映画好きの集まるバーの店内、スクリーンで上映される映画を観る常連の女性客と、彼女のことを気にする店員さんのお話。
タイトルは『short short』ですが、本作自体がいわゆるショートショート的な作品というわけではありません。少なくともよく見かける用法でのそれ、「不思議な要素のある捻りの効いた小話」といったような作品ではなく、でも単に『ごく短い掌編』という意味のショートショートではあるかもしれません。
お話の筋はいたって簡潔——では全然ないのですけれど、でも作中で起きている事柄というか、場面そのものはとてもシンプルであるように思います。映画観賞のできるバー、美人の常連客、どこか高嶺の花のようだったその女性と、でもたまたま会話する機会を得た主人公(店員さん)。対話の内容は当然映画のことで、それもまさに店内で上映されているフランス映画のお話が主。と、ものすごく大雑把にまとめるとこのような筋なのですが、その中で揺れ動く思惑というか見えない本音というか、常連客さんのどこか浮世離れした存在感が魅力的なお話です。
ある意味では主人公のおかげというか、こんな店で働いているわりに全然映画のことを知らない、店員さんの目線で見ているから、というのもあるのですけれど。肝は常連の彼女の言葉や返答、そこから考えやその意図するところの読みづらいところ。それを読者としてもついつい探ろうとするというか、あるいは本気で考えちゃうというか、その過程で(というかこの過程に至っている時点で)完全に主人公と同化していました。彼(主人公)自身はどうも目的が不純というか、彼女が美人だからということで必死にお近づきになろうとしている様子ですけど、そうでなくてもなんだか気になってしまう。こんな店の常連なのに、はっきり映画好きと言い切らない理由は果たして?
以下はたぶんネタバレになりますのでご注意ください。
微妙なすれ違いっぷり、というとたぶん言い過ぎなのですけれど、でも絵的にはちょっと素敵な出会いのようで、でも同時に(深刻なものではないとはいえ)不安が残りまくるのが好きです。だってこの主人公、本当に容姿しか見てない……いやこの目線もそれはそれで好きというか、本当に彼女に参ってるんだなというのが伝わって楽しいのですけれど。反面、彼女の望むものを想像すると「大丈夫か?」となる、この感じがなんだか楽しいです。
たぶんなにがしかのズレはありそうで、でもそれがちょうどうまくいっているようにも解釈できる感じ。語弊を厭わず言うのなら、この主人公のいまいちあてにならなさそうな感じと、彼女に依然として残る謎めいた雰囲気が好き。なんとも絶妙な距離感というか、人物造形とその関係の、しっとりと落ち着いた手触りがとても綺麗です。
なお、作中に登場する映画は実在のものとのことで、試しに検索してみたらなんだか面白そうでした。作中に出てくる固有名詞というか、名前的なものがこれだけなのが象徴的で楽しいです。いや作中どころか作品の外でさえ。よくよく考えたらタイトルも筆者名も実質存在しない(※自分が読んだ時点では)。どこか象徴的なものを感じさせながら、でもしっかり現実的な場面を描いてみせる、綺麗で落ち着いた雰囲気の小品でした。