魔法人形~マドール~ ネットで出会った最強ゲーマーの正体は人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
第一章 お家に行きたい
#1 吸血鬼はコンビニでプリンを買って帰り道で転んで泣いた
俺の友達に
朝日に照らされた線路を走りながら電車がホームに到着する。
入口が開き、降車する人の流れを見送った後、俺は電車に乗り込みながら考える。
吸血鬼は夜行性だ。
だから今の俺のように朝早く通学ラッシュの電車に乗ることもないし、今頃はベッドでスヤスヤと寝息を立てているのかもしれない。
俺と吸血鬼の生活スタイルの違いを挙げるとしたらそんなところ。
次に俺とアイツの共通点について話そう。
吸血鬼はツイッターをやってる。
ほんの百四十文字以内の日常の一コマを文字にして呟く世界的に有名なSNS。それがツイッターだ。
乗換駅までのほんの少しの空き時間を持て余し、俺はスマホを取り出す。
そしていつもの習慣でツイッターを開いた。
画面に表示されたのはカタカナ二文字のアカウント名、ヒナ。それが俺のアカウントだ。
その名前からひな祭りを連想するなら、中身は女の子なのかと誤解する人もいるだろう。
ただし、俺は正真正銘高校二年の男子である。
本名は
遥か昔の、アカウントを作った中学生当時の自分は何とも安直にハンドルネームを決めたものだ。
当時から現在に至るまで
リア垢というものを持たない自分にとって唯一のアカウントである。
ツイートをするボタンを押して、朝の挨拶を書き込む。
『おはようございます』と。
特に深い意味もなく、誰かに向けたわけでもない、その日その時の気持ちや思い付きを呟く。それが自分のツイッターでの日常だ。
先ほどの自分のおはようツイートにフォロワーからいくつかのいいねがつく。
まあこんな内容の無いツイートにリプライなんて来ないだろう。そう思っていた時、一件のリプがついていることに気付いた。
内容は一言、『おやすみ』ひらがな四文字のシンプルなリプだ。
どうやら早速釣れたようだ。普通の人間とは真逆の生活スタイルの生き物、
書き込んだアカウント名はヴァンピィ。アイコンは有名漫画に出てくるイケメン吸血鬼キャラである。
俺のおはようございます、というツイートに対して、おやすみという返信。
俗に言うクソリプという奴だが、付き合いの長い相互フォロー相手だから悪意がないことはわかっている。
『ヴァンピィさん、また昼夜逆転生活ですか?』そうリプライを送る。
返信はすぐに来た。
『俺は吸血鬼だぞ。夜型生活をして何が悪い』
そう、ツイッターには色んな人がいる。
一応俺はツイッター上でも男子高校生であることは明言している。それと同様に大学生や社会人を名乗るフォロワーもいる。
一方で自分の年齢や性別を素直に明かさない人もいるのだ。
普段のツイートから明らかに男なのに、十七歳JKを名乗ったり、十歳の魔法少女を自称したり。
このヴァンピィさんも年齢・職業は不詳。性別は多分男。まあ普段のツイートを見る限りの推測だが。
そして彼は吸血鬼を自称している。
アイコンはアニメや漫画の吸血鬼キャラをコロコロ変えて使ってるので、吸血鬼というものに拘りがあるのだろう。
ハンドルネームのヴァンピィも多分ヴァンパイアをもじった感じなのだと思う。正確な由来は知らないが。
ヴァンピィさんのリプライにいいねを押し、会話をそこで切り上げる。
電車内に目を向けると、俺と同じ高校の制服を着た男女が楽し気に会話をしているのが目に留まった。
朝の通学中だし、同じ学校の生徒がいることは珍しくない。
しかしボディタッチを交えながらキャアキャアと盛り上がるその二人を見ていると、ちょっと場を弁えてくれという感想が出てくる。
『電車内だってのに、カップルみたいなのがイチャついててうるさい』
その時の気持ちをツイッターに呟く。誰かの反応を求めたものではなかったが、すぐにリプライがついた。
『それは爆破案件だ。リア充は爆破すべし、ってお前も義務教育で習っただろう?』
ヴァンピィさんだった。寝るんじゃなかったんですか?
