#23 頑張る夜宵ちゃん
試合が終わり、ギャラリーの歓声が会場内を飛び交う。
「凄い勝負だったな」「どっちも強かったー」「ヴァンピィさん達おめでとー」「順調にゲームを支配していたバニートラップに対し、キャンプファイアの土壇場での巻き返しには目を見張るものがあったな。特に勝負を分けたのはパートナーへの信頼の差と言えるかもしれん」
解説者ポジションのサングラスヤクザおじさん、結局この人誰なんだよ。
「負けたあー! うううう、悔しいー」
琥珀が涙目になりながら地団駄を踏む。
その隣に立つ光流は立体映像を切りながら俺達に笑顔を向けてくれた。
「私達の完敗です。お兄様、ヴァンピィさん、優勝おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。お前は案外悔しがらないんだな」
なんだがんだで向こうもオフ会初優勝が懸かっていた筈だ。
その問いに光流は、ふふっ、と微笑みを返す。
「もちろん、ハラワタが煮えくり返るほど悔しいですが、それを顔に出したら相手を喜ばせるだけじゃないですか」
えー!
こっちもこっちで目茶苦茶負けず嫌いだったわ。
でも、と光流の言葉は続く。
「今日は私にとっても初めてのオフ会参加でしたが、とても楽しかったです。
普段はオンライン対戦がメインですが、直接相手と顔を合わせて対戦するのもいいものですね」
そっか、光流もオフ会の魅力をわかってくれたか。
「私達が倒した相手の屈辱に歪む顔、絶望に沈む表情。敗者が勝者に向ける尊敬と羨望の眼差し、最高に気持ち良かったです」
深窓の令嬢のようにお淑やかな笑みを浮かべたまま、とんでもないドS発言が飛び出したあー!
キミ、そんな風に考えながら今まで対戦ゲームやってたの?
「しかし私達が負けたのは事実。ベットした分の賭け金を払わないといけませんね」
その光流の呟きに反応したのは夜宵だった。
「そういえば、試合前にヒナを賭けるとか言ってたね」
そうだったな。つまり、俺達が勝ったということは代わりに何か貰えるのか?
「はい、負けた代償として虎ちゃんを差し出します。煮るなり焼くなり好きにしてください」
とても楽しそうな様子で琥珀の背中を押す光流。
幼馴染みを躊躇なく売りやがったぞコイツ。
と、そんなことを言ってる場合じゃなかった。
背中を押された琥珀はよろめきながら前につんのめる。
「おい、危ないぞ」
言いながら俺は倒れそうになる琥珀に駆け寄り、彼女を抱き止めた。
「せ、せんぱーい」
俺に寄りかかった琥珀は、弱々しい声を上げながらこちらを見上げる。
「本当にごめんなさい。私、先輩のツイッターに悪戯したり、虎衛門を名乗ってDMで先輩をからかったり。先輩に酷いことばかりしちゃいました。
お詫びに私、先輩のものになりますから。悪い子の私をお仕置きしてください」
な、なんだと?
試合中は憎たらしいほどに、こちらを煽ったり強気に挑発してきた彼女が、負けた途端こんなにしおらしくなって涙目で哀願してくるなんて。
も、物凄く嗜虐心をくすぐられる。
この子を苛めたい!
はっ、いけないいけない。
俺は琥珀の両肩を掴み、彼女を引き剥がすと共に煩悩を消し去る。
琥珀にMっ気があることがわかったが、俺は常識人でいないと。
妹分二人にちょっとヤバめな性癖が発覚した今だからこそ俺は理性を保たないといけないんだ。
そうだよな夜宵? 俺達は常識人代表でいような。
「はあっ、はあっ、ところでたまごやきさん。そろそろ抱き締めていいですか?」
鼻息荒ーい! 手つきがいやらしーい! 涎垂れてるー!
もう駄目だ。この空間、変態しかいない!
