無敵凶刃ロザリオーTheNovel
鯖田邦吉
第1話
貨物庫から女のすすり泣く声がするという。
それがどうしたのだという顔をしていたら、気がつけば貨物庫の見回りは僕が一手に引き受けることになっていた。もちろん、元々担当していたぶんは継続の上で。
幽霊が平気なら大丈夫だろ、と同僚たちは言うけれど、実のところ普通に怖い。言われるまで『女のすすり泣く声』と『幽霊』を結びつけられなかったからぼんやりしていただけで。
むしろ面白がって話していた彼らのほうがよっぽど平気そうに見える。
……もしかして最初から全部、仕事を押しつける口実だったんじゃないだろうな。
どのみち体格が良くて強面の彼らに凄まれたら、僕のようなモヤシなぞはハイわかりましたと従うしかない。
口実があるだけ良心的と言えた。
ここは雲の上を飛ぶ
フグみたいな船体のうち腹の部分は貨物庫になっている。
配管やケーブルの通る層を挟んで、背中の部分が乗客を乗せるスペースだ。
僕と2人の同僚は貨物庫を担当している。荷の上げ下ろしの補助や輸送中の保全が主な仕事だ。
窓のない貨物庫は節電のため、真っ暗だった。
ご丁寧に電灯のスイッチにはカバーがはまっている。
労働環境はひどければひどいほどいい、と社長は思っているらしい。
懐中電灯をつけると、闇の中に馬鹿でかいコンテナが浮かび上がった。
今回、(乗客を計算に入れなければ)積み荷はこれ1つだけ。
けれどこの1つだけで、バスケットボールの試合ができるんじゃないかってくらい広い貨物庫がいっぱいになっている。
中身がなにか、僕たちは知らない。聞かされていない。むしろ聞くなと上司から言われた。
なにが入っているんだろう。タンカーの部品かな? それともクジラの剥製?
まあいいや、さっさと終わらせよう。懐中電灯の電池は自腹だ。痛い出費じゃないけど、無駄に払うのは馬鹿馬鹿しい。
コンテナの向こうから女の子の声が聞こえたのは、その時だった。
――なんで私がこんな目に。
――帰りたい。
――もう嫌だ。
「…………もう嫌だ、か」
それは僕も常日頃思っていることなので、僕は彼女に同情した。
同時にうらやましいとも思う。
僕には帰る場所がない。生まれた場所には家族も友達もいない。いい思い出さえも。
この子には帰る場所があるのだ。帰れたらいいな。
気がつくと、すっかり怖くなくなってしまっていた。
幽霊でも密航者でも、そんなに悪い人ではないような気がする。
コンテナには人間用の出入口がついていた。数字入力式のロックがかかっている。
3回だけ。3回だけやって駄目なら、関わらない。
「1234567、なんて……」
……1度で開いた。なんてやる気のないパスコードだ。
僕はコンテナの中に入る。貨物庫より濃密な闇の中、遠くに淡いグリーンの光が見えた。
「あの、お困りですか?」
光はふっと消えた。
「あ、待ってください、危害を加えるつもりはないんです!」
無害であるとわかるように両手を挙げてみせたけど、考えてみれば見えるわけがない。
自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
「――なんで、入って来れたんですか?」
闇の奥から女の子が尋ねてくる。
レコーダーじゃない。リアルタイムで生きている人間なんだ。幽霊でないのなら。
「パスコード、書き換えたのに……」
「あ、適当に打ったら、開きました」
「偶然……ッ!?」
「あの、すごく困ってるみたいですけど、なにか力になれること、あります? あなたが密航者でも幽霊さんでも、困ってるなら助けるべきかなって……。いや僕になにができるか、わからないですけど……」
反応はない。そりゃ、怪しいよね。
「別に騙そうとかそういうんじゃないんです……あ、騙す人が騙すつもりですとか言わないか……。いやその、えっと、そんなたいしたつもりじゃなくて。僕も1度、人に助けてもらったことがあるんです。子供の頃、行き倒れかけてたときに――」
雪の日だった。母が死んで、家もなくなって、幼い僕は街角にへたり込んだまま飢えと寒さで動けなくなっていた。
行き交う人々は僕なんかより綺麗な服を着てたくさんものを持っていそうなのに、視線さえ寄越してくれない。
このまま死ぬのか。そう思っていたとき、突然、目の前に手が差し伸べられた。
僕と同じくらい汚い身なりをしたお姉さんだった。
自分の腹さえ満たせていないはずなのに、助けても何のメリットもない僕なんかに、彼女は文字通り救いの手を伸ばしてくれたのだ。
それでもその時の僕は、じっとしていた。
殴られるかぶたれるか突き飛ばされるかするのだと勘違いして、恐怖に凍りついていたからだ。
それでもその人は僕を見捨てず、僕の手首をつかんで、強引に引き上げてくれた。
自分以外の人間にも体温があるのだと、僕は生まれて初めて実感した――。
「――そのとき僕、他人の手が僕をぶってくるだけのものじゃないって知って、感動したんです! ……でも僕はその人になにも返せずじまいで、だから、代わりに誰かを助けられたらいいなって、ずっと思ってて、だから……」
「……あなた、
「くるす……?」
「お手数ですが、こっちへ来てください」
さっきの光がまた点いた。
コンテナの中の荷物はバカでかいうえにやたら複雑に凸凹している。
声の主のところに辿り着くには、だいぶ苦労させられた。
「……あれ?」
女の子の姿はなかった。戦闘機のコクピットみたいな計器が光を放っているだけだ。
「どこにいるの?」
「どうぞ、シートに座ってください」
計器のスピーカーからあの子の声。
彼女の言うとおり、計器の下には座席があった。
天井を向いているので座るには苦労した。
「座りましたけど、あの、あなたはどこに?」
「本当に、なにも知らないんですね」
「え?」
「あなたがここに入ってきたときから、私は目の前にいます」
「は?」
目の前には計器、その向こうには闇。人の気配はしない。
まさか本当に、幽霊……?
「今あなたの周囲にある機械に、私は組み込まれています」
「あ、中に閉じ込められちゃったんですか? 助けを呼んでこないと!」
「そうではなくて……私はこの機械の部品の1つなんです」
「あの、すみませんもう少し噛み砕いていただけますか」
「私は独立型自立思考演算ユニット、MNU-01F『ファタ』」
「どく……?」
「見たところ人工知能学のイロハも御存知ないようですから、単にAI――映画や漫画に出てくる、喋る機械だと言ってしまえばそのほうが胸に落ちるでしょうか?」
「……えいあい?」
「そして私が現状搭載されているのが、人型決戦兵器ロザリオーナンバーズの4号機『ロザリオー4th』。今あなたが座っているマシンです」
「は!?」
「あなたは、いえあなた方は、テロリストの武器密輸に荷担させられているんです」
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