第31話 ホータンへ

 間道に戻って、ひたすらホータンを目指す。

 道の右側には荒れた草原。左側は枯れかけた森が広がっていた。

 冬の陽は短く、暮れ始めると一気に暗くなる。森の浅い場所で野営の準備だ。


『前回襲われた事実もありますし、野営で馬車から離れるのはお勧め致しかねます。が、あの兄妹に馬車のを気取られるわけにも参りません。ですのでホータンまでの野営二日間は、スカルの簡易厩舎の隅に風呂桶を用意いたします』


 寒い中でお花摘みに出かけるお嬢様たちユーリカとジーナから、不満が出なければいいのだが。その上いつものお風呂がない我慢に、耐えられるのかな。


、紳士ではない妄想は、お慎みください』


「俺って、どんな評価を受けてるわけ? ねぇ」


 一瞬、ドッキリな映像が、頭をよぎったりする。


『……ですから、おつむの中はお見通しと、何度も申し上げましたでしょう? は、お控えくださいませ』


 二度、重ねて言われてしまった。。


「うぉ 」


 余計な事を考えかけたアンリは、必死で無の境地を保持しようと頭を振った。


 しばらく駆けて、ほど良い空き地を見つけ、スカルに指示を出す。

 マダムにもらった腕輪から、ウキウキしたスカルの気持ちが伝わってきた。


「アンリ。タンザさんが、目を覚ましたわ」


「にーに」


 不安そうにするふたりを両脇に座らせ、森の端に馬車を止める。

 鞍を外して丁寧に馬体を拭うアンリ。飼い葉を用意するユーリカ。お決まりのご褒美は、ジーナの手から食べている。


 簡易厩舎を設営するのも、手慣れてきた。その片隅に衝立を直角に立て、マダムが塔から呼び寄せた大きめの桶も設置する。


「じゃぁな、スカル。今夜と明日の夜は、ここを借りるね」


 キャピキャピ騒ぐ精霊に囲まれたスカルを置いて、アンリたちは馬車へ帰った。


「入るよ」


 一応ノックして声をかけ、馬車内へ入る。

 横になっていたタンザが半身を起こし、不満そうなメリルが睨みつけてきた。


「具合はどうですか? 」


「ああ。助けてくれたのは、あんただったのか。ありがとう、礼を言う」


 頭を下げた途端に目眩を起こしたタンザを、メリルが支える。


「横になって、お兄ちゃん。無理しないで」


 タンザの背中に衣類の入った布袋を重ね、楽に起きていられるようにした。

 回復したとは言え、アンリも動かないように勧める。

 かなり出血して青白かった顔には、少しだけ血色が戻っていた。


「何があったのか聞く前に、夕食を作るよ。ゆっくり休んでいて」


 目が合うたび睨み返してくるメリルに、なんだよと思う。

 馬車内の釜戸は小さいので、ジーナはマダムを膝に抱き、ユーリカはジーナに寄り添って、兄妹と反対側のベンチに腰掛けた。


 いつものスープなら、手早くたくさん作れる。

 ずっとメリルの視線を感じながら、すりおろして練った芋を、根菜スープの鍋に落とし込んでゆく。

 誰も声を上げないギクシャクした空気の中で、マグカップに盛り付けてスプーンを添えた。


「口に合うか分からないけど、身体は温まると思う。どうぞ」


 馬車内の端と端に分かれて、夕食が始まった。

 皿に盛って冷ましたスープを、マダムは猫らしい仕草で食べ始める。


『子竜たちは、塔へ避難させました。しばらくは様子を見て、こちらには来させませんので、ご安心ください』


 念話で語りかけるマダムに、無言で頷いた。

 お気楽に見せられない事が多すぎて、ちょっと窮屈でわずらわしい。


 温かいものを腹に入れた効果は抜群だった。緊張が解けて、表情も緩む。

 大雑把に食器を片付けた後、アンリはタンザと向かい合うベンチに腰を下ろした。

 ユーリカとジーナにくっついて、マダムもメリルもお花摘みだ。


「それで。 何があったか、聞かせてもらえますか? 」

 

「ぁあ、そうだな。だが、話す前に聞いておきたい。あんたたちは、どこへ向かっているんだろうか。俺としては、ホータンへ連れて行ってくれると、助かるんだが」


「ええ。僕たちはホータンを目指しています。街に留まるかどうかは、まだ決めていませんが」


 簡潔な受け答えに、タンザの表情が緩む。


「ありがたい。ホータンには、叔母がいるんでな。身を寄せたいと思っていた」


 確認が取れて安堵したのか、タンザに残っていた硬さが消えた。


「俺たちの村に、食糧を分けろと押しかけてきたのは隣村の奴らだが、村を襲って女子供を捕まえ、食糧を漁った後に火を放ったのは、傭兵崩れの盗賊だ」


 食料のあれこれで揉めていたところへ、雪崩れ込んできた盗賊団は、最近この辺りを荒らしまわっている傭兵崩れの集団だった。


 領主が代わってから税率が跳ね上がり、生活は困窮するばかりになった。その上、国から発布された徴兵招集で、国境を接するプランク諸国との攻防に若い男手が削られ、生活はさらに厳しくなった。


 遠く離れた戦線の状況など報せがある筈もなく、最近では前線から逃げ出したと思しき傭兵の集団が、近辺を荒らすようになっていた。


「ホータンの代官は領民寄りで、街の教会も施しをくれるが、それだけでは生きていけない。あちこちの盗賊も流れ込んでいるみたいで、壊滅する村が絶えないんだ」


 メリルからも聞いたが、とんでもないと思う。


(ユーリカの公爵家が領地替えになって、きな臭い状態になったのか。何やってんだこの国は。国民は家畜じゃないぞ)


 考え込むアンリに、タンザが言葉を重ねる。


「ここの冬は厳しい。良かったらホータンで暮らさないか? 命の恩人だ。借りを返させてくれると、ありがたい」


 行けるところまで行って、ダメなら塔へ帰り、春を迎えようと思っていたが、タンザの誘いに乗って、ホータンでしばらく暮らすのも良いかもしれない。


 後でマダムとも相談することにして、アンリは返事を濁した。

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