ルミナスの花
夢乃間
1章 芽生え
第1話
「zzz。」
ぐちゃぐちゃになった毛布を抱いて眠っていると、部屋の扉からアイザを呼ぶ声が聞こえてくる。
「アイザ!朝よ!」
「・・・う~ん、うるさい・・・まだ眠い。」
「もう!入るわよ!」
「・・・あ~、もう。勝手に入って来ないでよ~。」
寝起きの頭に響く母の声から身を守ろうと毛布をかぶり、丸まる。
「とっくに日が昇ってるのよ!いい加減起きなさい!」
中々起きないアイザに痺れを切らし、無理矢理毛布を剥ぎ、アイザの体を激しく揺らした。
「わわわ!揺らさないでよー!」
「ほら、目が覚めたでしょう。早く下にいらっしゃい。」
「はぁ・・・分かった。」
寝起きの体を目一杯に伸ばし、ふらふらとした足取りで下へ降りていく。
「お!ようやく起きたなアイザ!」
「あ、おはよ~、お父さん。」
朝から眩しいほどに元気な父親に、あくびをしながら挨拶を交わす。席に座ると、母親がアイザの朝食を前に置き、父親の隣に母親が座る。
「それじゃ!アイザも来たことだし!いただきます!」
「いただきます。」
「いただきまーす。」
手を合わせて挨拶を交わし、朝食を食べ始める3人。まだ眠気が覚めていないのか、アイザの食事が進む速さは、他の二人に比べて異様に遅かった。
「いつも言ってるけど、別に私を待たなくていいのに。」
「何言ってんのよ。ご飯は家族みんなで一緒に食べるものよ。」
「そうだぞー!ご飯は皆で楽しくだ!」
「分かったから、お父さん食べながら話さないで。」
「はは!悪い悪い!」
簡素な会話を交えつつ、朝食を終えたアイザは顔を洗いに行く。洗っていると、母親がアイザに話しかけてくる。
「アイザ。この後、教会に行くからね。」
「え~!何で教会なんかに。」
「今日は神祭なんだから、皆でお祈りをしに行くのよ。」
「お祈りなんて家でやればいいじゃん。」
「駄目よ!一年に一度の特別な日なんだから、街のみんなで教会に行ってお祈りするのよ?」
「はぁ。分かったよ。先に行ってて、後で行くから。」
「そう言って、また来ないつもり?」
「ちゃんと行くよ。ほら、お父さんと一緒に行って来たら?」
「分かったわ。それじゃあ、後でちゃんと来なさいね。」
アイザを残し、母親と父親が先に教会へと向かった。アイザは服を着替え、行きたくないのを我慢しつつドアを開き、外へ出る。
教会は2、3kmほど離れた場所にあり、周囲の住人の姿が見えない事から、みんなすでに教会へと向かっているようだった。
「はぁ・・・顔出して直ぐに帰ろ。」
サボろうとは考えたが、サボった事がバレた時の母親に説教されるのを想像し、嫌々ながら教会へ歩き出す。
神祭は神に一年に一回、感謝の祈りを捧げる行事で、村の住人にとっては大切な事だったが、神を信じないアイザにとって、祈りを捧げる時間が退屈で仕方がなかった。
教会へと向かう途中、二つの分かれ道があった。右は教会へ進む道。左は立ち入り禁止区域へと進む道。
「あれ?どっちに行けば教会だっけ?えーと。確か右が教会で、左が禁止区域だっけ?・・・いや待てよ。左が教会で、右が禁止区域だったか?う~ん・・・左へ行こう!」
何故か教会への道を忘れてしまっていたアイザは、分かれ道の左へ進んでいく。道を進んでいく程、木々が生い茂ってきて、内心おかしいと感じたが、前へ進む足が止まる事はなかった。
進んでいくと、開けた場所に辿り着き、そこには辺り一面に銀色に輝く花が咲いていた。
「わぁ、凄い!こんなところがあったんだ!」
アイザは花の中へ走り出し、生えている花を見つめる。花びらは太陽の日に照らされ、眩く輝いていた。
「綺麗。この花って確か、ルミナスだったかな?人工的
に育てることが不可能で、少しの衝撃で花が散っていくんだよね。入手するのが困難って言ってたけど、こんなにいっぱいあるなんて!」
そっと優しくルミナスの花に手で触れ、花びらのガラスのようにツルツルとした手触りを感じながら目の前で眺める。
「花びらがまるでガラスみたい。ルミナスの花言葉って確か・・・。」
「君も好きなのかい?」
後ろから声が聞こえ、アイザが振り向くと、そこには黒いコートを着た灰色の髪の女性が立っていた。