『ウチの学校には殺人と爆発物取り扱いのカリキュラムはなかったですね』
そう返信する。すぐにヴァンピィさんの反応が返って来た。
『お前、俺が引きこもり吸血鬼だからって舐めてるだろ。俺だって車内マナーくらい知ってるぞ。優先席付近での爆発物の使用はお控えくださいって』
『優先席以外でも駄目です。車内マナー以前に法律で禁止されています』
『とにかく爆破だ。リア充を爆破するために常に爆薬を持ち歩かないなんてヒナは意識が低いぞ』
『僕を意識高い系テロリストに仕立て上げようとしないでください』
ちなみにリアル一人称は「俺」だが、ツイッター上ではなんとなく「僕」にしている。
ヴァンピィさんとのそんな雑談のお陰で、乗り換えまでの時間を潰すことができた。
同じ
馬が合うというやつだ。
いつかリアルで会ってみたい。そんな風に思っていた。
自分も参加したことがあるが、ヴァンピィさんがオフ会に出たという話は聞いたことがない。
その内、彼をオフ会の場に引き摺り出したいものだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
駅から出た後、コンビニに寄って今日の昼飯を確保する。
適当なおにぎりを数個カゴに入れてレジに並ぶと、自分の前に並んでいる少女が視界に入った。
腰ほどまで伸ばした長い黒髪、頭の左側のみ黄色いシュシュで髪を結わえてワンサイドアップにした少女。
後ろ姿しか見えないが、美少女の雰囲気を感じる。
なんとなく違和感を覚えて、すぐにその正体に気付いた。
小柄で俺よりも頭一つ分背の低い彼女は、ラフなジャージ姿だ。
年齢は恐らく俺と変わらないだろうに、平日朝のこの時間、学校などに行かないのだろうか?
彼女が新発売らしきプリンの会計を済ませるのを、ぼーっと眺めてると、もう一つのレジに店員さんが現れ、お次のお客様こちらへどうぞー、と呼ばれる。
そのまま自分も会計を済ませた頃には先程の少女の姿は既になかった。
買ったものを鞄に仕舞いながら自分も店を出る。
学校にいかないとな。そういえば今何時だろ。
スマホを取り出し、時間を確認する。まだ余裕がありそうだ。
丁度その時、さっき開いていたツイッターの画面が更新され、新しいツイートがタイムラインに表示される。
ヴァンピィさんが画像つきのツイートを上げていた。
どこかの公園のベンチに、新発売を謳ったプリンとビニールに包まれた割り箸が置かれている写真。
そこにこんな呟きが添えられていた。
『コンビニでプリン買ったら割り箸つけられてジャパニーズの洗礼を受けてる。
ジャパンのサムライもニンジャもゲイシャも箸でプリンを食うらしいが、俺はまだその境地には至れてないんだぜ』
いや、何エセ外国人の間違った日本知識みたいなこと言ってるんですか。あんたも日本人でしょ。
何かリプライを送ろうとしたが、そこで写真に意識を引っ張られた。
あれっ。この公園、見覚えがあるような。
写真に写る断片的な情報だけでは確信が持てないが、これ近くの公園じゃないだろうか。
そうだ、コンビニを出て少し住宅街方向に行ったところに小さな公園がある。
あそこに非常によく似ていた。
それに気付くと自分の中に好奇心が芽生えてくる。
この公園が自分の記憶にあるものだというなら、ヴァンピィさんがすぐ近くにいるということだ。
ひょっとしたら、よく似た違う場所なのかもしれないけど。
確かめたい。その欲求に抗う理由は見当たらなかった。
幸い登校時間には余裕がある。
地面を蹴り、早足に公園を目指す。
目的の場所はすぐに視界に入った。
そこには先程コンビニで自分の前に並んでいた少女がベンチから立ち上がり、エコバッグにプリンと割り箸を仕舞ってるところだった。
まさか、あの子が?
逸る気持ちを抑えることもできず、俺は彼女のそばまで駆け寄る。
「待ってください」
俺の声に、ぎょっとして彼女はこちらを見た。
息を乱しながら走り寄ってきた俺を見て驚いている。そんな顔だ。
俺も彼女の顔を改めて確認する。
人形のように整った目鼻立ち、幼さの残るあどけない顔だちは年下のようにも見える。
本当にこの子がヴァンピィさんなのか?
こんな女の子が?
