バレンタインのラブレター

無月弟(無月蒼)

下駄箱に入ったラブレター

 おそらく今日は、一年で一番恋の神さまが大忙しになる特別な日。二月十四日バレンタイン。


 最近は友チョコが主流になってるけど、それでももしかしたら気になるあの子から本命チョコを貰えるんじゃないかと、男子はソワソワ。勇気を出して大好きなあの人に告白しようと頑張る女子だって、少なからずいる。それがバレンタイン。


 だけど、さすがにこれは想定外。

 教室に入るなり僕の前に現れたのは、赤い顔をした同じクラスの男子生徒、スグルだった。


「な、なあアキラ。お前に大事な話があるんだけど、聞いてくれるか」


 まるで何かを隠すように両手を後ろに回して、変にモジモジとしているスグル。

 普段は力強いスポーツマンと言った印象の彼だけど、今の熱を帯びた目は、まるで恋する乙女のようで……。


 いやいや待て待て。まさかとは思うけどコイツ、僕にチョコレートを渡す気じゃないだろうな? 17年生きてきた中で、バレンタインに男子からチョコレートを貰うなんて、前代未聞だぞ。

 だけどそんな困惑する僕をよそに、アキラは後ろに回していた手を前に差し出してくる。そして。


「今日登校したら、下駄箱にこんな物が入っていたんだ。なあ、どうすればいいと思う⁉」


 彼の手の中にあったのはチョコレートではなく……手紙? 

 可愛らしい淡いピンク色をした封筒が、力強く握られていた。


「何さそれ?」

「いや、だからな。俺の下駄箱にこの手紙が入っていて……とにかくまずは読んでみてくれ!」


 とりあえず、僕が彼からチョコレートを貰って告白されるなんて言う衝撃展開にはならなかったけど、下駄箱に手紙ねえ。

 何となく想像がついたけど、とりあえず受け取って読んでみた。


『突然のお手紙ごめんなさい。私は一年四組の、牧野カレンって言います。

私はずっと前から、先輩の事が好きでした。バスケットボールを追いかけてコートを走る姿を見たあの日から、ずっと先輩に憧れていました。

いきなりこんな事を言って、困らせてしまうかもしれません。だけどこの気持ちを伝えたくて、手紙を書きました。

もしも迷惑でなければ、今日の放課後、屋上に来てもらえないでしょうか。どうしても渡したい物があるのです。

ずっと、待っています』


 ……うん、思った通り。これは間違い無くラブレターだ。

 下駄箱にラブレターって、今どきそんな古風な事をする人がいるんだな。なんてことを考えながら顔を上げると、スグルはニヘラーと、実にだらしない顔をして笑っている。それはもうムカつくくらいに。

 コイツ、いくらなんでもニヤケすぎだろ。


「スグルがラブレターを貰うなんてねえ。しかも、牧野カレンさんってたしか」

「そう、お前も知ってるよな。よくバスケ部の練習を見学に来てる、あの可愛い一年の女の子だよ!」


 僕もスグルもバスケ部。放課後になると、練習の様子を見に来る子が何人かいるけど、その中でも牧野カレンさんは目立つ存在だった。

 フワフワとした綺麗な髪に、愛嬌のある可愛らしい顔。そういえばスグルも何度か、可愛い子がいるって言ってたっけ。だけど。


「……良かったね、オメデトー。バレンタインに彼女ができるなんて、サイコーダネー」


 一応祝福の言葉は言ったけど、自分でも分かるくらい、その声は冷めていた。

 正直に言おう。僕はこれっぽっちも喜んでいなければ、祝おうという気も全くなかった。

 

 スグルに彼女ぉ? しかもあんな可愛い子が彼女だなんて、どうかしている。今の僕の中にあるのは、祝福の気持ちじゃなくてひがみだ。

 あーあ、面白くないなあ。何でよりによってスグルなんだよ。男なんて、もっとたくさんいるだろう。


 もしも二人が付き合いだして、目の前で惚気出してみろ。顔面にパンチをしたくなるのを、我慢できる自信がない。


 だけどスグルはそんな僕の本心に気づいていないのか、照れたような困ったような顔をしてくる。


「よ、よせよ。まだそうなるって決まったわけじゃないだろ。なあ、俺はこのまま、牧野さんと付き合ってもいいと思うか?」

「何言ってんだ。さっきだらしなく笑ってたのは誰だよ。可愛い彼女ができて、何が不満なわけ?」


 リア充め、彼女でも何でも勝手に作れば良いだろ。だけどスグルは急に真剣な顔をして、意外な事を言い出した。


「そりゃあそうなんだけどさ。けど、俺は言うほど、牧野さんの事をしらないからなあ。よく知りもしないのに簡単に決めたりしたら、失礼だろ」


 ん、まあ確かに。


「そう言うこと、ちゃんと考えてるんだね。なんか意外」

「当たり前だろ。それとも、ちょっと可愛い子に告白されたからって、ホイホイOKするとでも思ったか?」


 ごめん、バッチリ思ってた。

 けど違った。スグルは僕が思っていたよりも、ずっと真面目に返事を考えていたんだ。


 これじゃあ変にひがんでいた自分が、やけにちっぽけに思えてくる。

 僕はいったい、何て答えたら良い? やっぱりムカつく気持ちはあるけど、こいつは真剣に悩んで、それで僕に相談してきたんだ。

 それに牧野さんだって、勇気を出してこのラブレターを書いたはず。だったら僕も、いい加減な事を言うわけにはいかないか。


「とりあえずさ。放課後、牧野さんに会ってみたら? 言っておくけど、僕は別に二人が上手くいってほしいなんて思ってないよ。だけど相手も本気な以上、ちゃんと話をして向き合うべきだと思う」


 役に立つかどうかわからない、月並みなアドバイス。だけどスグルは納得したように、力強く頷いてくれた。


「そっか、そうだよな。ああ、でも俺、上手く話せるかな。緊張して、全然喋れない気がする。なあアキラ、悪いけど、お前もついて来てくれねーか。一人だと心細くて」


 おいおい、何で他人の告白現場に、僕がしゃしゃり出なきゃならないんだ。スグルのやつ、こういうことに関しては弱気なんだから。

 けど、ええい仕方がない、乗り掛かった舟だ。頼られた以上は、最後まで面倒を見てやるよ。それに、本当言うと二人がどうなるか、気になるしね。


「仕方ないなあ。その代わり、今度ラーメンでも奢ってもらうよ」

「おう、ありがとうな!」


 満面の笑みを浮かべながら、返事を返してくるスグル。たぶんだけど、牧野さんはスグルのこういうサッパリした所を、好きになったんだろうなあ。

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