#22 決着
「ナイスゲーム、だと?」
暗い声で琥珀はそう呟く。
そして正面に立つ夜宵に向けて、激しい闘志を叩きつけた。
「それで勝ったつもりっすか? ヴァンピィ!」
はっとして夜宵はフィールドの状況を確認する。
ジャック・ザ・ヴァンパイアの魔剣は
相手の姿が見えないと言え、それは狙い通りに頭部を貫いたのではないのか?
夜宵が困惑していると、今まで透明だった忍者の姿が少しずつ輪郭を取り戻してくる。
吸血鬼の投じた魔剣は虎の被り物をした顔の前で止まっていた。
忍び装束に包まれた左腕を貫いた状態で。
「まさか、あの攻撃をガードしてたの!」
夜宵は驚きを隠せなかった。
連射コンによって人の操作の限界を超えた移動速度に対して正面からカウンターを喰らわせたのだ。
防がれるなど思っていなかった。
とは言え、この一撃で
「
「虎ちゃん」
琥珀の言葉を、隣にいた光流が遮る。
「準備ができました。いつものをやりましょう」
それを聞いて、さっきまで闘志に溢れていた琥珀の表情に冷静さが戻った。
「そうだったな。これはチーム戦だ」
言葉と共に虎忍者は左腕に刺さった剣を引き抜き、投げ捨てる。
「ヴァンピィ! アンタは後回しっす!」
そして忍者はジャック・ザ・ヴァンパイアへ背を向けると、森の出口へ向かって走り出した。
夜宵もすぐに剣を拾い、虎忍者の去った方向を見つめる。
夜宵を後回しにするということは、敵の狙いは一つしかない。
「ヒナが危ない」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「準備ができた?」
俺は光流の言葉を反復した。
彼女の雰囲気は明らかに変わっていた。
「お兄様にヒントを差し上げます。ラビット・バレットの
ラビット・バレットの
「そうか、パワーゲージ!」
ラビット・バレットがこれまでに行った射撃攻撃の回数は十六回以上。
気付けば、奴のパワーゲージは百パーセントに達していた。
これでラビット・バレットは
光流はピストル型コントローラーのグリップについたボタンを押しながら宣言する。
「ラビット・バレットの
ラビット・バレットの首から下げられた懐中時計の針が高速で回り始める。
来る!
通常の
こいつは一体どんな能力を持ってるんだ?
針の回転が一際速くなると、ウサギガンマンの姿が徐々に透明になり消えていく。
やがてその姿が完全に景色と同化し、見えなくなった。
「まさか、透明になる能力?」
俺の呟きに光流はニッコリと笑みを返す。
「
言われてステータス表示を見る。
さっきまで
これで継続ダメージは期待できないか。
それと九分五十九秒という時間が表示され、カウントダウンが開始される。
これが
十分間の無敵状態か。なんて強力な
姿を消したラビット・バレットはどこへ行ったのか?
俺が周囲を警戒していると、背後から長く鋭い三本爪が襲いかかって来た。
プロミネンス・ドラコは振り向き様に左腕でその爪を受け止める。
攻撃を仕掛けてきた相手は忍び装束に身を包んだ虎顔のマドールだった。
「せーんぱい! 妹ばっかりじゃなくて可愛い後輩とも遊んでくださいよ」
琥珀!
バトルフィールドを挟んだ向こうに立つ声の主を見据える。
「はっ、モテる男は辛いねえ。体が幾つあっても足りねえわ」
俺が愚痴を零すと、琥珀は酷薄に笑った。
「その体、切り裂いちゃっていいっすか?」
瞬間、忍者が爪を振るい赤竜の左腕を斬りつける。
くっそ、
これでプロミネンス・ドラコは両腕を失ったことになる。
俺はなんとか忍者から距離をとろうと後退する。
だがそこに黄金に輝く光線が飛来し、炎の竜の足を貫いた。
このレーザー光線は光流のマドールか!
「
そんな光流の言葉が割り込んできた。
右腕を破壊したのに、類似効果の
俺はコントローラーを操作するも、プロミネンス・ドラコは電撃で痺れて動かない。
くっ、まずい。
そこに琥珀の嬉々とした声が飛んでくる。
「今度こそトドメっすよ! 先輩!」
虎忍者が爪を振り上げた。
駄目だ、やられる!
