3章 百鬼夜行

第22話

自室で書類作業をしていたレオは、合間合間にシェリルに連絡を取ろうとしていたが、電話は通じず、シェリルがこの店に来ることは無かった。


「あいつ何をしてるんだ?もう一か月も休みなく変異体を狩り続けているじゃないか。」


シェリルが心配で作業に手がつかず、気分を変えようとバーにいるレディに飲み物を貰いに行く。


「レディ、何か飲み物をくれ。」

「お酒?それともコーヒー?」

「酒とコーヒーを合わせた物を。とにかく気分を変えたい。」

「・・・シェリル、最近顔を見せないわね。」


レディもシェリルが最近顔を見せない事を気にしていたようだ。


「やっぱり、あの子がいなくなったからじゃ・・・。」

「・・・あいつにとって、あの娘が何か特別な者だったのかもな。まぁ、シェリル自身がその事に気付いているのか怪しいがな。」

「本当、どこに行っちゃったんだろう、アイザちゃん・・・。」


二人が溜め息を吐き、俯いていると、店の扉が開く音が聴こえてくる。扉の方にレディが視線を向けると、入ってきたのは黒いスーツを着た白髪の男であった。


「いらっしゃい。空いている席にどうぞ。」


男は店内を見渡した後、レオの隣に座り込んだ。レオは横目で隣に座った男を見ると、男の表情は無という言葉に相応しく、目は光の無い虚ろな瞳をしていた。

すると、レオが頼んでいた飲み物が届き、レオはそれを一口飲み込んだ。飲み物の味は酷い物で、不快な苦みが口いっぱいに広がる。


「随分険しい顔で。」


レオの飲んでいる所を見ていた男は、さっきまでの無表情から打って変わり、ニッコリと笑みを浮かべてレオに話しかけてきた。


「気分を変えようと最悪な物を頼んだんだ。ああ、想像以上に最悪だ。」

「それは気になる。すみません、こっちにも彼と同じ物を。」


男はレオと同じ物を頼み、差し出された飲み物を一口飲み込んだ。


「・・・確かに、これは想像以上だ。」


飲み物の味に苦笑いを浮かべる男を見て、始めは不審に思っていた男をただの変人だと思い込んだレオは、男に鼻で笑って返した。


「この街、ロンド?でしたっけ?中々いい街ですね。」

「あら?この街は初めて?」

「ええ。」

「旅行?それとも仕事で?」

「両方ですかね?実は人を探していまして・・・シェリル、という方をご存じで。」


シェリルという言葉に反応した二人。その反応を見て男はフッと笑みを溢す。


「お前、シェリルに何の用だ?」

「彼女はどこにいるんですか?」


男はレオの言葉を聞き流し、もう一度レディにシェリルについて聞いてくる。レディは男から感じる殺気に似た嫌な感覚に、手元にあったアイスピックを男に気付かれないように取り、後ろに隠す。