普段、男口調でツイッターで呟いてるイメージと全く結び付かないぞ。
頭の中を色んな疑問が駆け巡るが、それは全て目の前の少女に聞けばハッキリすることだ。
「あの! ヴァンピィさんですよね!」
一瞬の沈黙。俺の問いかけに彼女が息を呑んだのがわかった。
どうしよう。固まってる少女を前に俺は何か言葉を続けないとという使命感に囚われる。
「さっきツイッターにプリンの写真上げてましたよね。背景からしてここの公園だなと思って――」
俺の言葉の途中で少女は踵を返し、その場から逃げ出した。
「あっ、待って」
反射的に俺は後を追おうとする。
しかしそのすぐ後に、彼女は公園の出口近くまで走ったところで足をもつれさせ、前に倒れた。
「大丈夫ですか!」
責任を感じて彼女の元に駆け寄る。
地面に伏している少女の近くまでいくと、うっうっ、という嗚咽が聞こえた。
泣いてる!
うわあああああ、泣かせた泣かせた! 女の子を泣かせてしまった!
警戒されている身でありながら彼女に近寄るのも躊躇われるが、このまま放っておくわけにもいかない。
俺はうつ伏せに倒れる少女の前にしゃがみ、声をかける。
「すいません、俺は怪しい者じゃないんです。それより、立てますか? どこか痛いところはないですか?」
――うっ、ううっ、うっうっ。
駄目だ。泣き止まないし、自ら体を起こそうという素振りさえ見えない。
そう思っていると、彼女の嗚咽の中に言葉らしきものが混じって聞えた。
「ううう、もう無理。死んじゃう……」
「死なないでください! 大丈夫、傷は浅いですよ! 痛いの痛いの飛んでけー!」
いや、傷が浅いかどうか以前に、傷があるのかどうかもこっちからはわからないけどとにかく励ます。
まさか見知らぬ女の子に声をかけただけでこんな大惨事になるなんて、後悔と罪悪感が際限なく込み上げてくる。
やがて彼女は地面に両手をついて上半身をゆっくりと起こす。
ようやく見えた彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
うっ、うおおおおおおお! 俺の馬鹿! 俺の馬鹿! なんて考えなしに行動したんだ。
仮にこの子の正体が本当にヴァンピィさんだったとしても、どこの誰とも知らない男にリアル特定されたら警戒するに決まってるだろ。逃げ出すのも当然だ。
「本当に、びっくりさせてごめんなさい。立てますか?」
誠心誠意の謝罪を込めながら俺は彼女に手を貸し、立ち上がらせる。
ふらつく彼女の肩を支えながら、近くのベンチまで先導し、少女を座らせた。
「大丈夫ですか? 痛いところとかあります? まだ痛むようなら救急車呼びますよ」
例え学校に遅刻することになろうが、自分がやらかしたことは自分で責任を取る。
彼女に深刻な怪我でもあれば、救急車に乗って付き添う覚悟だ。
だが俺の決意とは裏腹に、少女は首を横に振った。
「へ、平気。い、い、痛み、は、収まって来たし」
さっきまで泣いていたせいか声が震えていた。
彼女は全身ジャージ姿なので膝を擦りむいたりとかはなさそうだが。
「手は? 手とか擦りむいてないですか?」
「う、うん」
手の平を広げて俺に見せてくれる。確かに、怪我などは見当たらなかった。
とすれば、転んだ時の一時的な痛みさえ収まれば歩いて帰れるだろう。
こんなラフな格好でコンビニに来たということは、きっと自宅もこの近くだろうし。
俺は地面に転がっていた彼女のエコバッグを拾ってベンチに届ける。
中身がチラッと見えたが、新商品のフルーツプリンは転んだ衝撃でプリンの上に乗ったクリームとフルーツが混ざってしまっていた。
容器に入ったままだから、食べる分には支障はないだろうが、見栄えは残念なことになっている。
「ほんっとうに、ごめんなさい」
彼女がようやく落ち着いたところで俺は改めて頭を下げた。
そこで少女が、控え目に言葉を吐き出す。
「あ、あの、その、ち、違う」
途切れ途切れで何を言いたいのかわからないが、俺は彼女が言い切るのを待つ。
「ヴァンピィ、って人、知らない、私、違う、から」
そっか。
どうやら俺が口にしたヴァンピィという名前には全く心当たりがないらしい。
「ごめんなさい、人違いでした! 本当にすいませんでした!」
完全に無関係の少女を驚かせ、傷つけてしまった。
俺の馬鹿、俺の馬鹿、俺の馬鹿!
