第9話 元主人公の挫折1
バン! バン! バン! バン!
辺りが真っ暗になったグランドの片隅でボールの音が響き渡る。
俺は一心不乱にいつもの壁当て練習をしていた。あのレギュラー発表が終わって、部活が終了してからずっとだ。
とにかく俺は何かしていたかった。勉強でも練習でもとにかく何か取り組んでいたかった。そうでもしないと今日の出来事のことばかり考えてしまうからだ。
しかし、そんな思いとは裏腹にどんどん思考の沼にハマっていく。
「こーくん!」
俺は今まで、とにかく沢山努力すれば例え才能のある奴にだって勝てると思っていた。現に今までは努力でテストで一位をとったり、部活でエースになったりしていた。
「こーくん!!!」
しかし、そんな結果は紛い物だった。本物の才能を前にしたら結局俺の努力なんて無駄だったんじゃないか。俺は井の中の蛙だったのではないか。そんな考えが浮かんだ時だった。
「もうやめて!!!」
背中に優しい衝撃と暖かい温もりを感じた。沙耶姉が後ろから抱きついてきたのだ。俺を動きを止めようと力いっぱい抱きしめているが、いつも鍛えてる俺からしたら簡単にふりほどける程の力だ。
しかし、俺はふりほどくことが出来ずにいた。
「こーくん、手怪我してる!」
「あ……」
気付かなかった。ボールの投げすぎで手の指の皮が剥けている。ボールと壁が真っ赤に染まっていて一種のホラーになっている。
「エース奪われて悔しいのは分かるよ!でも、それで無理してこーくんが壊れちゃったら元も子もないじゃん!」
「沙耶姉……」
沙耶姉はそう言うと、俺を水道のあるところまで強引に引っ張り、血を洗い流した。
「いたっ」
「がまんしなさい」
そして鞄から包帯を取り出し俺の手に巻き付けていった。しばらく無言で治療していた沙耶姉が悲しそうに俺に優しく問いかけた。
「……なんでこーくんはそうやっていつもいつも無理ばかりするの?」
「……無理しないと勝てないからだよ」
「別に勝たなくてもいいじゃない、こーくんはこーくんだよ」
「……」
こーくんはこーくんだよ……か。
懐かしいな。中学生の頃この言葉に救われたよな。あの時の沙耶姉も俺に諦めてほしかったのかな…。
「はいっ!終わりっ!帰るよっ!」
「いたいって」
「ふふっ」
昔のことを思い出していると治療が終わり、沙耶姉は俺の手を叩いて明るい声でそう言った。
本当はまだまだ練習したかったが、せっかく治療してくれたのにすぐにダメするのは流石に申し訳ないと思い、帰ることにした。
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沙耶姉と別れるとき、いつもの如く無理しないように注意されたがそんなこともお構いなく勉強に取り掛かった。
そうだ、エースを奪われただけじゃなく、一位も奪われたのだ。のんきに寝ていることなんてできるわけがない。
沙耶姉は勝たなくてもいいじゃないと言っていたが、そんなの考えられない。諦めたら俺が俺でなくなる。そんな気がするのだ。いや、絶対そうなる。
俺の十数年という努力を否定することになるのだ、当たり前のことだ。
しかし、俺は神崎に勝つことが出来るのだろうか。神崎、テストでは満点近い結果を叩き出し、部活では入部して一か月半でエースに躍り出た、まさしく本物主人公と言える奴だ。
俺が数年かかって手に入れた地位を一瞬で掻っ攫っていったのだ。あと何年努力すれば追いつけるのだろうか。
神崎自身も成長してるんだ、もしかしたら永遠に追いつけないかもしれない。
そんなことを思いながら勉強をし続けて夜が更けていった。
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ピンポーン!
