最終章 学校に行きたい

#25 友達になりたい

 月詠夜宵、高校一年の一月。

 冬休み明けから彼女は仮病を使い学校を休むようになった。

 やがて仮病は親にバレたが、夜宵はそれでも不登校を続けた。

 父は単身赴任中で家を空けていたし、昔から彼女を甘やかしてくれた母を押しきることは簡単だった。


 ずっと家に引き籠もる彼女にある日、来客があった。

 学校のお友達が来てくれたわよ、と母は言った。

 夜宵の認識では学校に友達などいないと思っていたが、友達の定義など曖昧なもので、二三言、言葉を交わした程度のクラスメイトでも友達を自称する権利を得られるらしい。

 上品な黒のフリルリボンで頭の両サイドの髪を結わえたツインテールの少女がリビングのソファに座っていた。

 仕方なく夜宵もテーブルを挟んだ対面の席に腰を下ろすも言葉が出てこない。

 客人の名は星河水零。クラスでも何度か話しかけられたことがあるので記憶に残っていた。

 品行方正で成績優秀、人望もあり友達も多い。そしてスタイルもよくて美人ときている。

 彼氏がいるのかどうかまでは知らないが、夜宵が最も苦手とするリア充と呼ばれる人種であることは間違いない。

 劣等感の塊である夜宵はリア充を前にすると、自分は見下されているのではないかという被害妄想にかられるのだ。

 ずっと押し黙ったままの夜宵を前にして、水零は気まずそうに言葉をかける。


「えーっと、なんか私、夜宵ちゃんに嫌われてる? というか怖がられてるのかな?」


 その表現は適切だった。確かに夜宵はリア充が怖い。

 たいして親しくもないクラスメイトの家に押しかけてくるその理解不能な行動力に対して、どんな言葉を返せばいいのかわからなかった。

 沈黙に耐えられなくなったのか、水零が大きな声を上げる。


「よーし、わかった。夜宵ちゃん、私のこと怖いとか嫌いだとか、嫌なところがあれば遠慮なく言って! どんな悪口がきても怒らないから」


 年下の子供を諭すように優しく告げる彼女に、流石の夜宵もこれ以上黙り続けるのは失礼だと感じ始めた。


「あの」

「うん」

「あの、まず、その、背が高くて、美人で、頭もよくて、友達もいっぱい居て、リア充で」

「うんうん」


 悪口を言ってもいいと言われたがここまではむしろ誉め言葉だ。

 だが長所という名の塔は、その高さに比例して長い影を生む。


「偉そう、自分より成績の低い人とか見下してそう、性格悪そう」


 遠慮なく言っていいと言われた手前、夜宵は自分の偏見も含めて正直な水零の印象を吐き出した。


「そっか、そっかー、そんな風に思われてたんだ」


 怒らないという公約通り、水零は興味深そうに夜宵の言葉を聞いていた。

 そして最後まで聞き終えると彼女は静かな声音で意見を返す。


「夜宵ちゃん。私はね、自分が偉いなんて思ってないよ。

 勉強ができることが偉いの? 友達が沢山いることが偉いの? そんな価値観はどこかの誰かが決めたものであって私達がそれに従う必要はないでしょう?」


 夜宵の瞳を真っ直ぐに見つめながら水零は言葉を紡ぐ。


「だからさ、夜宵ちゃんの価値観も教えて欲しいな。夜宵ちゃんが何を大事にしてるのか。普段何をやってるのか」


 水零の暖かい声色は夜宵の耳朶に優しく染み込んでいく。


「私さ、放課後とかによく夜宵ちゃんを遊びに誘ったりしたよね。でも毎回断られてた。それは悪いことじゃないし責めたりもしないわ。けど夜宵ちゃんって学校終わるといつもすぐに家に帰ってたし、最近は学校にも来なくなって、お家で何をしてるんだろうなって気になってるの」


 夜宵はクラスに友達がいない。そんな彼女を見かねてなのか、水零はよく夜宵に話しかけてきた。

 学校帰りに遊びに誘われたことも何度かあった。

 それを断り続けた理由は、夜宵自身、人との会話が苦手で、よく知らない相手と遊びに行くこと自体が苦痛であるというのが一つ。

 そしてもう一つの理由は。


「あの、その、さ。遊びに行くとか、ってさ、何の意味があるの?」


 ところどころでつっかえながらも夜宵は自分の正直な気持ちを吐露していく。

 夜宵からしたら友達とウィンドウショッピングしたり買い食いしたり、そうやってブラブラと遊ぶ時間には何の価値も見いだせなかった。

 それを続けたとこで、何か積み重なるものはあるのだろうか?

