黄昏のラグナロク
@akizake
第1話
ごく普通の高校生活。
俺は周りより勉強のできる方だったから、近所の進学校に通っている。
趣味はネトゲや配信。自分で言うのはなんだが、バトルロワイヤルゲームではほぼ負け無し。世界ランキングにも載っている筋金入りのゲーマーでもある。もっと強くなってプロの大会とかには出たいと思っている。
俺は一人っ子で3人家族生まれ。父は大学病院に勤め、母は歯医者をしている。医者の家庭だからか、特に目立った不安もなく毎日を過ごしている。
そんな2人の間にできた俺だが、医者になろうとかは強く思ったことはない。本当は、将来の夢なんて微塵も考えた事がない。文理選択では理系を志望したが、大学入試まであと半年なのに…ヤバいよな。
俺は今まで18年生きてて、身長は少し高い方だし、顔もイケメンとはいえないだろうけど悪くはないと思っている。
運動もできる。俺は剣道で全国大会まで進んだ男だ。それに、うちの高校の模試では学年トップ3位以内には確実に入っている。有名私立大学の指定校推薦もバッチリ取れる範囲なのだ。
だがモテた事は…全くと言っていいほどない。数人の幼馴染や女友達に義理チョコを貰う程度。なぜかって?
知らねーよ!!
なんでこんな事考えてるかって?それは…
「ねぇねぇ、あそこにいるの亮太くんだよね!中学の時の!」
「おっ、本当だ!亮太おはよう!」
通学中の電車内で、俺が中学2年の時から長く続いているカップルである、幼なじみで剣道部のライバルだった高橋と、当時、マネージャーをしていた吉田さんがイチャついているところに遭遇してしまったからだ。
「っていうか電車内で大声で俺の名前呼ぶなよ…恥ずかしいだろーが…お前らいい加減、爆発しろよ…」
「モテないからって嫉妬するなよ。頑張れば彼女なんて容易く作れるぞ?」
「そうだよ!顔も悪くないんだし、運動もできるじゃん?もっと明るくなれば女子に人気になれるよ!
頑張りなっ!」
「五月蝿いな!俺みたいな根暗陰キャはモテなくても当然なんだよっ!俺だってさ、喉から手が出るくらい彼女欲しいよ!?
だけどさ、俺に優しくしてくれるのは学年1の美少女だけだし…そいつは基本八方美人だからさ…
良くて友達、悪ければ空気としか思われてないんだぜ?」
「だったらもっと…お前ははっちゃけとけよ。そうしたらその子以外にもモテるよ、多分」
全く…いつもの如くバカップルは五月蝿いな…
そんなことを考えている間に、電車は徐々に減速して、俺が降りる駅に着いた。
「じゃ、俺、ここだから。バイバイ!」
「おう!頑張ってこいよ!じゃな!」
高橋たちに軽く挨拶して俺は電車を降りる。
梅雨晴れ間の空から眩しそうな陽の光が照らしてくる。
すると、
「亮太〜おはよう」
眠そうな声がして振り返ると、栗色の長い髪の可愛い女子が立っていた。長い髪はふわりと風に靡いている。
いつものように制服のスカートを少し短くして、かなりオシャレな風に着崩している。
極めつけはなんと言っても脚である。陽菜はずっとオーバーニーハイソックスを履いている。
眠気の影響だろうか、それとも梅雨の湿度の影響だろうか。いつもの元気にピンピンしているアホ毛だけは風の影響を受けず、だらんと垂れ下がっている。
「おはよ、陽菜」
陽菜は俺のクラスメートの1人である。陽菜は、すれ違う人が二度見するくらい顔が整っていて、クラスのアイドル的存在である。
さっき、高橋に言った学年1の美少女とは、勿論、陽菜の事である。
何故俺みたいな隠キャとクラスのアイドルと仲がいいのか……
それは、同じアニメが好きだからである。偶然同じアニメキャラのストラップを付けていた事から仲良くなった。今では時々2人でアニ〇イトへ行く事がある程度の友達として仲良くやっている。
