私が振られる5分前!?

霜月かつろう

第1話

 夏休みに入るちょっと前。期末テストも終わり、少しだけ余裕ができた高校2年生のその日の日直。みんなが登校する前のそのちょっとした時間を心臓が飛び出そうなほどの、激しい緊張に押し潰されそうになっていた。


 目の前には憧れの智也ともや君がいて、依子よりこの言葉がフラッシュバックする。


『大丈夫。智也くん絶対にほのに気があるから、こっちから告白すれば絶対に成功するよ。えっ、今度の日直一緒なの?ワンチャンあるって』


 そう後押しされて余計に意識してしまっている。こっちから急に告白なんて引かれたりしないかな、とか。朝だし、寝ぼけてると勘違いされたらどうしよう、とか。ネガティブなことが浮かんでは消えていく。


 それでも、もう後戻りはしたくなくて。行くなら一気にいこうと心に決める。


 さあ。私。がんばるのだ。


「あのっ」


 思い切って声をかける。


「えっ。なにどうしたの中野さん」


 呼ばれて振り返った時の驚いた表情の智也君もカッコ良くて、少しだけ告白するのを躊躇ちゅうちょしてしまう。


「好きです!付き合ってください!」


 それでも言った。言ってしまった。言えた自分に驚き、返ってくるだろう言葉にドキドキしながらその瞬間を待った。


「ごめんなさい!」


 そう言って頭を下げる智也君から目が離せない。なんで、と疑問ばかりが頭に浮かぶ。タイミングがダメだったからだとか、私がかわいくないからだとか、朝早すぎたからだとか。そんなことを考えていたら景色がにじみ始めた。だんだんと智也君の姿がぼんやりとしてくる。


 ああ。あっという間だった。告白ってこんなにあっさり終わるものなんだ。全身から力抜ける。そう思ったら突然視界がぐらりと揺れる。あれ?世界が揺れている?涙で滲んでいるからじゃない。智也君の姿だけじゃない、教室のすべてが歪み始める。なにが起こっているのかわからないもののどうしていかわからなくてわたわたとしてしまう。


 次第に大きくなった歪みはすべてのものを飲み込みぐにゃっとひとつになる。


 気がつけばすべて元に戻っていて、私はひとり教室でぽつんと立ち尽くしていた。



「おはよう」


 ガラリと教室の引戸を開けて入ってきたのは智也君だ。驚きのあまりすぐに挨拶できなくて、ようやく言えた「おはよう」も、くぐもってしまう。


 平然としている智也君に不信感が湧き出てくる。告白したばかりなのに智也君はまるで先ほどの告白がなかったかのように振る舞っている。よほど、先ほどの件をなかったことにしたいのだろうか。それにしてもやり方がひどすぎる気がする。今日の最初からやり直すなんて。


 溢れていた涙を拭き取ろうとハンカチを取り出す。そこで気がついた。涙がない。溢れた様子もなく、腫れぼったい感じもしない。


「中野さん?どうしたの」


 智也君が不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。不意に近すぎる距離になっていることに気がついて一歩飛び退いてしまう。机にぶつかる。ちょっとだけ痛い。


「う、ううん、なんでもないの」


 辛うじて返事はしたものの、頭は混乱したままだ。


 いったいなにがどうなってしまったのか。日直の準備を進める智也君を見ていると先ほどの告白なんてなかったかの様に思えてくる。


 あれ?なかったのか告白。


 先ほどまでのことは全部自分ひとりの妄想で、その妄想の中で振られただけなのではないか。そう思えてきた。


「あの、智也君。今教室きたばかりだよね?」


 変な質問をしているのは分かっている。それでも確認しておきたかった。


「えっ?中野さんも見ていたじゃない。来たばかりだよ」


 そう言って黒板の日付と日直の名前を書き換えている智也君を見ていた。ふと、先ほども見た光景の様な気がしてきた。ふむ。頭を悩ますが、うまくまとまらない。そんなことを悩んでいるうちにみんなが登校してくる時間が近づいてきていた、もう後戻りはしたくないと言う気持ちがこみ上げてくる。


『大丈夫。智也くん絶対にほのに気があるから、こっちから告白すれば絶対に成功するよ。えっ、今度の日直一緒なの?ワンチャンあるって』


 依子の言葉を力に変える。


 さあ。がんばるのだ。私。


「あのっ」


 突然の呼び掛けに驚いた表情の智也君もやっぱりカッコ良くて、告白するのを躊躇してしまう。


「好きです!付き合ってください!」


 言いきった。じっと智也君の返事を待つ。


「ごめんなさい!」


 そう深々と智也君は頭を下げてきて、見つめている景色が涙で滲んでくる。告白が失敗したそのことがショックで全身力抜ける。


 あれ?景色が揺れ出した。そう言えばこんな事がついさっきあったような気が。


 ぐにゃりと世界と智也君が歪んだ。


 気がつくと教室にひとりぽつんと立ち尽くしていた。



「おはよう」


 智也君がガラリと教室のドアを開けて入ってくる。


「おはよう智也君」


 今度ははっきりと返事ができた。


 涙を拭ってみる。しかし、涙が流れた気配はやはりない。


 これはあれだ。タイムリープってやつだ。そう確信する。原因はなんだか分からないけれど、私はこの5分間を繰り返している。


 朝礼の準備を始める智也君が遠い存在に感じられた。なにせ実質2回も振られたのだ。当然だ。


「ねえ。智也君。好きな人いるの」


 どうせ振られると分かっている未来だし、聞けることは聞いておこうという気になった。こうなれば自棄やけだ。


「えっ。急にどうしたの」

 こちらを振り返りもしない智也君に少しだけ悲しくなる。相手にされてないんだ。そう思ってしまう。


「ちょっと気になったから。私は好きな人がいたんだけど、振られちゃったから」


 その本人にそれを言うのはちょっとだけずるいなと思ったけれど、こんなことになてしまった特権だと割り切った。


「……そうなんだ」


 コメントしにくい事を聞いてしまった。智也君こまってるじゃないか。と思ったけれど、よくよく顔を覗いてみると、少しだけ口角が上がっている?ってなる。もしかして喜んでいる?そんなに嫌われていたのか。ショックが大きい。涙が出てくる。世界が歪み始める。またなの?そう思った時には世界は元に戻っていた。



