TS魔神少女は戻りたい

珀露

プロローグ

「きゃああああ!助けて!だれかぁ!」

夕暮れに沈む森の中を一人の少女が走り抜ける。彼女はなぜ森の中を走っているのか?その理由は彼女のすぐ後ろに存在した。


“魔獣”。

動物が禍々しい魔力に晒され、生命としてのあり方を根底から変えられてしまったモノを指す。それらの行動原理は至って単純。それらは食欲に取り憑かれており、動くモノは何でも食べようとする。さらに魔獣特有の高い運動能力と現実浸食能力(限定的に世界を書き換えること)により、一度襲われると逃げる事はほぼ不可能とされる。


今彼女を襲わんとしているのは死した「人間」を素体とした“魔獣”である。人間を模した形をしているものの、目を血走らせ、唾液を垂れ流しながら4つ足で歩く姿は正常な生物とは到底思えない。さらに、この魔獣の現実侵食により実際の時刻はまだ正午前後であるのにかかわらず森は夕暮れに沈みかけている。


さらに、この魔獣の素体が彼女をより恐怖させるモノとなっていた。


(どうして、、、!?どうしてお父さんが“魔獣”に?)


そう、その魔獣の素体は彼女の父親である。2年前に出稼ぎに行くと言って家を出てから帰って来なかった。その父親が魔獣と化していた。この事実はその少女に強くのしかかる。そして、そんなことに気を取られたのか、はたまた魔獣の現実侵食能力で生じたものなのか、少女は木の根につまづいてしまう。


「やだ!こないで!お父さん!目を覚まして!私!私よ!」


少女は迫る魔獣に必死に命乞いをする。が、魔獣はそんなことは気に介さず少女を喰らわんと飛びかかった。


(もう、ダメ、、)


少女は自身の生存を諦めて目を固く瞑った。しかし、いつまで経っても襲われる衝撃や噛みつかれる痛みがやってこない。


「大丈夫かい?お嬢ちゃん?もう大丈夫だ。目を開けてごらん?」


そして、急に聞こえた少々ぶっきらぼうなものの優しさを感じる女性の声。その声を聞いて、恐る恐る彼女が目を開けると、そこには背の高い、聖職者のような装いの女性が心配そうに覗き込んでいた。すっかり森も昼間の明るさに戻っていた。

「お嬢ちゃん大丈夫?近くの村の子?立てるかい?」

「あ、ありがとうございます。いてて、、。」

少女は立とうとするも膝に多少の痛みを感じる。

「あー、転んだ時に少し膝すりむいちゃってるね。ユリー?バンソーコーかなんか持ってない?」

「持ってますけど今こっちの処理してるので終わってからかこっちまで取りに来るかどっちかにしてください。」

もう一人、誰かの声が聞こえる。急に戻った昼間の明るさに慣れない上、太陽で逆光になっているのでよく見えないが奥の方には一人の背の低い少女と、魔獣の死骸がいるように見えた。

「あ、ああ、お父さん、、。」

「まさかこの魔獣、お嬢ちゃんの親御さんだったのか、、、。それは、、、」

「大丈夫です。2年も前に行方不明だったので、、。覚悟はしてました。」

「そうかい、、。泣いてもいいんだよ?今は余所者の私たちしかいないし、周りには危険な奴もいない。」

「ご心配ありがとうございます。でも、心配はいりません。」

「それならいいけど、、。ユリ、処理はもう終わったの?」

女性は再び奥の少女に呼びかける。

「終わりましたよ、アザレア。その子を村まで送り届けて、今日の宿を探しましょう。」

ユリと呼ばれた少女はそう答える。

追われていた少女がそちらをくとそこには薄手の白いローブで胸部のみを隠し、短めのピンク色のスカートを履いた少女がいた。足に血がついており、魔獣を足技で撃破したことが窺えた。