陽菜に彼氏がいるとかいないとか、陽菜に誰かが告白して見事に玉砕したとか、そういう噂話はよく流れる。本人は彼氏の存在を否定しているのだが…結局はどうなんだろうか。
どうやら噂話では、陽菜が好きなのは同じクラスの人だという。
俺のクラスは陽キャイケメンの宝箱のようなクラスである。俺みたいな根暗陰キャは、教室の隅に蹲ってゲームしたり小説を読んでいたりしているので、間違いなく俺は陽菜の意中の男子では無い。そう俺は予想していた。
俺も決して陽菜を恋愛対象として見ていない。俺のタイプの女子にバリバリ当てはまるけど、陽菜は俺みたいな隠キャが手を出しても足りないくらいの位置にいる、高嶺の花だ。そんな彼女を好きになるなんて…ありえない。絶対に許される訳ない。
「一緒に学校まで行こうぜ。そうだ、昨日のキン〇ダム見たか?」
「あーごめん!見忘れてた!気になるから教えて!」
「ネタバレになるけど本当にいいのか?」
「本当にいいよ!知りたいもん」
ヤバい。話しながら時々見せてくれる笑顔が可愛すぎる。だからお前は色んな男子を無自覚に墜とせるんだよ。
昨日のキン〇ダムについて話しながら横断歩道を渡っていたその時。
「「「キャーーーーーーーーーー」」」
横から耳を劈くような悲鳴。
ハッとして振り返る2人。
1台のスポーツカーが俺らのいる横断歩道に勢いよく突っ込んで来たのだ。
そのスポーツカーは、時速100キロ以上でこっちに突っ込んでくる。
2人はスポーツカーの側面に見慣れたキャラクターの絵があることに気づいた。
チ〇ちゃんが描かれていたのである。
間違いなくかなり痛い痛車であった。
「ちっ、チ〇ちゃん!?」
「「「陽菜ぁーー!危ねぇ!」」」
「ひゃっ!」
ドン!と陽菜を突き飛ばした、のだが…
陽菜は俺の押す力が微妙だったせいでコケてしまった。陽菜のスカートが捲れ上がる。
地面に俺と陽菜が倒れるまで0.4秒。その間ずっと俺の目に焼きつかれるのは、陽菜の脚。
オーバーニーソックスに包まれた美しい太ももが目に突き刺さるような感覚を覚える。
(お、陽菜のパンツの色は…
って、角度的に見えないじゃねーか!クソっ!)
そんなことを考えている刹那、痛いスポーツカーはどんどん近づいて来て……
俺は慣性のまま、陽菜に覆い被さるように地面に近づいていく。避ける事は無理に等しいだろう。
遂に。
ドシャンッ!
2人はスポーツカーにぶつかった…
筈だった。
痛みは一切ない。俺も陽菜もトラックにぶつかった途端に、スポーツカーをすり抜けたのだ。
まるで、幽霊のように。
ボンネットに描かれているチ〇ちゃんの可愛い顔面に、俺たちの血がべっとりと着くと、そのまま痛いスポーツカーはガードレールに激突してガシャンと止まった。
(何ですり抜けたんだろう……?)
そう思っていると陽菜が元いた場所を指差してハッと息を飲んだ。
そこには2人の見るも無残な亡骸が横たわっていたのだ。
人々の悲鳴。急いで警察と消防を呼ぶ者。
人々はすり抜けた俺たちなど見向きもせず、俺たちの亡骸の周りに集まり始めていたのだ。
高校の友達も何人か周りに居たが、
ーーーもしかして……俺たちは幽体離脱したのか???ーーー
そんなこと、誰だって解っているだろう。
陽菜が俺に問いかけてくる。
「ねぇ、亮太…私達、死んだのかな…?」
「多分…な」
俺がそう言うと陽菜は泣き崩れるように俺の胸に顔を埋めてきた。
「なんで…亮太が私を庇ってくれようとしたのに…私が…ドジって転ばなければ…。2人とも死なずに済んだかもしれないのに…」
「陽菜…俺だってスポーツカーに気づかなかったし…押す力が弱かったせいで…」
「そんな事ないよ!
