生と死を分かつ基準なんてわかりっこない!

ちびまるフォイ

あなたが最も死を冒涜している

「たかし……妹を大事にするんだぞ……」


「父さん……!? 父さーーん!!」


医者の到着を待たずして父親の心電図はまっすぐになった。

コールに呼び出されてやってきた医者が遅れてかけつける。


「どうしましたか!?」


「もう遅いですよ……父さんは……死にました」



「……死、とは?」


「え?」


「だから死んだんですよ! 心電図もピーってなってるでしょう!?」


「ええ、そうですが……心電図は心臓の電気信号をモニターしたもので

 あなたのいう"死"というものとなんの関係が?」


「心臓が動いていないんですよ!? 死んでいるでしょうが!」


「その死って一体何ですか? あなたは一体何を言ってるんですか」


「こっちのセリフだ!!」


けれど医者の後ろについている看護師も「なんだこの意味不明な見舞客は」という顔をしている。


「まさか……死を理解できてないのか……!?」


医者だけでなく他の人に"死"を訪ねても誰ひとりわかっていなかった。


「し? 知っているよ。数字の3の次のやつだろう?」

「そうじゃなくて!!」


ネットで探しても「死」はなくなっていた。

この世界のどこにも死の情報は消えてしまっている。


結局、病院からはモンスター家族の扱いを受けて追い出された。


翌日に病院へ向かうと病室はひどい匂いだった。


「ぐっ……なんだこの匂い……!」


異臭の先には父親の遺体があった。

暑さと湿気でものすごいウジやハエが湧いている。


「ひどい……死んだから体の老廃物も出せなくなってるんだ……」


病室の異臭騒ぎを聞き及んだのかまた医者がやってきた。

呆れた顔でこちらを見た。


「またあなたですか」


「もういい加減に父を火葬してください!

 これ以上放置されたらますます傷んでかわいそうですよ!」


「火葬!? まさか、まだ生きているかもしれないのに火あぶりにするんですか!?」


「いやだから死んでいるんですよ! 心臓が止まってるんですって!」


「心臓が止まっていても生き返った人はいくらでもいます」


「だったら瞳孔反射を確かめますよ! ほら! ほらほらほら!!」


父親のまぶたをこじあけ、スマホのカメラのライトを照らした。

黒い瞳は大きくも小さくもならなかった。


「見てください! この通りなんの反応もないんですよ!」


「はぁ……それが"死"の証明になるんですか?」


「はい!?」


「心臓が止まっても、目の瞳に反応がなくても生きているかもしれないでしょう。

 だいたい"死"ってなんですか。それを確かめてなんになるんですか」


「それは……」


「私たち医者は患者さんを1日でも長生きさせようと頑張っているんです。

 なのにあなたときたら"死んでいる"とかわけわからないことをいい続けて困らせている。

 私たちは今のあなたの父親を蘇らそうとしているんですよ!」


医者は俺を押しのけて死んだ父親の体に電極パッドを取り付ける。

バチンバチンと何度も電流を送っては心臓の再鼓動をうながしている。


「や、やめてくれ……」


電流を流されるたびに父親の体は勢いよく跳ね上がり、

力のない人形のようにぐったりと倒れる。


電気で肉がこげる匂いが広がり、父親の体はますます傷んでいく。

眠っているようだった父親の体がどんどん肉塊へと変えられてゆく。


「やめろぉぉーー!!」


病院の外から持ち込んだ鎌のようなハサミで父親の首を落とした。


「なにをするんです!?」


医者は驚きのあまり目を見開いた。


「ここまでしてまだ生きているっていうのか!

 これが"死"だ! とても生きていられない状況が死なんだよ!」


首を落とされて生きている人間はいない。

それはたとえ"死"の概念が失われたこの世界でも同じことだった。


「これが……死……!」


「理解してもらえましたか」


「はい……あなたの父親は間違いなく生きてはいないでしょう……」


「よかった。それじゃ早く火葬してあげてください」


しかし医者は腑に落ちない顔で尋ねてきた。



「では、何をもって私達は生きていると言えるのでしょう」



「は?」


「生きていない状態が"死"であるなら、

 私たちはすでに"死"かもしれない。そうでしょう」


「えっと……?」


「私は生きていると思いこんでいるが、実は死んでいるのに巧妙に生きているふりをしているかもしれない。

 なにをもって生きていると言えて、誰が死んでいると認定できるのですか」


「……生と死の判断基準がほしい、と」


俺はいましがた首を落としたハサミの口を開けて医者の前に構えた。


「お前も首を落とされたいか?」


「ひいい!? や、やめてください! なんでもお手伝いしますぅ!!!」



「死んでるやつは命乞いしない」


父親は丁重に埋葬された。

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