新米冒険者のインベントリム
るかに
第0話 プロローグ
「お願いなのだっ! 依頼をっ、依頼を下さいなのだっ!」
「い、いや、あのっ、ですから無理なんです......」
「依頼を失敗したのは悪かったのだ、まさか薬草だと思っていたものが毒草だとは盲点だったのだっ」
「いえ......あの辺りは薬草に似た毒草が大量に自生してるので盲点とかそう言った話ではないんですが
依頼書にも毒草の事は書かれていましたし、それに注意するのは当たり前の事ですよ」
「うぐっ、見落としていたのだ......」
「そもそもですね、適当に採ってきても全部毒草になるだなんてありえないですよ?
本当にわざとじゃなかったんですよね?」
「わ、わざとじゃないのだっ! リムは何時でも真面目なのだっ!?」
「え、ええぇ......」
「お願いなのだっ、何でもするのだっ」
「そ、そう言われましても、依頼を失敗されますとペナルティとして暫く新しい依頼が紹介出来ない決まりですので......」
「そ、そんな......」
「申し訳ありませんが、今回はお引取り下さい」
受付のお姉さんに残酷な事実を告げられると、リムは冒険者ギルドを追い出されてしまったのだ。
手元にあるのは、なけなしのお金で作った冒険者証と空になったお財布袋。
そう、リムはとうとう無一文になってしまったのだ。
これでは宿屋に泊まるどころか、今日のご飯だって食べられない。
「うぅ......ひもじいのだー」
ゴハン、美味しいゴハンが食べたいのだー......。
--ぐぎゅるるるぅ
「あうぅっ」
お腹がどれだけ泣きわめこうとも、リムのインベントリにはもう何も残っていない。
...いや、正確にはインベントリには沢山のアイテムが入っているのだが、この世界に飛ばされてから取り出すことが出来なくなってしまったのだ。
その中には勿論食料も含まれており、おかげでインベントリの中を見れば見るほどお腹が減るのだ。
見ては駄目だとわかっているのに、けれどやっぱり見てしまう。
あぁ.......トンカツ、カレー、ハンバーグ。
--じゅるり
取り出したいのにどうしても取り出せないのだ。うぅぅ......。
--グーぎゅるる
--ぎゅるきゅるきゅる
あううぅ.......。
「リムは......リムはどうしたら良いのだ?」
依頼は失敗してしまった、これでは手に入るはずだったお金も手に入らない。次の手段を考えようにも頭の栄養が足りなくて考えが何も浮かんでこない。
「まずいのだ、空腹でくらくらしてきたのだ」
もう限界なのだ。
この依頼報酬に全てを賭けて、二日間ほとんど食べずに頑張った。
これが終わればお腹いっぱい食べられると自分に言い聞かせて頑張ったのだ。それだけが心の頼りだったのだ。
けれどそれがダメになった今、リムにとって後に残された手段は何もない。
つまり...これはもう時間切れと言うヤツに違いないのだ。きっとリムはもうだめなのだ......。
空腹を抱えて何のあてもなくフラフラと路地を歩いていく。
そうしている間にも目の前がなんだか暗くなってきた。
んぁ?
な、なんでリムは地面に寝ているのだ?
一瞬意識が飛んで、気が付けば地面に倒れていた。
こんなところで寝てはだめなのだ、起きないと迷惑になってしまうのだ。
「あぇ?」
あ、これダメなやつなのだ、手足が全く動かないのだー。
ああ、最後に温かいゴハンが食べたかったのだ......。
そう、きのこの餡かけ和風ハンバーグ......。
リムの大好物。
はんばーぐ......。
--パタン
扉の閉まる音がする...。
それになんだかとっても美味しそうな匂いがするのだ。
これは......この匂いは......。
「ゴハン......?」
「あら、起きたのかい?」
「う?」
目を開けると知らないおばちゃんと目が合った。どうやらリムはベッドに寝かされているみたいなのだ......。
--ふむむ
どうしてこんな所で眠っていたのか記憶がないのだ。
そもそも、このおばちゃんはいったい誰なのだ?
「あんた、うちの店の前に倒れていたんだよ」
「あ...う?」
リムは倒れた?
ああ...そうなのだ、おなかが減りすぎて目の前が真っ暗になったのだ。
それを思い出した途端に、強烈な空腹が再びリムを襲ってきた。
--ぐーぎゅるるるる
これにはたまらずお腹の虫も叫びだす。
あぅ、また目の前がクラクラしてきたのだ。
どうやらおばちゃんがリムを助けてくれたみたいなのだが、リムはもう限界なのだ。きっともう助からないのだ......。
最後に美味しそうな匂いを嗅げただけ、幸せな人生だったのだ。
「ははは、でかい腹の虫だね
ほらほら、これを食べな」
「......え?」
唐突に差し出されたお盆の上には温かなスープとパンが乗っていた。
それを見た瞬間、リムは朦朧としていた意識が急激に覚醒していくのを感じていた。
視界が狭まり周囲の音が遠のいていく、時間までもがゆっくりになったような......そんな気さえする。
気が付けばベッドから飛び起きて口いっぱいに食べ物を詰め込んでいた。
二日ぶりに食べるちゃんとしたゴハンは、温かくてちょっぴり涙の味がした。
おいしい、おいしいのだっ!
「おいひいっ」
「ふふふ、そうかい?
おかわりもあるからたんとお食べ」
「!?」
お、おかわりも!?