私のせいで…本当に…ぐすっ…
も、もう言う!秘密全部言ってやるっ!
わ、私はね…り、亮太の事が…ずっと…」
陽菜はボロボロと涙を落とし続ける。
俺の胸は陽菜の涙でビショビショであった。
その時、自らを責め合う2人の足元に魔法陣が出来ていた事に、俺たちは気がつかなかった。
“
魔法陣が発光し、俺たちも光に飲み込まれた。
「!?」
たった今、異世界への扉が開かれたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《確認したよん♪
大林亮太、鈴木陽菜、2名とも健康状態、精神概ね異常な〜し。
今から
テレポートされる座標は森の中だから気をつけてねん♪》
光り輝く空間の中で、何かが喋っている。
まるでアイドルのような喋り方で、声は12歳くらいの少女であった。
眩しい光が少し収まると、向かいにロリ貧乳の少女が胡座をかいて座っている。
淡いブロンドの長い髪を2本に結んで、頭に花の冠を着けている。2本の髪の先っぽはふわりとカールしている。
小学生にも見えなくもない容姿であった。
「あなたは、誰…ですか?あと異世界召喚って……」
「い、異世界召喚!?
暴走した車で異世界転生はなろうの基本じゃないですか!」
俺の胸から顔を出した陽菜がツッコむ。
既に涙は止まっていたが、未だ目の周りが少し赤い。
ロリちっぱいが返答する。
《私はパーチェ。
貴方たちがテレポートする世界の中の女神の1人で〜す!
向こうの世界では『平和の女神』と呼ばれてるよ♪
貴方たちが若くして不幸にも亡くなったから、残念だと思ってこっちに連れてきたよん♪
暴走車って言ってもさ、なろうは大抵トラックでしょ〜?
今回は痛車なんだから別にいいよね♪
新たなパターンだし!》
はっきり言って、急すぎてよくわからない。若いから残念に思って呼んだ?どういう事だよ。
それより、このロリ女神さんはすこーしだけウザいな……
まぁ、いいや。俺たちを生かせてくれた女神さんに感謝し、残りの人生を送ろうかな。
どうせ陽菜も多分同じ考えだろうから。
俺は陽菜に、異世界で一緒に暮らさないかと問うと、
「え…い、一緒に!?ぇぇえええ!?
そ、それって…告白…?」
「ちげーわ!そういう意味ちゃうわ!」
「じゃ、どういう意味?」
「協力して暮らそうぜって事」
「ぷ、プロポーズ…なの?」
「だからっ!違うって!」
「ふふ。解ったよ。一緒に協力して暮らそうね!」
なんか陽菜が壮絶な勘違いをしていたが、俺はツッコミをすることしか出来ない。
《2人でイチャイチャしてるとこで悪いんだけど…》
「い、イチャついてねぇーよ!」
「ちょっと、亮太っ!女神様にタメ語は、流石にダメでしょ!?」
《話を最後まで言わせてよ…♪
もうじき、森の中に着くよ♪》
………………
…………
……
俺たちオタクにとって異世界は、水を得た魚のいる水槽のような世界である。
俺は家族や友達のことを忘れて興奮してしまった。
流石は、筋金入りのオタクであるな、と苦笑する。
俺は質問があったから質問する。
「女神さん、ここはどんな世界なんですか?」
《あ、ここ?ここはね…貴方たちの元の世界でいう、RPGに近い世界かな。
魔法もあるし、勇者だって、魔王だって、魔物だっているよん♪
あ、でもこの世界ではレベルって概念はないかな…
経験を積めば積むほど強くなれるけど、レベルを数値化するシステムはないの。
ごめんね♪
でも、貴方たち2人なら楽しめると思うよん♪》
………………
…………
……
光が薄くなり、消えた。気がつくと俺たちは森の中にいた。
近くには小川が流れているようだ。水の流れる音がコポコポと聞こえてくる。
《軽くこの世界の説明をするよん♪
この世界では周囲に漂う「魔素」というエネルギー源を利用し、「魔力」を生み出しま〜す。
その魔力を使用する事で、魔法や
自分の持つスキルや魔力は、今からあげるスキルカードを見るとわかるよ♪
魔法やスキルを習得するには、ある程度の努力と訓練が必要だよん♪
魔法やスキルは上位になればなるほど、習得に時間がかかるよん♪
また、成長をした者には、その者だけの上位スキル、
ここは大事だから覚えといてね!