「痛みは大丈夫ですか? お詫びに家まで送ります」
「えっ、あっ、うん」
見るからに気の弱そうな少女は、一瞬戸惑いを見せたものの、俺の言葉に頷いてくれた。
本当は見知らぬ男に家までついて来られるのは嫌だが、気の小さい彼女は断れない。
そんな風に見えた。
とは言え、俺も自分のせいで転んでしまった少女を放置することはできない。
その後、俺は痛みの引いた彼女に手を貸し、家まで送り届けた。
彼女の家は公園を出てすぐの一軒家で、本当に目と鼻の先だった。
「あ、ありがと、ございます」
「うん、お大事にね」
たどたどしくお礼の言葉を吐き出す少女が玄関に入っていくのを見届ける。
さて、まだギリギリ遅刻せずに済みそうな時間だな。
学校へ行こう。そう思った時、ふと彼女が入っていった家の表札が目に入った。
月詠、と書かれていた。
つくよみ、と読むのだろうか?
どこかで聞いたことのある苗字のような気がする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おはようみんな! 今日も
思い出した。
聞くところによると彼女は一年の終わり頃から学校に来ていない、いわゆる不登校らしい。
俺は二年から彼女と同じクラスになったものの、六月になる今日まで一度も学校に来た姿を見たことがない。顔すら知らない。
俺のように今年から彼女とクラスメイトになった人間達にとって幻の存在。
そんなわけで、ついたあだ名が幻のクラスメイトというわけだ。
あの子が月詠夜宵ならば、平日の朝でありながら学校に行く様子が無かったことも納得が行く。
やがて朝のホームルームが終わり、担任教師が退出すると教室内が賑やかになる。
今朝の失態を思い出しながら、俺はスマホを操作しツイッターを見る。
そういえば、ヴァンピィさんは結局どうしてるんだろうな。
まあいつもなら寝てる時間だと思うが。
そんな風に思いながらタイムラインを確認する。
すると丁度、その当人の呟きが表示された。
『公園で弱そうなガキに絡まれてプリン潰れちまったけど、返り討ちにして泣かせてやったぜ』
めっちゃイキってるやん、この人。
正直、このツイートを見て俺の中に一つの疑念が生まれた。
さっき公園で会った少女は自身がヴァンピィであることを否定したが、プリンが潰れたという符合が気にかかる。
やっぱり、さっきのあの子――恐らくは月詠夜宵がヴァンピィさんなんじゃないのか?
俺はその真偽を確かめるために、彼にDM(ダイレクトメッセージ)を送ってみる。
下手をすれば身元バレに繋がる話題なので、第三者から見えないDMの方がいいと思ってのことだ。
『どうも、弱そうなガキです。さっき転んだ時の痛みは大丈夫でしたか?』
そんなメッセージを送り少し待ってみると、返事はすぐ届いた。
『えっ! 待って、さっきのは、ひょっとして』
かなり驚いているようだ。
あの時、俺は自分のハンドルネームを名乗らなかった。彼女からすれば俺が誰だか分らなかったのだろう。
『違うぞヒナ。キミは何か勘違いしている。あるいは人違いというべきか』
すぐに取り繕うような返信が来たが、それには構わず俺は畳みかける。
『まだ本調子でないようなら、学校が終わってからお見舞いに行きますね』
『いやいや、来なくていい。何、勘違いしてるんだ? 俺は怪我とか一切してないからな!』
その返事を見て、俺は苦笑した。
この人、なんか可愛いな。本当に誤魔化すのが下手だ。
『本気で誤魔化したいなら、ヒナは俺の家を知らないだろ、って言うべきでしたね。お陰で僕は貴方の正体に確信が持てました』
これはもうヴァンピィさんが月詠夜宵で確定と思ってよいだろう。
『え、えっと、あのね、本当に、来なくていいから、平気だから』
とうとう、いつもの男言葉ではなく、素の喋り方になって俺の訪問を取り下げさせようとする。
俺はそんな彼女の反応に苦笑しながら、『放課後を楽しみにしていてください』と送るのだった。
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