#14 二回戦は大丈夫?
「ヒナ、ごめんね。私が足を引っ張っちゃって」
一試合目を終えた俺達は休憩の為、一旦廊下に出てきた。
夜宵は椅子に座り、失意のあまり顔を俯かせてる。
無理もない。
さっきの試合、俺にもいくつか反省すべきポイントはあったが、それ以上に夜宵は殆ど実力を発揮できてなかった。
あらゆる場面において行動も判断もワンテンポ遅れ、勝機を逃してしまった。
普段の彼女なら絶対にあり得ない敗北。
本来、夜宵の実力は世界レベルだ。
シングルスランキング世界九位まで登り詰めたその腕はダブルスにも転用できるだろう。
だが勝てなかった。
理想と現実のギャップ。
元々実力のないプレイヤーが順当に負けただけならここまで落ち込まない。
力があるのに発揮できず、有利だった試合で勝ちきれなかったからこその悔しさ。
今、彼女は不甲斐なさで自責の念に苛まれているのだろう。
なんて声をかければ夜宵の心を軽くしてあげられるのか。
「私、ヒナの役に立ちたかったのに、ごめんなさい」
沈んだ声でそう溢す彼女に、俺は努めて明るく言葉をかける。
「やーよい! そんな落ち込むなって。俺らダブルスに関しては初心者だし、負けて元々だって」
俯いていた夜宵が恐る恐るといった様子で顔を上げ、俺の目を見つめる。
「まあでも、最強のダブルスプレイヤーで、組んだパートナーを必ず勝たせる優勝請負人! みたいな人がいても俺は夜宵を選んだけどな」
「どうして?」
不思議そうに訊いてくる彼女に俺は迷いなく答えた。
「夜宵が友達だから、かな。お前とチームを組めば勝っても負けても楽しいって思ったから。だからさ、今日の大会に一緒に参加してくれただけで凄い感謝してるんだよ」
たとえ夜宵が試合に勝てなくても、彼女に価値がなくなるわけじゃない。
夜宵と遊ぶのが楽しい。それこそが最大の価値だ。
「だから気楽に楽しもうぜ。全敗してもいいくらいの気持ちでさ」
俺は夜宵に残りの試合を楽しんで、今日という日をいい思い出にして欲しい。
虎衛門に会う、という目的よりも今はそっちの方がずっと大事だった。
「そっか。うん、ありがとうヒナ」
ほっとしたように夜宵が微笑む。
良かった。笑ってくれた。
彼女は椅子から立ち上がると、俺に向けて告げる。
「ヒナは先に戻ってて。私、ちょっと顔を洗ってくる」
「ん、わかった」
ホールへと足を向けたところで、念の為夜宵に注意しておく。
「そうだ、さっきはつい本名で呼んじゃったけど、部屋に戻ったらハンドルネーム呼びな」
半分は自分に釘を刺す意味で言っておく。
「うん、わかってる。ヒナ」
「そういえば、キミの方はいつも通りでしたね」
便利なんだか、なんなんだか。
俺は苦笑を返しつつ、一足先に部屋に戻った。
そうしてテーブルにつくと、空いているチームに次の対戦を申し込まれた。
相方が戻ってくるまで待っていただければ、と断りを入れ俺は対戦を承諾する。
まもなく夜宵がテーブルに帰ってきた。
「お帰り、早かったな」
「うん、すっきりしてきた」
そう告げる夜宵の顔は晴れやかだ。
それに髪が少し濡れてるように見える。顔を洗ってくると言っていたっけ。
俺が次の対戦相手が決まってる旨を伝えると、夜宵は着席しゲーム機の準備をする。
ゲーム画面を見つめる彼女の瞳はどこまでも透き通っていて、さっきまでの緊張はもはや見当たらない。
むしろこの上なく集中しているように見えた。
「よし、始めよう」
俺がそう告げると試合が開始される。
その時、隣の夜宵が小さく呟いたような気がした。
「コロス」
と。
そして試合開始から一分経過したとき、牛頭人身の敵マドールが、首を切り落とされ地面に転がっていた。
夜宵の操るジャック・ザ・ヴァンパイアが電光石火の早業で敵のミノタウロス型マドールに接近、そして次の瞬間には
「は、速い」
相手の青年は呆然とそう呟く。
彼はこの試合、防御も回避も、本当になにもできなかったろう。
しかし試合はまだ続いている。
「ヴァンピィ! 後ろだ!」
ジャック・ザ・ヴァンパイアの背後から、人の上半身と獣の下半身を併せ持つケンタウロス型マドールが槍を構えて襲いかかる。
完全な死角からの一撃だ。
俺のマドールはまだ彼らに合流出来ていない。
このままでは夜宵はやられる!
そう思った瞬間、夜宵のゲーム機からガチャガチャと複雑な操作音が響いた。
アナログスティックを回転させながら、目にも留まらぬ早さでボタンを叩く。
なんて早業! その指さばきは同じ人間のものとは思えない!
ジャック・ザ・ヴァンパイアは魔剣を振るいながら体を一回転させ、背後から迫りくるケンタウロスの胸を横一閃に切り裂いた。
あの技を発動するには複雑なコマンド入力が必要となる。それをあの一瞬でやってのけたのか。
しかも死角の筈の真後ろの敵に向けて。
いや、近接戦闘において彼女に死角などないのだ。
これがシングルスバトルの上位ランカー、ヴァンピィの真の実力。
ゲーム画面を見つめる彼女の透き通った瞳。
試合開始からここまで表情一つ変えないとは恐るべき集中力だ。
敵マドール二体の
そこで夜宵は、ふうっと息を吐いて漸く表情を緩めた。
その彼女の瞳が俺を捉える。
「ヒナはこの大会、全敗してもいいって言ったけど、私はそうは思わないよ」
ぐっと握り締めた拳を彼女はこちらに差し出す。
俺も同じように拳を握り、二人の拳をコツンとぶつけた。
「優勝しようね! ヒナ!」
夜宵の屈託のない笑顔。彼女のモチベーションの高さが伝わってくる。
それを感じて俺も楽しくなってきた。
「おう、やってやろうぜ!」
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