「おはよう」


 何度目だかもう忘れたが智也君がガラリと教室のドアを開けて入ってくる。


「おはよう智也君」


 もう動揺はしないけれど、どうやったらこのループから抜けられるのか必死に考えてしまう。

 こんなにも智也君が好きなのに。告白はできない。好きな人を聞いてもダメ。もうどうしたらいいのかわからなくなる。


「どうしたの中野さん」


 えっ。先ほどまでと違う智也君の言動に焦る。何かさっきと違うことしたっけ。と考えるけれど、心配そうにのぞき込んでくる智也君が気になってうまく考えられない。


「泣いてるの?ハ、ハンカチあるよ」


 泣いている?誰が?私が?焦る智也君につられて、一緒に焦り始める。


「あ、ありがとう」


 不愛想すぎやしないかと自分にツッコミを入れたくなるほど、勢いよくハンカチを奪い取る様に受け取ってしまった。


「で、どうしたの?いきなり泣くなんて。俺何かした?」


 した。私の事を振ったし、嫌いなんでしょ。とは答えられなくて。拭き始めた頬に涙が流れていることをハンカチが湿ったことで初めて気が付いた。私はなんで泣いているのだろう。


 決まっている。私は智也君のことが本当に好きだったのだ。


 なのに智也君はそうではなくて。

 それなのにこうして優しくしてくれる。

 なにが本当なのか分からなくなる。


「私は智也君が好きなの」


 ただ、単純にそう。言ってしまった。しかも泣きながらだ。引かれる。全力で引かれる。そう思った。


 でも、目の前には顔を真っ赤にした智也君がいた。どうしていいかわからないのか視線を逸らしている。


「えっと」


 しばらく沈黙の後、気まずい空気の中智也君が口を開いた。


「俺も好きです」


 智也君の口から飛び出た言葉は予想を飛び越えていた。


「えっ、なんでだってさっきは」

「さっき?」


 思わず口から出た言葉に智也君は顔をしかめる。


「ううん。なんでもない。なんでもない」


 智也君はなにんも知らないことだ。これ以上詮索されても何も言えないし、言っても信じてもらえそうにない。


「じゃあ、付き合っ……」

「ごめんなさい」


 かぶせ気味に智也君が頭を下げる。

 なんで。と言う感情が一気にこみ上げてくる。涙で景色が滲んでいく。これってあれだろうか。世界がグニャリと歪む。


 気が付くと一人で教室にぽつりと立っている。また全部元通りだ。


 なにがいけないのか。


『俺も好きです』


 その言葉を思い出して少しだけにやけてしまう。なんとうれしい言葉だろうか。しかし、その言葉を聞けてなお、心が揺らぐ。付き合えはしないのだという。


 何か付き合えない原因があるのだろうか。

 智也君が来るまでは時間がある。それまでに少しでも糸口を探さなくては。


 ふと、私はなにがしたいのだろう。という気持ちがわいてきた。智也君が好きなのは間違いない。

 だからと言って、時間を戻るなんてことまでして何を為したいのだろう。


 告白はした。相思相愛かもしれないということも分かった。


 付き合いたいのだろうか。でもそれって?なんのため?



「おはよう」

 教室のドアを開けて智也君が何度目かのあいさつをしてくる。


「おはよう。智也君。ねえ。いきなりだけど質問していい?」


 あいさつもほどほどにこんな質問をしてくるクラスメートをどう思うのだろう。少し怖いかもしれないなと思わないでもない。


「えっ。なに。質問?別にいいけど」


 いちいち反応してくれる智也君がやっぱり好きだなぁと実感する。


「最近なにかに悩んでる?」


 えっ。っと声にならない驚きを見せる智也君の表情がどんどん困惑してくのを見つめる。


「中野さんはすごいね。上手に隠していたつもりだったのに何でばれちゃったのか」


 なんてことはない当てずっぽうだ。でも、何かがある気がした。それも全部タイムリープしてるおかげなのだが、とても言い出せる雰囲気ではない。


「引っ越しするんだ」


 突然の言葉に何も言えなくなる。


「次の学期からは違う学校なんだ。誰にも言わないでおこうって決めていたんだぜ。それなのに。あー。なんでばれたかなー。あと一週間とかなのに」


 それはもしかしたら。智也君が後悔しているからなのかもしれない。


「本当はちゃんとみんなに言いたかったからだよ」


 きっとそうなのだ。今ならわかる。だって智也君の顔は今まで見た中で一番晴れやかな顔をしていたから。


「だったら、これも言っていいんだよな。ずっと悩んでたんだ。中野さんの責任だから。ちゃんと聞いてもらうよ」


 なんとなく、話の内容が期待できて顔がにやけそうになるのを必死にこらえる。


 自分が後悔するたびに誰かをタイムリープさせちゃうなんてどうかしている。それほど思いが強かったなら最初からそうしていればいいのに。


 でも、本当にそんな智也君が好きなんだと知れたのだから。よかったのだ。


「あのさ。中野さん。俺。中野さんのこと……」


 涙で景色が滲み始める。だけど世界は揺れたり歪んだりはしない。


 たぶんこれからもきっと……。

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