家のチャイムが鳴る。気づいたら部活の朝練の時間だった。恐らく沙耶姉だ。いつもの時間になっても来ない俺を心配してきてくれたのだろう。
ちなみに両親はまだ寝ている。いつも遅くまで働いているのでしょうがない。疲れているのかチャイムぐらいじゃ全然起きない。
沙耶姉もそのことを知っているので、気にせずチャイムを鳴らしている。
俺は急いで支度して玄関に向かった。
「ごめん沙耶姉、遅くなった」
「昨日遅くまで練習したんだもん、しょうが…」
俺の様子を見て、沙耶姉の言葉が止まった。どうしたんだ?何かおかしなことしたかな?そんなことを思っていると
「こーくん!今日はお休みしたほうがいいよ!」
沙耶姉が血相を変えてそう言ってきた。
「え、なんで?」
「また無茶したんでしょ、凄い顔色悪いもん」
「嫌だ、授業に遅れる」
俺は絶対に休みたくなかった。休んだ分だけ神崎に置いて行かれる気がしたのだ。
そんな俺の様子を感じ取ったのか沙耶姉は諦めたように代替案を出してきた。
「はぁ~、じゃあ朝練は休んでね、この手じゃ練習あまりできないでしょう?」
「む、確かにそうだ」
「あとせめて登校時間までは寝よう?」
そう言って強引に家に入ってきて俺をリビングのソファーの上に座った。そして、俺を招き寄せると俺の頭を自分の膝の上に持ってきて寝かしつけようとした。
「恥ずかしいって沙耶姉」
「こうでもしないと寝ないでしょ?」
「……」
何もかも思考を読まれた俺は恥ずかしくなり、目を閉じた。目を閉じたら、余程疲れていたのか俺は一瞬で意識を手放してしまった。
「こーくん……無理しないで……」
沙耶姉の悲痛な声が聞こえた気がした。
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登校時間なって沙耶姉に起こされた俺は沙耶姉に支えられながら登校していた。
多少寝たおかげて良くなったが、たまにふらつくのだ。俺がふらつくたびに沙耶姉は「やっぱり休もう」と言ってくれるが、俺はかたくなに拒否した。
部活については俺が寝ているうちに沙耶姉が監督に連絡してくれたそうで、特に問題なかったそうだ。
そうやって学校についた俺だったが、いつもより周りから視線を感じることに気が付いた。俺自身、今まで学年一位だったり、エースだったりで注目されることはあったがここまで注目されることはなかった。しかも、俺にとって嫌な視線だった。そう、昨日のテスト結果のときような視線を感じる。
「沙耶姉、ここからは俺一人で大丈夫だ」
そう言って沙耶姉とは別れて教室に向かった。依然として視線を感じるが無視することにした。
教室の前に着くとクラスメイトの話し声が聞こえてきた。
「佐藤の奴、昨日テスト結果に続き、エースも神崎に奪われたそうだぜ」
「まじかよ、あいついつも勉強とか練習してるくせに負けたのかよ」
「やっぱり、本物の天才には敵わないってことか」
俺は教室の扉を開けることが出来ずに固まってしまう。手が震えてきた。心臓がバクバクしている。
あいつらは何を言ってるんだ?
俺が神崎に敵わない?天才には勝てない?
よくよく耳を澄ませて見ると、教室以外からもヒソヒソと声が聞こえる。
「やっぱり努力だけじゃ、才能がある奴には敵わないのか」
「結局努力するだけ無駄ってことか」
「凡人は凡人らしくするのが一番」
そんな声が聞こえた気がした。
例え言ってなくても目がそう訴えている。
俺は俺自身が否定された気がしてきた。
昨日の勉強中、俺が俺自身を否定することは考えられないと思っていたが、まさか周りから否定されるとは……。
しかも、そのことがこんなにも苦しいなんて……。
「くっ」
俺は耐えきれずに駆けだした。
「あ、佐藤どうし……」
途中、登校してきた柊が俺を呼び止めたが、立ち止まることなく更に駆けだした。柊に俺の醜態を見せるのが恥ずかしかったのだ。
授業に出る気が失せた俺は、取り合えず屋上に向かうことにした。何故かというと一人になれるところで授業をサボる場所と言えば屋上だと相場が決まっているからだ。
俺は階段を駆け上がり、屋上へ続く扉を開けようした。
ーガチャガチャ
「くそっ、屋上の扉ぐらい開けとけよっ」
もちろん、鍵がかかっていた。今どきの高校は事故を防ぐため屋上を閉鎖してるところが多い。
せめて悲劇の主人公気分に浸らせてくれてもいいじゃないか、そう思いながら膝から崩れ落ちた。
「やっぱり俺には主人公は似合わないのか」
そんな俺のつぶやきが誰もいない階段に空しく響き渡った。
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