「え?あ、あの・・・どちら様ですか?」
「ここの花の管理人。」
「え!あ、あの!勝手に入ってすみません!」
慌てて女性へ謝りながら頭を何度も下げる。すると、アイザの慌てた姿を見た女性はニッコリと笑った。
「ふふ、冗談。」
「へ?」
「ごめんね。あんまりにも熱心に花を見てたもんでね。」
「そ、そうだったんですか!・・・よかったー。」
「けど、ここで一人で何をしているの?ここは禁止区域内だよ。」
「え!ここ禁止区域内だったんですか!」
「知らなかったの?」
「いやぁ、どうやら道を間違えちゃったみたいで・・・あなたはどうしてここに?」
「私はね、ここのルミナスの花を見に来たんだ。私の友人にね、色んな情報を持った奴がいて、そいつから教えてもらったんだ。」
「へぇー。物知りな友人さんですね。」
「まぁ、たまに偽の情報な時もあるから、あんまり期待してなかったけど・・・綺麗だ。」
「・・・はい。」
そう言う彼女の横顔が、花よりも綺麗で、儚く、アイザは思わず見惚れてしまう。
「さぁ。長居したいのは山々だけど。あまりここに長居するのは良くない。君はどこに向かうつもりだったの?」
「教会に向かうつもりでした。」
「じゃあ。近くまで送るよ。」
「ありがとうございます。えーと、お名前は?」
「私はシェリル。君は?」
「私はアイザ。道案内お願いします。シェリルさん。」
自己紹介を交え、アイザとシェリルはルミナスの花畑から去り、教会へと向かった。
その頃、アイザの母親と父親が教会の列に座りながら、アイザの到着を待っていた。しかし、一向に来る気配がないアイザに母親は次第に怒りがわいてきていた。
「まったく!やっぱりあの子ったら来ないつもりね!」
「ははは!まぁ母さん、いつもの事なんだしもう諦めたらどうだ?」
腹を立てた妻を諭すが、一向に機嫌は良くならない。
「全く。帰ったらたっぷり叱らないとね!」
すると、奥の部屋から神父が出てきた。その後、座っていた村の住人達は席から立ち上がり、挨拶を交わす。
「皆さん。おはよう。」
「「「おはようございます。」」」
「今日この日を祝福しましょう。我々の主である神の・・・。」
そこへ神父の話を遮るように、教会の扉が開いた。教会の中にいる全ての人が振り向き、視線の先にいたのはドアの前に立つ一人の毛が無い色白の女。
「何の御用でしょう?」
神父が女に尋ねると、女はにっこりと笑い、教会の扉をゆっくりと閉じた。
一方その頃、次第に仲が進展していたアイザとシェリルは歩きながら、自分達の事を紹介しあっていた。
「へー、まだ16歳なんだ。」
「はい。シェリルさんは?」
「私は24だよ。」
「シェリルさんの髪の色って染めてるんですか?」
「いや、これは昔からだよ。染めるのも面倒だし、このままにしてるんだ。灰色なんて変だよね?」
「いえ!とってもかっこいいです!私の髪は真っ黒で、この色のせいで暗い女の子だと思われがちで。」
自分の髪をいじっていると、シェリルの手がアイザの髪にそっと触れてくる。当然アイザの胸の奥はドキドキで忙しくなり、興奮までし始めていた。
「そうかな?私はいいと思うけど。それにアイザさんは明るい子だと思うけどなぁ~。」
「え!あ、あの・・・ありがとう、ございます。」
「あ、戻ってきたよ。」
「え・・・?」
楽しい時はあっという間で、二人は別れ道に戻ってきていた。
「ほら。ここを右に真っ直ぐに行けば教会に着くから。」
「はい、ありがとうございます!ここまで案内してくれて。」
「いいんだよ。それじゃ、私はここで。」
再び禁止区域に戻っていくシェリルの背中を見つめていたアイザは咄嗟にシェリルの名を呼びかける。
「あ、あの!」
アイザの呼びかけに足を止め、後ろを振り返ったシェリル。
「また、会いましょう。」
「・・・うん。またね。」
そう言うシェリルの表情はどこか悲しげであった。アイザは戻っていくシェリルの姿を見えなくなるまで見送り、シェリルの姿が見えなくなると、顔を手で隠しながらその場にしゃがみ込む。
(あーー!!!めっちゃドキドキした!シェリルさんは女の人なのに!女の人なのに!)
