第29話 厄介事ばかり?

 御者席に四人で座る。ものすごく狭いが、皆で座りたいなら仕方がない。

 メリルの案内で、間道から逸れた小道を行く。

 密度の濃くなった森に、踏み固めた一本道が通っていた。


 緩く曲がりくねるそれは、外敵に備えて試行錯誤したと、自慢げにメリルは説明するが、こんな道で侵入を妨げる役に立っているかどうかは、いささか疑問だ。


「今の領主様に代わってから、税の取り立てが酷くなって、村を離れる子供も増えました」


 脈絡のない話はあちこちに飛んで、取り止めなくややこしい。


 貴族でも平民でも長男以外は跡を継げないなんて、それはどこでも同じだとマダムに習った。

 次男なら長男に後継ぎができるまで、安い賃金で家に置いて貰えるが、後継ぎが生まれた時点で追い出されるそうだ。

 世知辛いが、そうでもしなければ皆が飢える。


「最近は長男でも家を出て、ホータンに行ってしまうんです。どんなに畑を耕しても、徴用で根こそぎ代官様が持って行くので、餓死うえじにするよりはマシだと、みんな出て行ってしまう 」


 メリルの独り言は不安の現れだろうが、聞いているお嬢様たちユーリカとジーナは、ほだされている様子。

 不味いなと思いながらも、止める隙が無い。


 この辺りの前の領主はユーリカの父、フェンネル公爵だ。

 成り代わったのはユーリカの婚約者だったアレンの父、サントリナ公爵だったはず。

 領政の不備が、もろに露見している。


 黙っていれば延々と続きそうな独り言に、嫌気がさしてきた。

 明らかに聞かせようとするわざとらしさが垣間見えて、心底苛立った。


「気の毒だとは思うが、俺たちはここの領民じゃ無い。どうこうしようにも、平民でしかない俺たちに無理は言わないでくれ。逆であれば、あんたはどれだけの事を、俺たちにしてくれるんだ? 」


 兄を思うメリルは、必死だろう。それでも見え透いた下心を、アンリは不快に思う。

 確かに、今のメリルにできる事と言えば、同情してくれそうな相手に取り入り、アンリを動かすくらいしか無い。


 仕方が無いのだろうと思っても、ユーリカやジーナを手玉に取る考え方が気に入らない。

 アンリを苛つかせるだけだと、気づいて欲しかった。


「酷いっ、そんな言い方しないで。卑怯だわ」


 言われた事が頭に染み込むまで呆けていたメリルが、真っ赤になって怒り出した。

 悪者アンリを非難する傷ついたメリル。そんな構図が頭の中に出来上がっている。


 冗談じゃない。勝手に人を貶める方が、よほど卑怯だろうと言いたい。


「何を捨てても、俺が守るのは妹たちだけだ。あんたが兄さんを大事に思うのも、俺が妹たちを大事に思うのも、同じじゃないのか。あんたの思うようにならないからと言って、恨むのはやめてくれ。お門違いだ」


 頬を膨らませて睨んでくるメリルの目に、涙が盛り上がった。


「ふぇぇぇん おにぃちゃぁぁん あぁぁぁん」


 突然号泣し出したメリルに、ギョッとなる。

 泣く子に勝つつもりはないが、めんどくさい女に負けるつもりもない。


「泣いても、にぃには悪くないもん」


 怒鳴ってやろうかと思う間に、ジーナが口をへの字にして宣った。

 幼女に言い切られ、呆気に取られたメリルが泣き止む。


「こ 子供が、生意気よ! 」


 どこまでも身勝手で残念な考え方に、怒りより呆れが増す。


「はぁ。子供の分別も無いくせに、いい大人が偉そうだな。恥を知れよ」


「苦労なんかしたことないでしょ! あんたみたいな子供に、言われたくないわ」


 完璧な売り言葉に買い言葉が、虚しく交錯する。

 まったくやってられないと、アンリの感情が切れた。

 助けられた恩を忘れるなとは言わないが、立場を忘れて、とことんマウントを取ってくる根性が気に入らない。


「……だったら、ここで降りてくれ。妹たちを危険な目に遭わせたくないからな」


 アンリの雰囲気が凍えたのに気づいて、メリルは口を押さえた。

 失敗したのを誤魔化して上目遣いをするが、余計に怒らせるとは思わないのか。

 目を瞑って深呼吸してから、できるだけ静かに声を出す。感情のままなら、大声で怒鳴っている。


「俺が、お前の言う通りになるなんて、いつ言った? ふざけるな」


 今のアンリよりも年上なはずのメリルが、泣きながらしゃくり上げた。


「 意地悪ぅ。人で無しっ」


 身も蓋もなく泣き喚くメリルに、だんだんと馬鹿らしくなってくる。

 

「メチャクチャだな、おまえ」


 馬車から放り出してやろうかと、少々危険な思いに走るアンリの腕を、ユーリカの指が引き止めた。


「アンリ……だめ? 」


 困り顔のユーリカが、上目遣いしてくる。

 領主でなくなったとしても、自領の民を放って置けない。強い目の光が、そう言っていた。

 イライラする感情を、おねだり上手なユーリカの眼差しが鎮める。


「 仕方ないな。 ユーリカが言うなら、わかったよ」


 目の端でメリルが笑う。アンリはそれを、悪どい笑みだと思った。


(碌でもないな。できるだけ早く、関わりを切ってやる)


 すっかり機嫌の治ったメリルにジーナが首を傾げ、アンリが忌々しげに息を吐く。

 ユーリカはホッと微笑み、足元に降りたマダムが可愛らしく鳴いた。


 そうこうする内に焦げた木々が増え、警戒する間もなく開けた広場は、すべてが焼け落ち、炭と化した家屋の残骸と、生き物の燃えた残りが、そこかしこに散らばっていた。

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