第14話
私室で静かにしていた私は、廊下で起こっている騒ぎに耳を澄ませた。発生源はいつも通り三雲ではあるが、切迫感がいつもとは違うようだ。
「役に立つとは言うが、どうするつもりだ?」
「とりあえず行ってから考えます!」
主様は再び深いため息をついている。
「それではまた捕まることになるだけだ。……やはり行かせられん」
「では、どうするのですか!」
沈黙が訪れる。
「……私が行くよりないだろう」
「ですから駄目ですって!」
「お前が行くのは許さん」
「主様!」
お互いの主張がぶつかり合っているらしい。主従のはずなのに、状況が拮抗しているのが面白い。本当に主様は三雲を大事にしているのだ。
ほっこりすると同時に、あの愛らしさでは仕方ないと共感もする。
一考すると、廊下に顔を出した。
「あの、」
睨み合っていた二人は、一斉に顔を向ける。
三雲はなぜか窮屈そうに寝転がっていて、見下ろしていた主様は顔を歪ませる。
「なんだ」
顔を見て気づいたが、主様に会うのは看病して以来だ。もう立てるようになったのだな、と少し感慨深い。
「えっと、……なにかお手伝いすること、あります?」
「ない」
あまりの即答に、顔に出さない程度にむっとする。
「でも、聞こえてきた感じでは八方塞がりのようでしたけど」
「だとしても、お前に手伝えることはない」
「そうかもしれませんね。でも、第三者からの視点を入れることによって解決の糸口が掴めることも、ありますよ」
笑顔でゆっくりと話し、向こうの意見を全否定しない。気づけば対上司説得モードに移行していた。
「すみれ様……」
ほうけたように見つめる三雲は、まだ寝転がっているままだった。
「三雲? どうしたの、そんな格好で」
主様がまだ火傷の痕が痛々しい右腕を軽く振ると、三雲は縛りから解放されたのか、すぐに起き上がる。
「主様に拘束されてたんですよ、ひどいでしょ」
「お前が後先考えずに突っ走るからだ」
「ですけど、」
お馴染みの、話が逸れるパターンだと気づいた私は、話を遮った。
「すみません、揉めてたお話、伺っても?」
「あっ、すみれ様、ごめんなさい!」
自由になった三雲が、主様の制止も聞かずに話し始める。例によってまとまりがなく脱線しがちだったが、まとめると、
主様の友人が行方不明になっている。
木地屋に調べてもらったところ『ヒの国』にいる確率が高い。
先日の三雲のように囚われている可能性がある。
『ヨミの国』と『ヒの国』の間には仏僧が張った結界がある。
結界は人間に影響はないが、主様が通ろうとすると大怪我する(この前の怪我がそう)。
「なるほど……」
「危険だから私が行くと言っているのに、主様が止めるんです!」
話をしてさらに興奮したらしく、やけに三雲は憤慨している。反して主様は冷静を取り戻したようで、脇息に寄りかかり、身振り手振りが忙しい三雲を眺めている。
話が長くなると判断した私は、じっくり聞き出す前に、主様の部屋に移動を促していた。
「うーん。……でも、主様が怪我した原因は三雲が拐われたからだよね? だったら、主様が三雲を止めるのも仕方ないんじゃない?」
「でも!」
「うん、三雲が心配する気持ちもわかるよ。でもまあ、二人が『ヒの国』に行くのは選択肢として外すべきだよね」
「なにもするな、ということですか?」
「……例えば木地屋さんに、その怪しいお屋敷をもう少し探ってもらうのは難しいの?」
「頼めば可能だとは思いますが、木地屋も生計を立てねばなりませんので、すぐには……」
「そっか」
『ヒの国』に問題なく行けるのは人間だけ。
あ、そうか。『ヒの国』は私の暮らす世界の過去の世界だって言っていた。……あれ、ということは、『ヒの国』に行けば過去が覗けるってこと、だよね。
「私が行こうか?」
「えっ!」
「ほら、私は人間だから結界には阻まれないわけでしょ? それに私、ここですることなくて時間あるし」
自分で言っておいてなんだが、とてもいい案に思えてくる。
「でも……」
三雲は戸惑った様子で主様に視線を向ける。主様は私を黙って凝視している。私がなにか企んでいると疑っているのだろうか。
「危険を冒しても助けたいって思うご友人なんでしょう? だったら、私を試しに使ってみるのもいいのでは?」
「……なぜ、お前がそこまでする」
主様の濁りのない白い眼は、色の代わりに猜疑心がのっている。
「困っているあなた方を助けたい、といったら信じてくれます?」
「本音を言え」
表情をまったく変えずに主様は答えた。
「まあ、そうですよね。正直、興味本位です。外の世界を見てみたい」
私の最後の言葉を聞くと、ほんの少し口元が歪んだ。
「あと、暇なので」
毒母扱いからの溺愛に心と体がついてこない クラウド安見子 @amiko_cloud
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