#10 美少女のおパンツ食べたい

 コミュ障の夜宵に代わって会計を済ませることを申し出て、彼女には店の外で待っていてもらう。

 俺が紙袋を下げて店から出ると、夜宵はモール内のソファーに座りスマホを見ていた。

 彼女は俺に気付いて顔を上げると、不安げな表情でソファーから立ち上がる。


「ヒナ、これどういうこと?」


 震える手でスマホを握り締める彼女を見て、俺もただならぬ気配を感じた。


「なんだ? 何かあったのか」

「これ」


 夜宵がスマホの画面を見せてくれる。そこに写っていたのはツイッターのタイムラインだ。

 そこに表示されていたヒナ、というアカウント名のツイートを彼女は指し示す。


『美少女のおパンツ食べたい』


 は?

 その変態的なツイートにはご丁寧にフォークとナイフの絵文字も添えられていた。

 ヒナというのは俺のアカウント名だが、当然こんなツイートした覚えはない。

 まず真っ先に思い浮かんだのは、同じアカウント名の別の人のツイートの可能性。あるいは名前とアイコンを俺のアカウントと同じにした成りすましの可能性。

 しかし問題のアカウントを確認すると、ツイッターID、フォロー・フォロワーなどを見ても間違いなく自分のものだった。


「ヒナ」


 夜宵が震える声で言葉を吐き出す。


「ようやくヒナもこっち側に来たんだね」


 キラッキラと目を輝かせながら。

 えー?