その時、無数のコウモリが現れ、忍者の腕に纏わりついた。
「ヒナはやらせない!」
夜宵の声が響く。
ウェスタンフィールドに来ていたのは
忍者の後方に、黒いタキシードに身を包んだ銀髪吸血鬼の姿があった。
いつも羽織っている黒マントは今はない。
「ちっ、追いついてきたっすね。ヴァンピィ!」
言って
コウモリの大群は忍者から離れ、吸血鬼の方向へ飛んでいった。
そこでコウモリは一つに固まり、黒いマントへと姿を変えてジャック・ザ・ヴァンパイアの背中に戻る。
オプションパーツ・
「ヒナは速く逃げて」
「ああ、サンキュ」
接近戦を苦手とするプロミネンス・ドラコがここに居ても足手まといにしかならない。
プロミネンス・ドラコを操作しながらも、虎忍者の動きを見る。
琥珀はターゲットを夜宵に移したようで、忍者はジャック・ザ・ヴァンパイアへと斬りかかっていった。
「はっ、威勢よく飛び込んできたところで、アンタが崖っぷちであることは変わらないんすよ!」
ジャック・ザ・ヴァンパイアの隣には青白く燃える人魂が浮いており、そこに1という数字が表示されている。
死のカウントダウンは残り1、あと一度でも撒菱を踏めばジャックは
プロミネンス・ドラコは何とか
このままではジリ貧だ。
その時、どこからともなく黄金の光線が飛んできてジャックを襲う。
ジャックは横っ飛びでそれを躱し、光線は地面に突き刺さった。
光流のラビット・バレットの攻撃か。あれに当たれば動けなくなる。
しかも肝心のラビット・バレットがどこにいるのかわからない。
姿なきスナイパーに狙われながら、夜宵は琥珀と戦わなければならない。
「ちょこまかと逃げるなら、逃げ道を塞いでやるっす!」
琥珀の言葉と共に、虎の被り物をした忍者の口が開き、光線が発射される。
それはジャックの後方の地面を照らし、そこに透明な撒菱がばら撒かれた。
まずい、このままではジャックの逃げ場はどんどんなくなっていく。
プロミネンス・ドラコが安全な場所に逃げても、ジャックを援護できないのでは夜宵が一人で戦ってるのと変わらない。
だが両腕を失ったプロミネンス・ドラコでどうすればいいんだ。
残ったのは
いや、駄目だ。
駄目だ。何も打つ手が浮かばない。
そしてこうしている間にも徐々に夜宵が追い詰められていく。
後方と左右の地面を撒菱で埋め尽くされ、正面からは虎忍者が爪で斬りかかってくる。
ちくしょう。何か手はないのか? 夜宵を助ける方法は!
使えるのは
そこで頭の中で何かが引っ掛かった。
いや、待てよ。巻き込んでもいいじゃないか。
それはリスクもあるが、同時にリターンだってある。
もう時間が無い。俺の意図を夜宵に説明している暇はない。
頼む。伝わってくれ!
「ヴァンピィ、短期決戦で決めてくれ!」
俺は手短にそれだけ伝え、Aコンを握り締める。
ならば逆に一切コントローラーを振らなければダメージを抑えることも可能だ。
そして竜の口から火球が放たれた。
それはジャックと
迫りくる炎の塊に最初に反応したのは琥珀だ。
「これはやべーのがきたっすね。でも
言葉と共に忍者は軽々とした身のこなしで宙返りし、その場から飛び退く。
「えっ?」
そこで琥珀が間の抜けた声を出す。
その反応は当然だろう。
なのにジャック・ザ・ヴァンパイアは一歩も動かないのだから。
そして巨大な火球は吸血鬼を呑み込み、晴天の青空へに火柱が上がる。
「そんな、味方の攻撃をわざと受けたんですか」
光流の困惑の声が響く。
伝わった。夜宵にだけは、さっきの一言だけで。
避けなかったということは、俺の意図を汲みとったってことだよな。
チラリと夜宵の表情を覗く。
彼女は俺に向けて小さく頷いた後、どこまで透き通った瞳でバトルフィールドを見下ろす。
あれは夜宵が極限まで集中しているときの目だ。
俺は目の前にいる光流と琥珀に種明かしをしてやる。
「今の
とは言えダメージ状況を見るに、ジャックの全パーツは限界ギリギリだ。
もう長くはもたない。
その上、
次の瞬間、炎の中から黒マントの吸血鬼が飛び出し、虎忍者に向けて疾走する。
それを見て琥珀も表情を引き締めた。
「たまごやき! 援護頼む!」
琥珀の言葉と共にどこからか黄金の光線が飛んできてジャックに襲い掛かる。
だがジャックは迷わず前へと突き進んだ。
光線を避けるそぶりさえなく、全身でそれを受け止める。
黄金に輝くレーザービームが吸血鬼の四肢を貫く。
「これでヴァンピィさんはもう動けません!」
喜色を滲ませた光流の声が響く。
だが、俺はそんな彼女に言葉を返す。
「悪いな、そうはならないんだ」
ジャックの動きは止まらない。未だその速度を緩めることなく
「ジャック・ザ・ヴァンパイアは
このゲームでは、状態異常は重複も上書きもされない。
「まさか、さっきの攻撃はその為に!」
光流の表情が驚愕に歪む。
そう。俺の意図を理解し、夜宵は敢えて
そこでジャックは魔剣を構え、大きく跳躍した。
空中へと飛びあがった状態から地上の虎忍者めがけて魔剣を振り下ろす。
「これで、トドメええええええ!」
普段大人しい夜宵が声を張り上げる!