因みにだけど、貴方たちはキャラクタリックスキルを持っています!
異世界からやってくると、ワープホール内の濃度が濃い魔素によって、殆どの人は必然的にキャラクタリックスキルを手に入れるんだ!
転生前の願望などがそのままスキルとなるんだよ!》
マジかよ!俺たち上位スキルを持ってるのか!早速俺のスキルを確認してみようとした。
ーーーいや、スキルカード貰ってないやんけ。
そう直ぐに思い出した俺は、パーチェに言った。
「あ、あの…スキルカードを頂けますか?」
《ごめんね、忘れてた♪》
テヘペロをして、俺たちに2枚のカードを渡してくれた。
女神パーチェを少しウザく感じているのは気のせいだろうか、いや気のせいに違いない。
2人の持つカードは銅のような、光り輝いている赤茶色のような色であった。
俺はスキルカードを見た。
すると、次のような風に書いてあった。
[大林亮太 ]
所持魔法:爆発魔法
加護:平和の女神の加護
バトロワの名残だろうか。俺は驚くほど恐ろしい名前のスキルや魔法を身につけている。爆発魔法が扱えるらしいけど…爆破系の魔法は爆裂〇法みたいにラノベとかでは高位の魔法のはず。電車の中で高橋たちに嫉妬したから手に入れたのだろうか。非リアってこういう時だけ得するな。
詠唱破棄と情報具現化は何だろう…そう思っていると、
《【情報具現化】は直接、或いは間接的に触れた生命体或いは物体の名称、種族、能力を測る事ができるよ♪》
おぉ…なかなか便利なスキルじゃないか。この能力、
《貴方たちが持つ【詠唱破棄】は、覚えた魔法を唱えなくても発動できる
ってことは…
「え、亮太も持っていたの!?」
陽菜も同じ能力を持っていたようである。
目を輝かせながら、一瞬で振り向いて、はにかんだ笑顔を見せてきた。瞳の奥はキラキラと輝いている。
「うん。俺のスキルの
「暗殺…者?」
ヤバい、受け取り次第では陽菜が怖がるよな…言わない方が良かったかな…
そう思ってると、
「もし、襲われたらそのスキルで助けてね!」
「おいおい…俺はボディーガードかよ…」
陽菜がクスッと笑う。
そんな2人を遠目に見ながら、パーチェはこう言った。
《詠唱破棄を使用するには、魔法を覚えることが必須なんだよね…
ここから川沿いに1キロほど進むと街道があり、街道沿いに8キロほど南下すると、ブレッターって言う大きい街があるんだよん♪
そこで魔法を習得することをお勧めするよん♪
しかし、街道までの森の中には、下位種から上位種まで沢山の魔物がいま〜す!今のキミたちは能力、魔力は上位魔物に匹敵するけど、まだ能力に慣れていないから魔物の相手は無理だと判断したから、街道までの護衛として、私の配下の精霊を数名置いておくよ。
護衛をつけてくれるのか。ありがたい。
ドヤ顔のロリ女神様が少しムカつくが、顔には出さないでおこう。
「ところで、加護って何ですか?」
更に目をキラッキラと輝かせた陽菜が質問する。
やはりこいつも異世界系の筋金入りのオタクだ。
間違いない。
《私の加護は【超速思考】だよ!演算能力が飛躍的に伸びてスキルや魔法が習得やすくなるんだよん♪》
かなり便利な加護だ、そう演算能力がある陽菜は思った。
一方で、演算能力がまだ無い亮太には関係ない加護のように感じたのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そうだ。
異世界に転生したらどういう人生になるのか気になってたから、今回こそは人生を最後まで生き抜いてやろうじゃないか!
こうして、俺たちの異世界生活が始まったのである。
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