 とにかく状況把握に努めようと、俺も自分のスマホを取り出しツイートを確認する。

 先程の呟きは間違いなく自分のアカウントから発信されたものだと確認できたが、そこに一件のリプライがついていた。


『ご注文を承ります。食べたいおパンツを選んでください』


 そう言ったのは相互フォローで、いつも可愛い女の子の絵をアップしている、たまごやきさんだった。

 彼は自分の過去絵からパンチラ系の絵を四枚貼り付けて、こちらに選択を迫っていた。

 なるほど、パンツのデザインに拘りがあるのだろう。どれも可愛らしい下着だ。

 いや、そうではなくてね。

 俺が反応に困っていると、たまごやきさんのリプにさらに返信がついた。


『どのおパンツも美味しそうです! やっぱりたまごやきさんの描く女の子はいつ見てもえっちくて最高ですね!』


 と、リプライを送るヴァンピィさんだった。


「キミ達、悪ノリは止めよう!」


 スマホから顔を上げ正面の夜宵を見る。

 彼女は涎を垂らしながらスマホを食い入る様に見つめていた。


「あっ、ご、ごめんヒナ。でもやっぱりいいよね、たまごやきさんの絵は。こんなおパンツなら三食たべても飽きないよね」


 そうだった。ツイッターでのヴァンピィさんは可愛い女の子絵に目がなく、いつも欲望丸出しの感想を呟くキャラだった。


「とりあえず落ち着こうね夜宵ちゃん。ツイッターでそういう発言する分にはギリギリアウトで済むけど、リアルで口に出したら完全にアウトだから!」


 この子、どんどん本性が出てきてるな。

 おパンツ食べたいなんて変態的な発言をリアルですれば、周りからは冷たい目で見られ、距離を置かれることだろう。

 ただし、ツイッターの世界では話は違う。

 この世界では変態的な発言が飛び交うことなど日常茶飯事なので、周りからはなんだいつものか、とかあるいは、アイツもついに染まったか、くらいにしか思われない。

 その上、同じ変態からは同好の士を見つけたとばかりに嬉々として絡まれる。

 それがツイッターの日常である。


「とにかく誤解を解かせてくれ。これは俺が書いたツイートじゃない」


 はっきりと夜宵にそう宣言する。

 すると彼女は親友に裏切られたような悲しい表情を見せた。


「えっ、それじゃあヒナは美少女のおパンツ食べたくないの?」

「なんで残念そうなの? あとおパンツから離れて! もうちょっと別の方向から心配して!」


 問題のツイートが送信されたのはつい数分前、俺が服屋で会計を済ませていた頃だ。


「夜宵も外から見てたよな。あの時の俺はスマホを触ってなかった。こんなツイートをするタイミングはなかっただろ」

「じゃあ、予約投稿とか?」

「人はどんな精神状態だったら、美少女のおパンツ食べたいとか予約投稿するんだろうね」


 突発的な変態発言ならまだしも、計画的変態発言とか嫌すぎるぞ。

 考えられるとすれば、俺のツイッターのログインパスワードを第三者に知られたことによるアカウント乗っ取りの可能性だろう。

 俺は自分のアカウントからさっきの件を釈明する。


『すいません、さっきのツイートは僕が書き込んだものではありません。誰かにアカウントを乗っ取られたのかもしれません』


 そう文面を組み立て、送信する。

 問題のツイートを削除すべきかとも思ったが、証拠として残しておいた方がいいと判断した。


「アカウントの乗っ取り、って怖いね」


 ようやく夜宵も事の重大さを理解したのか、暗い顔でスマホ画面を見つめていた。

 先程の俺の説明でフォロワーの皆も事態を把握してくれたのだろう。いくつかのいいねがついた。

 それだけではなくリプライも来る。


『アカウントの乗っ取りなんて災難だね。早めにパスワードを変えた方がいいよ。犯人に先にパスワードを変えられたらアウトだ』


 たまごやきさんだった。

 そうだった。パスワードを犯人にわからないものに変えないと。

 先程は悪ノリをしてきたが、深刻な事件だと理解するやすぐに適切なアドバイスを送ってくれる。

 こういうところは素直に尊敬できる。

 たまごやきさんの正確な年齢は知らないが、きっと年上の頼れる男性なのだろう。

 ツイッターでは可愛い女の子の絵を描きながら独自の性癖を吐き出す時もあるが、リアルではしっかりした人に違いない。

 パスワードを変更し終えると、俺はたまごやきさんにお礼の文章を送る。


『アドバイスありがとうございます。突然のことに気が動転しててパスワードのことまで頭が回りませんでした。今、変更しました』


 それに対する返信はすぐに来た。


『とにかく今後は気を付けないとね。キミのログイン情報を他の人に知られてたりとかの心当たりはないかい?』

『いえ、誰にも知られてないと思います。ひょっとして家族なら僕のパソコンからログインしたりすることはできるかもしれないですが』


 そう言えば自宅のパソコンはツイッターにログインしっぱなしだったか。

 でもパソコン自体にもログインパスワードが必要な筈だし。それは誰にも教えていないと思うが。

 いや、昔光流が俺のパソコンを使いたいって言って、教えたことがあったっけ?

 そう悩んでいると、たまごやきさんからの返信が表示される。


『そうか、キミの家族がこんな悪戯をするとは思えないし、やはり外部の者が犯人なのかもしれない。気を付けた方がいいね』


 親身になって俺の心配をしてくれる。たまごやきさんは本当にいい人だ。

 ネットの世界だけの繋がりとはいえ、俺は人の暖かさを感じるのだった。

 しかし一体犯人は何者なのか。

 そう悩んでいると、ツイッターの画面にDMにメッセージが届いたことを示す通知が来た。

 このタイミングで? なんだろう?

 事件と関係あることかもしれない。

 そう思って、内容を確認する。

 DMの送り主は、虎衛門とらえもん

 初めて見る名前だ。少なくとも自分のフォローしている相手ではない。

 アイコンは初期アイコンのまま。内容はこうだ。


『初めまして。私の名前は虎衛門。未来の世界からやってきた高性能AIだ』


 この上なく胡散臭かった。

 メッセージは続く。


『私はツイッターの持ち主の深層心理を読み取り、自動的にツイートする機能の実験中なのだ。先程はキミの心の奥で思っていることが勝手にツイートされて、さぞ驚いただろう』

『いや、美少女のおパンツ食べたいとか深層心理でも思ってないですけど!』


 流石に我慢できずツッコミを送ってしまう。

 しかし虎衛門とやらの態度は変わらない。


『今はお昼時だからね。キミはきっとこう考えていたはずだ。お腹がすいたな。ラーメンでも食べたいな、と。私はその心理を読み取り、日本語に変換。結果「美少女のおパンツ食べたい」という文面がツイートされたのだ』

『最悪の変換方式やめろ!』


 正体不明の相手にこうもふざけられてはたまらない。

 俺は相手を問い詰めにかかる。


『要はさっきのツイッター乗っ取りは貴方の仕業なんですね。貴方は何者なんですか?』


 返信はすぐに返って来た。


『私の正体が知りたいかい? なら直接会おうじゃないか。双子座オフに来るがいい。そこでキミを待ってる』


 双子座オフ?

 ちょっと前にTLに流れてきたのを見たことがある。

 魔法人形マドールプレイヤーの集まるオフ会の一つだった筈だ。

 それっきり相手からのメッセージは途切れてしまった。

 こちらからメッセージを送っても一切反応はない。

 改めて虎衛門のアカウントを確認しに行く。

 アイコンやヘッダーは初期状態のまま。フォロー・フォロワー数もゼロで、このアカウント自体、さっき作ったばっかりのようだ。

 捨て垢の可能性もあるだろう。

 俺は監視の意味も込めて虎衛門をフォローした。

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