「おかしいな、ここに来れば彼女に会えると聞いたんですが・・・。」

「誰から聞いた?」

「隣街の厄介屋からですよ。そこはあなた達のように優しく迎えてはくれませんでしたけどね。」


男の隠されていた殺気が店中に広がり、レオは急いで男から離れようと席を立った。

すると、男はレオに拳銃を向け、引き金を引く。弾丸はレオの頬を掠め、もう一度引き金を引こうとする男にレディがアイスピックを投げつけた。

アイスピックは男の拳銃に当たり、手から弾かれた拳銃は店の隅にまで転がり、武器を失った男にレオが体当たりを仕掛けた。

壁にまで押された男はレオの腹部に膝蹴りをし、自分の前から押し出すと、パンチの連撃を浴びせる。

男はレオがふらついている内に、隅に飛んでいった拳銃を取りに行こうとしたが、ナイフを手に襲い掛かってきたレディが前に立ち塞がり、急所を狙ってナイフを突いてくる。


「おっと。」


男は冷静に捌いていき、レディの手からナイフを奪い、庇い締めにしてレディの首元にナイフを突きつける。

フラフラと起き上がったレオは、レディが人質にされているのを見て、動けずにいた。


「いきなり拳銃を撃ったのは悪かった謝ろう。だがあんたらもすぐにシェリルの居場所を喋らなかったのも悪いんだぞ?」

「レオ・・・!」

「くそっ・・・悪いが、俺達もシェリルの居場所が分からないんだ!だからレディを離せ!」

「連絡先くらい知ってるだろ?電話を掛けろ。そうしないと、この女の首に穴が開くぞ?」


男に言われるがまま、レオは携帯を取り出し、シェリルに電話を掛ける。コール音が何度も鳴り続け、シェリルがようやく電話に出た。


『どうした?』

「シェリル・・・お前に会いに来た奴がいるんだが・・・変わるぞ。」


電話を男に投げ渡し、男はアイスピックを腰に隠して電話を耳に当てた。


「よう、シェリル。元気だったか?」

『・・・ネムレスか。』

「おいおい!もっと喜んでくれよ!久しぶりの再会だぞ?まぁ、電話越しだがな。」

『何の用だ?』

「実はな、最近俺に新しい友達が出来たんだ。そいつらは俺達人間を見下してるクソ野郎なんだが、そいつらにある提案をしたんだ。この世界をお前達にくれてやるってな。」

『勝手にお前が決めんな。』

「これから面白い事が起きる。その前にお前に挨拶でもしようと思ったが、当の本人はどこに行ってもいないときたもんだ。お陰で無駄な死人が増えちまっただろ。」

『知るか。今すぐてめぇをぶっ飛ばしてやるから待ってろ。』

「ああいいだろう。だが早く来た方が良い、お前の知り合いの血が流れる前にな。」

『心配するな、もう着く。』


その時、店の扉が勢いよく吹き飛び、店に入ってきたシェリルはネムレスに向かって飛び蹴りで吹っ飛ばした。

吹き飛ばされたネムレスは空中で回転し、椅子に座り込んで机に脚を上げた。拘束から解かれたレディはレオの元へ駆け寄り、シェリルは二人を店の奥に行くように指示する。

店内に残されたシェリルとネムレスはお互いを睨みつけ、お互い次の行動を探り合っていた。


「久しぶりだな、シェリル。アイザは元気か?」

「あの子は出ていったよ。」

「それは気の毒に。」

「お前、何をやらかすつもりだ?」

「言っただろう?この退屈な世界を面白くしてやるのさ!恐怖、快楽、殺戮に溢れた世界にな。」

「その前にお前を殺してやる。」

「悪いが、もう遅い。久しぶりにお前の顔を見れて良かったよ・・・また会おう。」


すると、外から大きな爆発音が響き、シェリルは一瞬外の方へ視線を向けてしまう。その隙にネムレスは机をシェリルに蹴り飛ばし、シェリルは飛んできた机を剣で斬り裂くと、目の前には既にネムレスの姿はなかった。


「ちっ・・・一体何を起こす気だ?」

「シェリル、大丈夫!?」


奥から出て来たレディがシェリルに駆け寄ってきた。その後に刀を持って出てきたレオはシェリルの横を通り過ぎ、外へ出ていく。


「シェリル、外に来てみろ!」


外から自分を呼ぶレオの声を聞き、シェリルは外へ出ていく。外へ出てみると、遠くに見える議会の建物から火が燃え上がっており、そこから大量の変異体が出てきた。


「ネムレスめ・・・派手な事しやがる!」

「まずいぞ、議会が落ちたとなれば、変異体を対処出来る連中がいなくなる。」

「いるじゃねぇか、ここに二人。」

「・・・そうだな。レディ、お前はケイの街に避難しろ。あいつなら任せられる。」

「分かったわ。二人共、気を付けて。」


レディは二人にここを任せ、ケイが住むカインスローブへと向かった。レディが去っていったのを見送ったシェリルとレオは剣を引き抜き、燃え上がる議会の建物へ向かう。


「いつ振りだ?あんたが変異体を狩るのなんて。」

「年を取ったが、今でも刀を振れるさ。お前はどうだ?」

「絶好調さ。さっきみたいな格好悪い姿は見せるなよ?」

「ふっ、努力するさ。」

「さぁ、お仕事といこうか!」





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