そして、その奥に魔獣の死骸はなく、死骸のあった場所に墓石の代わりのような小さめの細長い石が刺さっていた。

「お父さん、、。」

石が刺さっている場所に死骸を埋葬してくれた、と思った少女はそちらへ走り出す。そして、墓石の前でしゃがみ込むと、涙が溢れ、止まらなくなる。

「お父さん、、。お父さん。お父さん、、、」

泣いている少女の背中が叩かれる。

「私たちがいるから変なやつの心配はしなくていい。落ち着いたら君を村まで送り届けてあげよう。」

さっきと変わらない、優しい声だった。


ーーーーーー

10分ほどたち、少女は泣き止むと再び2人組に声をかける。

「助けていただいてありがとうございます。えーと、?」

「この大きくて聖職者らしくない口調の聖職者がアザレアで、」

「こっちの小さくて際どい格好しているのがユリって言うんだ。よろしくな。」

「あ、私はカミーリアって言います。改めてありがとうございます。アザレアさん。ユリさん。」

「いえいえ、魔獣を処理するのは私たちの仕事ですから。日も南から西へ傾いてきましたしそろそろ行きましょうか。お住まいの村までお送りしますよ。」

「あ、ありがとうございます。少し南に行ったところにあるノルタ村ってところです。」

「では行きましょうか。」

と言ってユリとアザレアは歩き出す。

「あ、はい。道はわかるのでご案内します。」

と言ってカミーリアは歩き出そうとした。

(ーーーーー)

その時、何か後ろから聞こえたような気がして、ふとカミーリアは足を止めた。

(じゃあね。お父さん。愛してます。)

枝の擦れた音か、はたまたま虫のさざめきかもしれない。しかしカミーリアには父の別れの挨拶のように聞こえた。

「あ、ちょっと待ってくださーい!」

そしてカミーリアは墓を背にして走り出した。


ーーーーーーーー


「いやー!家に泊めてもらうどころかおいしいご飯とお風呂まで付いてきて最高だなぁ!」

「ありがとうございますカミーリアさん。ほら、

ちゃんと感謝を述べてくださいアザレア。失礼ですよ?」

「あ、大丈夫ですよ。そもそも命を助けていただいたのはこっちですし、お料理作るの手伝っていただきましたし、お風呂だって薪割ったりお湯温めたりするの手伝っていただきましたし。」

そう、アザレアとユリは村までカミーリアを送り届けたはいいものの次の村に行くには中途半端な時間となってしまったため、カミーリアの家に泊めてもらうことになったのであった。

「カミーリア一人で暮らしているのかい?いつも大変だろう。」

「いえ、村の人に助けていただいていますし、一人ですから逆に何とかなってます。」

「そうかい。明日には出て行っちゃうけど何か手伝えることがあったら何でも言ってくれ!」

「大丈夫ですよ。魔王ももういませんしなんだかんだ何とかなってますから。」

「カミーリアは大人だなぁ!ほらユリ!お前も見習いn、、寝てるな。」

「zzzzz」

「もう夜も遅いですからね。私たちも寝ましょうか。」

「ああ、今日はありがとうな!明日の朝は早めに出て行くから見送りとかいらないぞ。」

「助けていただきましたしちゃんとお見送りはさせていただきますよ。では。おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」

そしてカミーリアは寝室に、アザレアとユリは客間に向かった。

2つの部屋から寝息しか聞こえなくなったのはそのすぐ後のことであった。


ーーーーーーーーー


翌朝。カミーリアが起きた時にはもうアザレアとユリはいなかった。

「よかった。晴れているわ。今日は森にキノコを取りに行く日だから雨が降っているとちょっとね。」

しかし、キノコ取りを気にする様子の彼女は昨日アザレアとユリの見送りをしたがっていたようには見えない。

「あら?客間のドアが開いてるわ?最近誰も使っていないのに。」

まるでアザレアとユリなど泊めてすらいないかのような物言いである。


その頃。ノルタ村より少し東の街道。そこにアザレアとユリがいた。

「ちゃんと記憶は消したんでしょうね?ユリ、いや、勇者様?」

カミーリアに話したときとは違い、丁寧な口調で話すアザレア。

「ちゃんと抜かりはないですよ。今頃僕たちのことなど忘れてキノコ狩りのことでも考えてるんじゃないですか?」

話し方は変わらないものの一人称の異なるユリ。

「ならいいですけど。最近女の子の演技も様になってきましたし本当に女の子になっちゃいません?」

「いや、僕は戻るために旅をしてるんですから。何言ってるんですか。」

「冗談ですって。ほら、少し見えてきましたよ。 魔王城跡地。」

「あそこに再び行けば、僕がこうなった理由もわかるかもしれませんし。間違いなくヒントはあるはずです。」

「じゃあ行きましょうか。今日はこの村を目標にしましょう。昨日はちょっと寄り道しちゃいましたから。」

そして、2人は再び歩き出す。片方は元に戻るための旅。片方はもう片方を支えるための旅。

この旅の理由は5年前まで遡る。

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