 そんなものは時間の無駄だ。

 それなら自分はその時間を魔法人形マドールのネット対戦に使ったほうが有意義だと思っていた。

 魔法人形マドールは対戦を重ねれば重ねるほど、色んな経験が得られる。

 立ち回りの改善点、相手との駆け引き、勝負勘、相手の使う機体それぞれへの知識や対処法など。

 そういったものを得る度に夜宵は自分の上達を実感できる。ランキングでもっと上を目指せると強く感じるのだった。

 中学時代、魔法人形マドールを始めてすぐの頃、夜宵はインターネットを通じて尊敬するプレイヤーと知り合い、彼に魔法人形マドールの手解きを受けた。

 彼の成しえなかった世界ランキング一位の夢を果たしたい。

 自分の成長を結果で示し、師匠に恩返ししたい。

 だから友達と遊ぶことよりも何よりも、自分にとっては家で魔法人形マドールをすることの方が大事なのだ。

 そんなに魔法人形マドールが楽しいの? とたまに訊かれる。

 他人と腕を競いながら上を目指すというのは単純に楽しいことばかりではない。

 思い通りにいかない試合だって多いし、敗北感や劣等感に悩み苦しみ、辛い思いをすることだって沢山ある。

 だからこそ夜宵は一時の享楽の為だけに魔法人形マドールをやってるわけではない。

 辛く苦しい山道を登り切った先にある頂上の景色、それを目指して日々努力を重ねているのだ。

 口下手で何度も言い淀み、言葉に詰まりながらも、夜宵はそんな自分の想いを水零へ伝えた。

 水零はそれを時折相槌を打ちながらも真摯に聞き続けた。


「そっか、そっかあ。私も魔法人形マドールはちょっと遊んだことがあったけど、ガチ勢の世界がそんなだってのは初めて知ったよ。夜宵ちゃんが頑張ってるんだなー、ってのがよくわかった」


 そんな水零の態度を見て夜宵も感じ取った。

 本当に彼女の言葉には何の裏表もないのだと。

 水零は友達のいない夜宵を見下してなんかいない。学校に来ない夜宵を否定したりしない。夜宵自身が学校や友達より大事にしているものを知りたい。

 夜宵の価値観を理解しようと、夜宵に寄り添ってくれる。

 そんな水零の誠実な態度を見て、夜宵は心を開きかけていた。

 そこで水零は部屋に備え付けられた時計を見て声を上げる。


「もうこんな時間か。今日は遅いからそろそろお暇するね。あっ、次に遊びに来るときは私も魔法人形マドール持ってくるから対戦しましょ」

「ボコボコにしてもいいなら」

「えー、ちょっとは手加減してもいいでしょー」


 そんな風に笑いながら、水零は帰っていった。

 残された夜宵は考える。一体彼女は何をしに来たのだろう?

 最初は学校に来るように説得されるのかと身構えたが、そんなことはなかった。

 説得も説教も一切されなかった。

 学校では彼女から遊ぼうと何度も誘われ、それを断り続けて。

 そして今度は家に押しかけ、夜宵の好きな物を訊いてきた。

 自分の提案した遊びは断られたから、次は夜宵の好きなゲームで遊ぼうと約束を取り付けた。

 それではまるで、夜宵と遊びたかっただけではないか。

 夜宵と仲良くしたかっただけ。夜宵と友達になりたかっただけ。

 水零の行動理由は全く裏も表もなく、そんなシンプルなものだった。


「友達か」


 夜宵はポツリと呟く。その二文字の言葉は今まで遠い異国のもののように感じていた。

 またその内、彼女はこの家に遊びに来るのだろう。

 その時は相手をしてあげるのも悪くない。そう思い始めた。

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