の呪いはそれだけではありません。『夜を吐く呪い』。これが一番重要です。これは非常に強力なもので、一筋縄ではいかないでしょう。」


そんな……じゃあ……。


「だからといって、治療できないわけではありません。」


強い口調で先生は言った。


「しかし、申し訳ないのですが、すぐには治せません。貴方にはまだ『自己嫌悪の呪い』が積み重なっています。先にその処置をしないと。」


「何故ですか?」


「『自己嫌悪の呪い』と『夜を吐く呪い』が複雑に絡み合っているからです。マーニの治療は覚えていますよね?」


「はい。歌を歌ったら、悪魔が出てきて……。」


「そうです。歌の力によって呪いを体から吐き出させた後、それを祓うのが彼の治療です。しかし、今貴方が『夜を吐く呪い』を吐き出した場合、それと同時に『自己嫌悪の呪い』も吐き出されます。『夜を吐く呪い』はとても強力で、単体でも対処するのが難しいと聞きます。それに加えて『自己嫌悪の呪い』に対処するのは、不可能と言えるでしょう。」


昨日の悪魔だけでも恐ろしいのに、それ以上の化け物が出てくるだなんて……。


「幸い、『自己嫌悪の呪い』だけを祓う事は出来ます。故に今後は、そちらを優先します。」


「わかりました。」


「今日は以上です。処方箋をしっかり飲んでくださいね。自己嫌悪を抑える作用があるので。」


そう言われ、診察室を立ち去った後。


「次の方、どうぞー。」


先生の呼び声に反応したのは、待合室で待ってくれていた筈のマーニさん。


「マーニさん?」


椅子から立ち上がり、診察室に入っていく。


「……いや、なんだ。君の事でちょっとした相談があるからね。大丈夫、すぐに終わるよ。」


マーニさんの笑顔に、取り繕ったようなわざとらしさを感じてしまった。それはまるで、死地へと赴く兵士が、恋人に別れを告げる時のような——

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