ABCD怪談

結城暁

第1話

 その日、ちょっと気になっていたAくんとデートした。

 カフェでお茶したり、ショッピングしたり、まあまあ楽しかった。午後から友達のD子と会う約束をしていたから、お昼を食べてAくんとバイバイしようとしたんだけど、Aくんは自分の友達も呼ぶからWデートしようって言ってきて、断る暇もなくその友達に連絡を取り始めてしまった。

 Aくんの友達のBはすぐにやってきて、D子との待ち合わせ場所が近かったから、なし崩し的にWデートの形になってしまった。人見知りのD子はロコツに嫌な顔をしたけど、アタシがAくんを気に入ってるのは知ってたし、全部AくんとBが奢るから、と言ってしぶしぶ承諾した。

 D子とは本屋に行ったり服を見に行く予定で、でもAくんとBは本屋って聞いても乗り気じゃないのが丸わかりで、Bはカラオケに行こうって提案してきたけど、D子はボーリングのがマシって譲らなかった。

 なんだかんだ一日をすごして、夕飯を食べて解散しようって雰囲気になって、Bが車持ってるから送ってくよって言って、Aくんもそうしなよって乗り込んだから、駅まででいいよ、ってアタシとD子もBの車に乗った。D子は始終嫌そうな顔をしていて、一言もしゃべらなかった。

 BもAくんも怪談が好きらしくて、近くの心霊スポットに行こうって盛り上がった。D子は嫌だ、帰るって反対してたけど、Bは車を止めないし、駅から反対方向に走ってく。アタシもちょっと怖いもの見たさでD子を宥めてた。

 だいぶ走って地元でも有名な心霊スポットに着いたころには外は真っ暗で、山の中だったから民家の明かりも見えない。さすがに怖くなってAくんに「やっぱり帰ろうよ」って言ったんだけど、ヘラヘラ笑って「いーじゃんいーじゃん」て言うだけでぜんぜん頼りにならかった。

 Bが運転席からアタシとD子を振り返りながら「ここに置いていかれるのと、俺らとヤるの、どっちがいい?」って言ってきて、アタシは「はあ?」って言うしかなかった。

 なに言ってんの、こいつ。頭おかしいの?

 車の外は真っ暗で、心霊スポットじゃなくても気味が悪いし、こんな山奥に置き去りにされたら猪とか、熊とか、野犬とかに殺されるかもしれないのに、本当、なに言ってんの?

 あんまりにもバカすぎて何も言えないアタシにBは「ねえ、どうすんの? ヤる?」ってニヤニヤしながら言ってくる。助けてほしくてAくんを見たけど、Aくんもヘラヘラ笑ってるだけで、「C子はオレだよね?」なんて言ってる。

 気持ち悪かった。こんなのをちょっといいな、なんて思ってた自分の見る目がなさすぎて、泣けてくるくらい。

 外に出るのは怖い。置いていかれるのはもっと怖い。こんなヤツらとヤるのは心でも嫌。

 あたしはぐるぐる考えていた。

 D子は「じゃあ降りる」ってきっぱり言って、アタシの腕を引っ張って車の外を出た。アタシは慌ててバッグを掴んでD子に続く。

 D子とアタシが外に出ると車のドアが閉まった。アタシはもちろん、アタシより先に車の外に出ていたD子が触ってもいないのに閉まったドアに驚いて、ぽかんとAとBが乗った車を見た。

 AとBの怒声だろうか。くぐもった声が聞こえてくる。


「あいつら今まで何人もああやってきたんだろうね。あんなに恨まれてるんだから、連れてかれて当たり前なのにねえ。こんなとこに来ちゃって馬鹿じゃないの?」

「つれて……?」


 D子はなんでもない、と言いながらアタシの肩に手を回してアタシの体の向きを変えさせた。


「C子は全部忘れちゃったほうがいいよ。男を見る目は節穴だから、今後気を付けることだけ覚えとこうね」

「う、うん」


 背後から聞こえるのはゆっくりと車が移動する音とやっぱりくぐもっている大声だ。あの二人はいったい何を騒いでいるのだろう。


「ここから歩いて帰るの? アタシもD子みたいに運動靴はいてくればよかった」

「大丈夫。帰りは知り合いが麓まで送ってくれることになったから安心して。乗り心地がすごくいいし、車より早いよ」

「えっ、すごい!」


 D子はいつの間にやら迎えを頼んでいたようだ。D子はいつだって用意周到だなあ。頼りになる。


「あ、ほら来たよ」


 そう言ってD子の指差す暗闇に白い光の粒が見えたかと思えば、その粒はどんどん大きくなってあっと言う間にアタシたちの前に降り立った。

 猫だ。白と黒のしましました、モデルのように美しいアメリカンショートヘアだった。ただ普通のアメショと違って、アタシたちよりもずっとずっと大きい。猫と中型バスが合体したような、子ども向けアニメに出てくる生き物そっくりだった。

 巨大アメショはナアオウ、と一声鳴くとアタシたちに背中を向けて伏せをする。


「はい乗って。C子は前ね」


 D子に促されるまま巨大アメショの首元にまたがった。めちゃくちゃふわふわのモフモフ。やばい。めっちゃ気持ちいい。

 アタシのすぐ後ろにD子が乗って、アタシをがっちりホールドしてくれたので安定感抜群だ。

 ナアオウ、ともう一度鳴いた巨大アメショは文字通り風のように駆け抜けて、あっという間に山の麓までアタシたちを送り届けてくれた。風圧でボサボサになった髪型も気にならないくらい壮快な気分だった。

 すぐ側にあったコンビニまで走って行って、アタシは猫缶を買って取って返してきた。


「送ってくれてありがとうございました! どうぞ、お礼です! お口にあうかわかりませんけど」


 猫缶の中身丸ごとは巨大アメショの大きな口に不釣り合いだったけれど、ちゃんと食べてもらえた。D子は笑って「舌が肥えちゃうね」と巨大アメショの顎を撫でていた。

 ナアオウ、と間延びした声で鳴くと、巨大アメショのは現れたときと同じ様に瞬く間に光の粒になって去って行った。


「うわー、かわいかったー。猫派になりそう」

「かわいいよー、猫」


 D子といっしょに駅まで歩きながらスマホを見ると通信アプリに知らない人からの着信履歴があった。Aって誰だろ。


「ねえD子、この人知ってる?」

「さあ。間違いかなにかじゃない? 消しちゃいなよ」

「そうだね。こわー。どっからID漏れたんだろ」

「サークルかバイト先じゃない?」

「えー。気を付けてたんだけどなあ」


 記憶にない連絡先を消して、アタシはD子の腕に抱き着いた。


「明日は本屋に行こうね!」

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ABCD怪談 結城暁 @Satoru_Yuki

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