「・・・また、会えるかな~。」
口元が自然と緩んでしまい、にやけてしまうアイザだったが、自分が向かうべき場所を思い出し、一気に表情が固まった。
「あ!早く教会に行かなきゃ!お母さんに怒られる~!」
右の道を我武者羅に走って行き、母親に怒られる恐怖でビビりながらも、必死に走り続けた。
教会に辿り着き、乱れた息を整えた後に、教会の扉を開く。
しかし、妙なことに教会の中には人影ひとつなかった。
「え?あれ?」
おかしいと思いつつ、教会の中へと入る。
(誰もいない。もう終わったのかな?でも、来る途中、
誰にもすれ違わなかったしなー?)
辺りを見渡しながら、他に人がいないか呼びかける。
「あのー。誰かいますか?お祈りに遅れてしまってごめんなさい!」
しかし、返事が返ってくることはなかった。諦めて帰ろうと振り返ると、そこにはいつの間にか神父が立っていた。
「きゃっ!」
自分の真後ろに立っていた神父に驚いてしまい、思わず声を出してしまう。
「びっくりした・・・あのー、神父さん?みんなはどこに?」
「・・・。」
「あ、あのー?」
神父は口をぱっくりと開き、虚ろな瞳でどこか遠くの方を見ていた。
「大丈夫ですか?なんだか、おかしいですよ?」
すると、ポツンと上から肩に水滴が落ちる。
「え?何?」
水滴が落ちた服の肩の部分を引っ張ってみると、赤いシミが出来ていた。
「っ!?」
恐る恐る上を見上げると、そこには顔をえぐられた男が蜘蛛の糸のような物でぐるぐるに巻かれ、吊るされていた。それも一人だけでなく、何十人もの人間が同じように吊るされていた。
「あ、ああ・・・み、みんなが・・・!」
すると一人の男の体が激しく揺れ始める。それに続くように、次々と他の人達も同様に激しく揺れ始めた。
「ひっ!し、神父さん!」
視線を戻して神父に状況を聞こうとしたが、目の前の神父も同様に激しく体を揺らしていた。不可解な光景を目にしたアイザは腰を抜かし、その場に座り込んでしまう。
すると突然、先程まで揺れていた体がピタッと止まった。動きが止まった神父の体に切れ込みが入り、中の臓器と共に大きな肉の塊が流れ出てくる。
「う!うおぇぇぇぇ!!!」
流れ出てきた臓器を目の前にし、たまらず嘔吐するアイザ。
「げほっ!げほっ!う、はぁはぁ・・・!」
息を整えようと必死に自分を落ち着かせる。しかし、上にぶら下がっていた者達も神父のように切れ込みが入り、中から臓器や肉の塊が流れ出てくる。
「ひっ!た、助けて・・・だ、誰か・・・たす・・助けて・・・。」
自分の身を丸めながら、しきりに助けを求める。
上から降ってくる血の雨の音に混じって、臓器と共に体から流れ出た肉の塊がグチュグチュと音を立てながら変化し始める。初めに蜘蛛の足に似た8本の足が生え、正面に吸盤のような口が出来、全身に目が浮き出てくる。
「ぁ、ぁぁぁ。」
無数の目がアイザを見つめ、吸盤のような口から鋭く尖った無数の歯をアイザに近付けてきた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
アイザの恐怖が絶頂に達し、大きな叫び声を上げた。
その時、アイザの前にいた化け物に銀のナイフが刺さり、化け物はしばらく苦しんだ後、動かなくなった。
「え?」
銀のナイフを投げた者がアイザの元へ駆け寄る。
「い、いや!来ないで!」
「落ち着いてアイザ!私だよ!」
「・・・シェリル、さん?」
アイザの窮地を救った人物は、先程ルミナスの花畑で会ったシェリルであった。
「なんでここに?」
「そんなことは後!今はここから逃げるよ!」
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