「それではこれから表彰式を始めまーす! 優勝チーム・キャンプファイア、準優勝チーム・バニートラップ。前に来てください」
司会のそんな言葉で俺達は我に帰る。
そして言われるがままに運営席の近くへ移動し、準優勝のバニートラップから景品の受け渡しが始まった。
「準優勝おめでとう」
「ありがとうございまっす!」
「あら、可愛いですね」
光流達に渡されたのはヒヨコとニワトリをモチーフにしたマドールの手のひらサイズぬいぐるみだ。
対戦で強い機体ではないが、その愛くるしいデザイン故にマスコット枠として人気がある。
「続いて優勝チーム・キャンプファイア!」
俺達のチーム名が呼ばれると、夜宵は俺の背に隠れるように張りついた。
はいはい、キミはコミュ障だったね。
賞品は俺が受け取らないといけないようだ。
「優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
そうして渡されたのは、新品のゲーム機・
とは言え俺達が持ってる通常版とは違う。
その名の通り、ゲーム機の背面やAコン部分に
その中には夜宵が愛用するジャック・ザ・ヴァンパイアの姿もあった。
通常版よりちょっと値段は高くなるが、普通のゲームショップでも買えなくはない。
しかし値段は問題ではないだろう。この賞品は今日の試合で俺と夜宵が戦い抜いた記念であり、きっとこの先、今日のことを振り返るきっかけのひとつ、大事な思い出の品になることだろう。
どこにでも売ってる量産品のゲーム機とは違うのだ。
だが問題がひとつ。
「おいおい、ひとつだけですかー?」「二人組のチーム戦大会なのに賞品がひとつってどういうこと?」「これは戦って勝ち取るしかない」「ここで優勝チームの二人の友情に亀裂が!」
ギャラリー達が冗談混じりにそんな野次を飛ばしてくる。
「すいません、予算が足りなくてー」
運営席から主催のお兄さんが苦笑混じりに謝ってくれた。
まあ会場を借りたり機材を準備したりして、こんな高価な賞品まで用意してくれたのだ。
これだけの規模のオフ会を開くその労力を考えれば、それだけで頭が下がる思いである。
参加費を徴収してるとは言え、ちゃんと黒字になってるのかどうか。
箱に入った新品の
ひとつしかない優勝賞品。
これは後で夜宵に渡そう。
その後、運営から終わりの挨拶があり、会場は解散ムードに包まれる。
参加者が各人の荷物をまとめて部屋を出ていく。
夜宵はどこに行ったのかと視線を巡らすと、今日の大会で対戦した人達と話している姿を見つけた。
「あ、あの、あの、グルグルさん、モコモコさん、お疲れ様でした」
「お疲れさまー、ヴァンピィちゃん達も優勝おめでとう。じゃあねー」
「さよならっす! ヒナさんにもよろしく言っておいてください」
夜宵が自分から挨拶をしている。
その光景はとても新鮮だった。
今日一日、夜宵は沢山の人に声をかけられていた。
元々ツイッターで相互フォローだったり、あるいは対戦相手だったり。
でも夜宵は一言二言挨拶をしただけで言葉が出なくなってしまった。
何を話せばいいのかわからない、そんな様子で。
彼女は本当に人との会話が苦手なんだとよくわかった。
そんな夜宵が自分から帰りの挨拶をしているのだ。
相変わらず言葉数は少ないが、夜宵はコミュ障を克服しようと頑張っている。
そのいじらしい姿を見て俺は、いつまでも彼女を見守っていたくなった。
「お兄様、一緒に帰りましょう」
「何をぼーっとしてるんすか、せんぱーい」
と、思ったがいつまでもこうしてはいられない。
帰りの準備ができた様子の光流と琥珀が両脇に現れたのを見て、俺は苦笑を漏らす。
「わかったよ、ヴァンピィの挨拶が終わるまでちょっと待ってくれ」
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