空腹で死にかけていたリムにとって、その言葉は遠慮と言うものを消し飛ばすのに十分な破壊力を持っていた。
全力で食べ物を胃の中へ運ぶと、その後たっぷりと5杯もスープをおかわりしてしまった。
「ご、ごちそうさまなのだ......」
どうしよう。
お腹が満たされて頭の回転が戻ってくると、猛烈な不安感に襲われる。
リムにはお金がない、もしもこの後ゴハンのお代を請求されても払えないのだ。
世の中には対価というものが存在する。
それは間違いなくこのゴハンにも存在するだろう。
お金がない以上、リムはなんらかの形でその対価を払わなければならないのだ。
「あ...あの、その......
リムはお金が無くて...だな......」
「ああ別にかまいやしないよ、私が勝手にやったことさ」
「い、良いの?」
リムが対価の話をしようとすると、おばちゃんに必要ないと言われてしまった。
だがその言葉に安堵する半面、やはりどうしても小さな罪悪感を感じてしまう。
リムはちょこっと小心者なのだ。
「で、でも、悪いのだ、何かお手伝いをするのだ」
「本当にかまいやしないよ?」
「で、でも......だな」
「んー......そうかい?
そうだねぇ、そこまで言うなら皿洗いでもしてもらおうかねぇ」
「するっ! リムそれするのだっ!」
「ふふふ、じゃあ頼むよ」
「任せるのだ!」
そうしてその夜、リムは宿屋の厨房に居た。
目の前には大量のお皿が積み上げられ、酔っ払い達の怒号が飛び交い、そこは紛れもなく戦場だった。
「親父さんビールくれ」
「うるせぇ、てめぇはツケを先に払いやがれ」
「おい親父、ツマミくれツマミ、この前食った肉のヤツが良いな」
「おう、ちょっと待ってろ」
「なぁ、こっちにもそれをくれ......」
......。
おばちゃんの家は宿屋だった、そして夜になると酒場もやっているらしい。
酒場ではおばちゃんの旦那さんが料理なんかを取り仕切っており、そしてリムは厨房でひたすら皿洗いに従事していた。
そこでの仕事は思っていたものとは全く違い、実に...実に過酷なものだった。
しかしやると言ってしまった手前、それがどんなに大変でも引くに引けないのがリムなのだ。
例えそれがゴハンの対価としてはいささか過酷すぎたとしても......。
そして、ちょこっと小心者なリムは『少し休ませて欲しい』と言い出す事すら出来なかった。それが過酷さをいっそう際立たせることになってしまっているのだ。
その結果、かれこれもう4時間以上お皿を磨いては片付ける作業を繰り返し続けている。
「おう嬢ちゃん、こいつも洗っといてくれ」
--ガシャン
「わっ、わかったのだっ!」
「悪いな、助かる」
うぅ...お皿がまた増えたのだ。
どうなっているのだ、目が回るほど忙しいのだっ。
違う......。これは思ってたのとなんか違う......。
リムが思っていたのは1時間くらいのお皿洗いなのだ。
--わっしゃ
--わっしゃ
--わっしゃ
「おい親父、金は此処に置いとくぞー」
「おう、前みたいに金額が足りなかったりしたら許さねぇからな」
「へっ、親父の店でもうそんな事しねぇよ」
ひぃぃぃっ、客がっ...客が帰ったのだ。
ああやって軽く言葉を投げあってから客が出て行くと。次には必ずアレがやってくるのだ。
「悪いな嬢ちゃん、洗い物の追加だ」
「うひっ」
--ガッシャン
そう、こうして汚れたお皿が積みあがって行くのだ。
そしてコレが洗い終わるまでには、また次の客が来てそして帰っていく。そうやってこの仕事は無限に続くのだ。
これは......これが終わらぬ地獄と言うやつなのだろうか?
いや違う、きっとこれが対価なのだろう。
あのゴハンでリムの命が助かったのだ、これくらいがきっと命の対等としては相応なのだ。
そう心に言い聞かせながら、食器を一枚一枚丁寧に洗い上げていく。
「いやぁ洗い物してくれる人間が居ると楽だな、また頼むぞ ガッハッハ」
「うひぃぃっ!」
そうしてゆっくりと夜は更けていく、結局リムが解放されたのは客が居なくなる明け方だった。
つまり丸々一晩、リムは休憩する事も無くひたすら皿を洗い続けたのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
宿屋のおばちゃんことヘレンは困っていた。
宿のランチタイムが終わって食堂を片付けた後、いつも通り表の看板をしまおうと外に出ると、店の前に見知らぬ子供が倒れていたのだ。
「おいちょっと、大丈夫かい!?」
慌てて声をかけると、子供はうわ言の様に『お腹がすいたのだー ひもじいのだー』と呟いている、どうやら空腹で倒れてしまったみたいだ。
「はぁ......勘弁しておくれよ。びっくりしたじゃないかい」
どうやら怪我や病気で倒れている訳ではなさそうだと安堵しながら、さてどうしたものかと考える。
これが酔っ払いなら放っておくのだが、店の前で子供が倒れているのはいささか外聞が悪すぎる。
それに何よりお節介な性分の自分が、倒れてる子供を無視して放置なんて出来るわけがなかった。
「仕方ないねぇ...」
流石に教会の人間を呼べるほど裕福ではないが、腹をすかせた子供に残り物の飯を食わせてやるくらいなら問題ない。
ヘレンは迷わず子供を抱きかかえると、宿の空いてる部屋に連れて行って寝かせる事にした。
「ふぅ...、えらい軽い子だねぇ、ちゃんと食ってるのかい?」
それにしても此処らでは見ない子だ。
服装も変わってるし、プラチナブロンドの髪なんてこの辺りじゃあまり見かけない。
「よその国から来たのかねぇ?」
なんにせよ、スープが残ってたから温めて来ようかね。
うちの宿で餓死者なんてまっぴらごめんだ、私が腹いっぱい食わせてやるからね。
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