「いいや、そうはさせないっすよ!」
だがそれを琥珀の言葉が遮った。
「
なっ、いつの間にか
一瞬にして虎忍者の周囲の地面が光り輝き、そこ透明な撒菱が隙間なく生み出される。
「
ジャックは空中で剣を振りかぶったままの状態。
これではジャックが次に着地した時、必ず撒菱を踏んでしまう。
だけどな、琥珀。お前が切り札を使うというなら、こっちも既に切り札の準備は整っているんだよ。
「ジャック・ザ・ヴァンパイアの
夜宵の凛とした声が響く。
「
瞬間、ウェスタンフィールドの上空の青空がどんどん暗くなっていく。
「
「フィールドの状態を書き換える
琥珀が眉を顰める。
そう、バトルフィールドは天候や時間と言ったステータスを持つ。
ジャックの
そして悪魔タイプのジャック・ザ・ヴァンパイアは夜のフィールドでは攻撃力と防御力がアップする、が。
「だったらどうしたんすか? あと一回、
今更攻撃力と防御力が上がった程度では盤面に影響はない、琥珀はそれをよく理解していた。
しかしこちらの狙いはここからだ。
ジャック・ザ・ヴァンパイアが背に羽織った黒マントが無数のコウモリへと分離、そして新たな姿へ再構築される。
それは闇夜に輝く邪悪な一対の翼となってジャックの背中に取りついた。
「なっ、変形したっすか!」
琥珀が目を見開く。それに夜宵が言葉を重ねた。
「フィールドが夜の時、オプションパーツ・
「飛行能力、だと!」
飛行能力を得たジャック・ザ・ヴァンパイアはもはや地面に着地する必要はない。
地上に如何なるトラップが仕掛けられていても全て無意味となったのだ。
満月を背に夜空を飛ぶ吸血鬼が剣を振り下ろす。
「
夜宵の叫びと共に吸血鬼の剣が虎忍者の頭部を一閃した。
忍者の体はぐらりと揺れ、力なく地面に倒れる。
「くっ、やられた」
琥珀が悔し気に歯を食いしばるが、まだ勝負は終わらない。
「次はお前の番だぜ。たまごやき」
俺がそう告げると、光流は強い視線でこちらを見つめ返す。
「ラビット・バレットの無敵状態は十分間というタイムリミットがある。フィールドの時間を進め夜にしたことで、お前の
ジャックの
その事実を突きつけてもなお、光流は不敵な笑みをこちらに向けてくる。
「それで? 私の無敵時間が終わったとして、お兄様に私が見つけられますか?」
そう、フィールドは夜状態。
プレイヤーにとっても見通しが悪い中、ラビット・バレットはどこに隠れているのか?
透明状態が解除されても居場所がわからなければ意味はない。
息を潜めたスナイパーは闇夜に紛れ、再び俺達に銃口を向けるだろう。
だが、最初から居場所の目星をつけていれば話は別だ。
「さっきから何度も撃っていた
昔から、かくれんぼの時は鬼の近くに隠れるタイプだったよな、お前は」
俺の言葉を受け、光流の顔から血の気が引いた。
「フィールドが夜の時、プロミネンス・ドラコの
百パーセントまで溜まったプロミネンス・ドラコのパワーゲージを全て消費。
燃え盛る炎の翼を持った赤竜はその炎を全身へと広げていく。
「絶対追尾、貫通付与、威力倍加、
今や赤き竜は全身を炎に包まれた火炎竜となった。
「これで本当の決着だ!
燃え盛る炎の化身はその体を矢のようにして解き放つ。
炎は闇を切り裂き、ウェスタンフィールドの中心にある時計塔の文字盤を貫いた。
次の瞬間、時計塔は炎に包まれ爆発する。
そしてガンマンの格好をしたウサギ型マドールが爆破の勢いで空へと放り投げられ、瞬きの間に再び炎に喰われていった。
ラビット・バレット、
「決まったあああああ! ウィナアー! キャンプファイアアアアアア!」
マイクを通した司会の声が会場に響くのを聞きながら、俺は肩の力を抜くのだった。
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